第7話 真逆な二人は見つめ合って

電車に乗り隣町の駅に着く頃には彼女が空腹を訴えていた。

「お腹が空いたよ〜。ねぇ、その本屋さんって駅から遠いの?」

「そんなことないから安心して。ほら、あそこ」と改札を出た僕は指を指した。

駅前の大通を挟んで反対側にその書店はあった。5階建からなるそれは有名建築家が設計をしたらしく、その外見は現代建築思わせながら木や草などの緑とうまく融合したものとなっている。建築の素人の僕でもすごいとわかるし、どうやら彼女も同じようだ。

「おおぉ〜、なんかすごいね!」と言うと「私もどんなところか気になっちゃった!ほら早くいくよ!」と僕の腕を引っ張って進み出した。


早い時間に来たので書店の方はまだ開店していなかったが喫茶店の方はすでに開店していた。

二人揃って喫茶店に入ると彼女が歓声をあげた。

「うわ〜、凄いね!これっていわゆるブックカフェって言うやつかな?」

「そうだね。僕は書店の部分しか興味がないからちゃんと調べなかったけど、確かにこれは凄いね。こんな所だったら一日中本を読んでいられる気がする」

「こんなところじゃなくても君は一日中本読むでしょ」とツッコむ彼女と一緒にレジの列に並んだ。

「こんなセンスいいオシャレ所を君が知っているなんて意外だな〜。次のデートは君にいく場所を決めてもらおうかな」とちょっと小馬鹿にするような感じで彼女が言う

「その言い方だと僕がセンスがないみたいに聞こえるけど。それと、もう次のデートを考えてるのかい?」

「まぁ君のセンスについてはノーコメントです」相変わらず笑いながらそんなこと言う「いつ心臓が止まってもおかしくないんだからやれることはやれるうちにやっておかなきゃね!」

自分たちの注文する番が回ってきたから聞けなかったけど、なんだか前にも増して彼女が生き急いでいるような気がする。今回の入院から、まるで時間がたりないかのように彼女は色々なことをやりたいと言うようになった。もしかして、彼女の寿命が・・・


客列が進み自分たちの注文する番が回ってき。

いつものように僕はブラックコーヒーを、彼女は名前を聞くだけで糖尿病になるんじゃないかと思うクリームやらチョコレートたっぷりのコーヒー名ばかりのコーヒーとは離れた飲み物を頼んだ。合わせて二人分のサンドイッチの盛り合わせを頼んで席につく。


彼女は飲み物もサンドイッチも美味しいと連呼しながら口に入れる。

「毎回君と食べる時思うけど、君の病気が食事制限なくて良かったね」とコーヒーを飲みながら彼女に言うと

「そうだね、あったらとっくに死んでたと思うよ。だから好きなものを好きなだけ食べれる私は幸せ者です!死んじゃうけど」

やっぱり、いつもに増して自虐的なことを言う頻度が高い気がする。でも、今のところはそこを彼女に指摘するのはやめておこう。

「それはそうと、食べ終わったら見たい本とかあるけど、ちょっと待っていてくれるかな?」

「一日中いることにならなければいいよ、本の虫さん」

「努力するよ。君の方で今日行きたい所は時間は大丈夫?」

「うん、大丈夫。行きたい所はお昼ご飯食べるところだから、君はゆっくりしていってもいいよ。まだサンドイッチが残ってるし、食べ終わったら探しに行くね」

彼女のことが気になりつつも「ならお言葉に甘えて本の虫は行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

後ろ髪を引かれる気分だったが彼女促されたので本をあさり行くことにした。



本を色々と物色しだして30分ほどたった頃だと思う、肩を叩かれたので振り返ると

「どう、なんかいい本でもみつけれた?」と彼女が言った

「そうだね。買おうと思った小説が3冊ぐらいあったし、おしゃれな喫茶店を特集した雑誌もあったから買おうと思う」

「下調べまでして私をデートに連れて行きたいの、いしっしっし」

「いや、むしろ自分がそういった空間で読書もいいかなって思っただけだよ」

「なんだ、つまんないの」

「でも、君が行きたいっていうなら一緒に行こう」最初の僕の返答でうなだれていた彼女は顔をあげて満足そうな表情をする。

「うん!行く!行くに決まってるよ!」

「じゃあ、行くときには誘うから」

は〜い、と彼女が答え、僕は立ち読みをしていた本を棚に戻した。とりあえず買う目星をつけている本と雑誌を取りに行こうとしたら

「あっ!そうだ。ちょっと待って、私も欲しい本があるんだ。探してくるから待ってて」そう急に言うと彼女は本棚の迷宮へと入って行った。

彼女が本を買うなんて珍しい。以前彼女の家に行ったときに部屋の本棚をみたけど、少女漫画と女性向けファッション雑誌がほとんどだった。


どんな、本を買うんだろうか?

