第41話 クリスマスプレゼント


「ああ・・・!愛してるよ。大好きだ、誰より貴方が、凄く好きなんだ。」

 うわ言のように言いながら、ヒカルは愛子と愛し合った。

 それ言葉に愛子が応えることが出来ないのは、放心状態になっているからだった。

 荒い呼吸の音だけが、彼女の口から洩れる。口の端から涎が垂れて、両目からは涙の痕が渇かないまま残っていた。暗くてはっきりと見えないけれど、瞳は虚ろに天井を見ている。

「アイコ、・・・最高によかった。ねぇ、もう一度」

 仰向けで動かなくなっている彼女の上から退いて、左側にそっと身を横たえる。

「アイコ・・・?」

 失神しているのかとさえ思えるほど、反応がない。しかし、彼女の目は開いている。暗闇とは言え、そのくらいは見える。

 あれほどヒカルを強く抱きしめていた腕も絡ませていた足も、今は少しの力も入っていない。そう見える。

 顔を近づけ、顔を自分の方へ向かせ、深くキスをすると、彼女は僅かに痙攣してから、両手をゆっくりと上げてヒカルの髪に絡ませた。

「ん・・・、ん」

 甘い喘ぎのような声が聞こえ、柔らかく彼女の手が頭をまさぐる。

 ヒカルの動きに合わせて愛子の舌や唇も動く。最初はヒカルの一方通行だったキスも、愛子の興がのれば甘く返してくれる。その行為には身体の感覚以外の快感が、確かに存在する気がして心地いい。

「好き・・・、好きだよ、アイコ。愛してるよ。貴方とっても素敵だ。」

 涙の痕を指先で拭いながら、ヒカルが耳元で囁く。

「ヒカル・・・。わたしも貴方が大好きよ。」

 大好きなのは間違いない。

 間違いないけれど、今の激しい行為で疲れ切ってしまった愛子の身体は休息を欲しがって動こうとしない。

「僕だけを愛してるよね?待たせてしまうけど、必ず僕のものになってくれるよね?」

「とっくに貴方のものでしょ。・・・どうしたのヒカル。さっきも聞いたけど、今日の貴方、なんだか変よ?」

 愛子の口調は笑いを含んでいる。

「寂しかったんだ。貴方を抱けなくて。貴方に触れなくて。」

「まあ・・・。出かけてばかりいたのはヒカルの方じゃない。」

 だからよその男と出掛けたりなんかしたの?

 喉まで出かかるその疑問を、ヒカルは口に出来なかった。口にしたら、嫉妬するなんて子供っぽいと思われてしまう。

 そうでなくたって、大きな年齢差。母子だったという負い目が、ヒカルと愛子の関係にはある。それにこだわらないとは、残念ながら、言えないのが現実だ。

 もう少しで片が付くから。そうしたらまた、元のようにべったりアイコにくっついて過ごせるから。

 だから、よそ見しないで。僕だけのアイコでいて。

「ごめんね。・・・ねぇ、クリスマスプレゼント欲しいものある?」

 唐突な質問に、愛子が目を丸くする。

 そう言えばもうそんな時期だった。ヒカルに言われて、初めて12月であることに気が付いたようだ。

「・・・何もいらないわ。貴方が無事で元気でいてくれれば、それが何よりのクリスマスプレゼントよ。・・・あ、そうそう、ちゃんと学校へ行って卒業して進学して欲しいわ。」

「そういうんじゃなくて、有るでしょう、何か。アクセサリーとか、服とかバッグとか。」

「必要なものは全部持ってるわ。何年生きてると思ってるのよ。」

「アイコ、僕まじめに聞いてるんだよ?」

「わたしもまじめに答えているのよ。欲しいものは全部持っているの、わたしは満ち足りているのよ。いいの、このままで、十分なの。」

 愛子のその言葉は、いつかどこかで聞いたことが有るような気がする。いつだったか、どこでだったか思い出せないけれど。

 けれども自分は彼女の恋人として、何かをしてあげたい。彼女の喜ぶ顔がみたいのだ。

 ヒカルが口を尖らせる。暗闇でも、なんとなくそれはわかった。

「なぁに?もうこんなに大きいのに、まだサンタさんが来てくれるのを待っているの?ヒカル」

 愛子が声を立てて笑う。

「そうやって子ども扱いするのは嫌だよ、アイコ。」

 子ども扱いはしていない。少なくとも、愛子自身はヒカルを子ども扱いしたいと思っているわけではない。だが、まだまだ甘えが残るヒカルの言動に、どうしても子供だと思えてしまう事は多々あるのだ。

「子供だったらセックスしたいなんて思わないでしょ。それも、何度も。」

 毛布を引き上げたヒカルの手が、そのまま再び愛子の脚の間へ伸びる。ひくっと震えた愛子は、思わず彼の手を抑えた。

「さっき、凄く素敵だった。もう一度、したい。」

「い、いや、あの、明日も仕事だし、貴方は学校だし・・・。」

 どうせヒカルは愛子が起こさなければ起きないし。

 今から眠りについたとしても、きっとろくに睡眠時間は取れないだろう。それでも、わずかでも寝ていたい。明日のために。多分もう今日だけど。

「貴方が僕だけのものだと、何度でも、確かめたいんだ。」

 そう言われれば、それ以上拒絶できない愛子だった。



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