第40話 真夜中の奇襲


 冷たい何かが額に触れた。

 それで、目覚める。まだ眠いのに、無理に起こされたような気分になった。冷たくて渇いた何かが顔の上を滑っていく。

「・・・?」

 次には濡れた生暖かいものが触れる。耳元や首筋をそれが撫でている。濡れたので酷く冷たく感じた。一体何だろう、寝ぼけているのでまだよく頭が働かない。犬か猫でも飼っていれば、ペットが餌欲しさに飼い主を起こしに舐めているのではないかと思う感じだ。

 懐に何かが入り込んできて、肌の上を触っている。硬い感触、爪かな、と思われるものが時折肌を刺していた。

「ひっヒカルっ!?」

 ダウンライトのみに暗くした愛子の寝室に、いつの間にか忍び込んだ彼がベッドの中にも侵入していたらしい。

「・・・ああ、起きた?ただいま・・・アイコ」

 うそぶくように低く言って、またその口を愛子の肌に付け始める。

「お、おおおかえり?・・・今何時なの?ていうか何してるのよ?冷たいわ、ちょっと放して。」

 ルームウェアのボタンが音もなく外れていくのがわかったのは、冷たい外気が胸元に入ったから。

「いっつ・・・やめてヒカル。明日だって仕事なのよ。貴方も学校があるでしょう?」

「いやだ、やめない。このところ全然アイコに触れられなくて寂しかった。ねぇ、アイコはどう?僕に抱いてもらえなくて寂しかった?」

 即答できない愛子は少し考える。

 何故なら、正直言うと、このところ好調だった。だって寝不足にならないから、体調はいいし、化粧ノリはいいし、仕事も捗る。時間があるので家事も出来る。家の中が綺麗になった。

「・・・寂しくなかったの?」

「そんなことないわ。寂しかったわよ。ただ、そう正直に答えるのは少し恥ずかしいの。」

「恥ずかしい・・・?可愛い、アイコ。それならよかった。僕がいなくても平気だなんて言われたら、僕はどうかしてしまう。」

 薄暗闇の中だから表情が見えない。そのおかげでどうにか誤魔化せたことに安堵する。

「ねぇ、キスマーク付けていい?見える所、いっぱい付けたい。貴方が僕のものだって誰にでもわかるように、貴方の白い肌に付けたいんだ。」

 言いながら彼が肌に吸い付く音が聞こえる。

「駄目。聞き分けのない子は嫌いよ?」

 若くない肌は、そんなことをされれば強いダメージを受けてしまう。再生能力も下がっているのだ、やめて欲しい。

 彼の隣りで少しでも恥ずかしくないよう若く美しくいるためには、肌トラブルは厳禁だ。

「ヒカル・・・、どう、したの。」

 性急な彼の様子に興奮が伝染する。自分もまた、どこか艶っぽい気持ちになっていく。

 けれども心は妙に冷静で今夜のヒカルの様子がいつもと違う事に気が付いていた。今までにも夜中に奇襲されることはないでもなかったが、こんな風に強引にされたことはない。少なくとも、熟睡中の愛子を起こしてまで行為を強要してきたことはなかった。こんなことは初めてだ。

「だから、ずっと貴方としてなかったら、寂しくて。僕を欲しがって壊れて欲しい。」

 愛子は高く悲鳴を上げた。それは苦痛からでは無くて、欲していたものがようやく得られた歓喜ゆえの悲鳴だった。

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