気になった僕は彼女の後を追った。

そして、彼女の足取りはある種類の書籍コーナーで止まった。


冠婚葬祭


本棚の最上部のプレートにはそう書いてあった。

プレートを見た後に彼女を見ると、僕に「あのね、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」と悲しいと言うよりかは寂しい表情を浮かべながら言ってきた。

「なに?」

1冊の本をとって、それを僕に差し出して「遺書を書くから手伝ってくれる?」


「えっ・・・」

彼女の言葉と差し出された本が一瞬だけ思考を止める。


差し出された本は遺書の書き方を教えるものだった。

やっぱり今回の入院で何かあったんだ。彼女の言動の理由を聞きたい自分と理由が想像できるから聞きたくない自分で板挟みになる。

二人で旅行した時に彼女のカバンの中に大量の薬が入っているのを見た時を思い出す。

そして彼女は追い打ちをかけるようにあの時の言葉をまた投げかけてきた。


「もし、私が死ぬのがすごく怖いって言ったらどうする···」


あの時の僕にはその質問に答えることができなかった、彼女の身を蝕んでいる真実に目を向けるのが怖かったんだ。

でも今の僕は違う・・・

と思う・・・


「ねぇ。入院してた時もそうだったけど、どうしたの?今日の君はらしくないよ・・・」

「質問を質問で返すのはズルイよ。ねぇ、どうなの?」

「死ぬのが怖いの?」

「そうだって言ったらどうする?」

「じゃあ・・・」彼女が本を取った棚の隣の棚にあった本を取りたさし出した。彼女はその本に目を向けるなり固まってしまった。無理もない、遺書の書き方を教える本をとった彼女に僕がさし出したのは看取り人の心構えについて述べている本だった。

ゆっくりと彼女は僕に顔を向けてこう言った「これ買うの?」彼女の声がどことなく震えている。

「いや、買わない」

「えっ!じゃあなんで?」

「ただの意思表明さ」

彼女に今の僕の思いをぶつけてみる。それがどう転ぶかわからないけど、今そうすべきだと何かが心の奥で叫んでいる。

「僕の覚悟の意思表明だよ。僕には君の恐怖を取り除くことはできないし、ましてや病気を直すこともできない。でもこれからも君を、たとえそれが儚く短い人生だったとしても、見つめ続けるって決めたんだ。君と逆側、反対側に立って君を見続ける、最後の時まで」

柄にもなく力を込めて言ったせいか彼女は固まって反応に困っているようだ。何も彼女が言わないのをいいことに僕の今の思いを言うことにした


「君の心臓をたべたい」


その言葉を言った瞬間、一筋の涙が満足そうに笑う彼女の頬を流れた。

僕は意を決して今まで言えなかったこの一言を彼女にもう一度言った。


「君の心臓をたべたい・・・・桜良の心臓を食べたいんだ・・・」


僕が投げた言葉に対してなのか、もしくは僕自身の態度がそうさせたのか、彼女はいきなり僕に抱き着いて

「・・・・・君、今・・・・・・今、私の名前を・・・・・呼んだ。ようやく・・・・呼んでくれた」

顔が見えないが彼女が涙を流しているのはわかった。


急に抱き着かれたこと少し困惑しながらも平常心を保って「君を泣かせるためじゃなくて勇気づけるために言ったつもりなんだが」と言うと

「勇気づけるって言うかプロポーズみたいだよ。殺し文句だね」と僕を放して、今だ目じりに涙を浮かべる彼女は言った

「そんなつもりは無いよ。純粋に君を勇気づけたいだけ」

「うん、ありがとう····じゃあ、ついでにもう一度言わせて」

「嫌だと言っても言うんでしょ。いいよ何?」

「君も少しは私のことがわかってきたみたいだね。うふふふふ、嬉しいよ」笑った後で彼女は深く息を吸い言った

「じゃあ、私が遺書を書くのを手伝ってくれる?」

言葉をつくしても彼女を勇気づけることはできないってことなのだろうか、などと考えていると

「君の覚悟、その覚悟を持つと選んだ春樹君を真似して、私も覚悟を決めただけ」

くるりと僕に背を向けた彼女は「こんなところで立ち話をするのもあれだから、喫茶店に戻ろ」と言いゆっくりと歩いて行く彼女に僕はついていくしかない。


喫茶店に戻ってきた僕たちはそれぞれ紅茶を片手にテーブルに着いた。席につくとすぐに彼女は共病日記を出して僕の前に置いたのだが僕にはその真意がわからなかった。

「まずは春樹君、この際だからこれを君に読んでもらいたいんだ」

「えっ!?なんで?」

「う~ん、なんでかな~。たぶん君の覚悟を見たから、もっと言うなら君が私の心臓を食べたいって言ったからかな」そう言って困惑する僕なんてお構いなくいつものペースで彼女は共病日記のページをめくっていった。

彼女がページをめくる手を止めて言った「ここから読んでくれる?」

彼女がそう言って示したページにはハッキリと " 遺書 " と書き出しで始まっていた。

「眉間にしわが寄ってるよ。もぉ、そんな顔しないでまずは読んで」

彼女は僕の心境など構いもせずに共病日記を僕に押し出した。

「たぶん、読んでくれれば私がなんでこんなことしてるのかわかってくれると思うから」

どう返事をすればいいかわからないけどそこまで言われてしまうと読むしかない。恐る恐る僕は共病日記を手に取り読みだした。


そこに書かれているものは紛れもなく遺書だった。


そこには同級生たちへ、自分の短かった人生の一部であったことへの感謝、病気のことを隠していたことに対する謝罪、自分と違い可能性や希望で満ちた未来が待っていることへの励ましが書かれていた。僕と違い大勢の友達に囲まれていた、いかにも彼女らしい文面である。


家族へも、今まで愛情を注いでくれたことへの感謝、もっと長く生きて幸せな姿を見せてあげられなかったことへの後悔がつづられていた。どれほど家族に愛され大切にされてきたのかが読み取れる。


そして最後に僕への言葉がつづられていた。

出会って半年ほどしか経っていなのにまるでもう何年も一緒に過ぎたのではないかと思えるような言葉がそこにはつづられていた。読み進めようと思っても溢れる感情がそれを妨げてしまう。そんな僕に彼女が優しく声をかけてくる。

「前に春樹君は私たちは真逆の人間だって言ったでしょ、私もそう思ってたの。真逆だからこそ気になってたし、仲良くなりたいとも思っていた。だから共病日記を見られたときは最初どうしようって思ったけど、この際だからこれを口実に仲良くなろう思ったわけ。最初はただ仲良くなりたいって思っていただけなんだけど、どんどん春樹君の事しりたい気持ちが強くなっていったんだ。旅行とか恋人ごっこ?あったじゃん。あれ結構ドキドキしたんだよね。遊びのつもりだけど、このままいったら遊びでキスくらいはしちゃうんじゃないかって思っちゃった。

正直に言うとさ、私は何度も、本当に何度も、君に恋をしてしまっていると思ったことがあるんだ。でも、ほら、私たちには時間がないでしょう。それ以上の関係にしちゃったら君との関係を維持できなくなるんじゃないかって気がしてさ・・・・」

僕も言いたいことが色々あったが今は彼女の言葉を聞くことに徹していた

しかし彼女が投げかけた質問が僕の心の奥深くを揺さぶった。

「・・・・ねぇ、どうしていままで私を名前で呼ばなかったの」

疑問形で彼女は僕に問いかけているがまるで答えがわかっているかのようにしゃべり続ける。

「私はある時ふと気付いたの、君はいつも私の名前を呼ばないってこと。最初は私を嫌いだからとかウザいから名前で呼ばないんだと思ったからどうしようってなったよ。だって私は君と違って周りに名前で呼ばれることでそこに関係性を見出すからさ。でもね、最近気づいたんだ、違うって。

私が思うに君は、私を君の中の誰かにするのが怖かったんじゃないかな?君は誰かを名前で呼ぶことでその人の存在を位置付ける。私のことはどうでもいいなんて思ってなかったからこそ名前で呼んで安易に位置付けたくなかったんでしょ。近いうちに死んでしまうってわかっている私を “ 友達 “ や “ 恋人 “ にするのが怖かったんでしょ。でも、そこまでするのは私のことを思ってなんだろうって、私は勝手に解釈したの」

なんて勝手な解釈だ。でも、見事に自分でも気づけていなかった本心を言い当てている。

「そうやって君のことを考えていたらね。気づいたの、私は君に憧れているんだなって。私はもっと安易に人と関係をもったりするんじゃなくて、君みたいにもっと誰にも迷惑をかけず悲しみを周りにふりまいたりすることなく自分の為だけに、自分だけの魅力を持って、自分の責任で生きていけたらいいなって思ったの。もちろん、今の人生や生き方に文句を言っているわけじゃないよ、最高に幸せ。でも、周りがいなくてもたった一人で人間として生きている君に私はすごく憧れているの。私にとって生きることは周りの誰かがいないと成立しないから、自分ではそれが悪いことだとは思っていないよ。でも君は、いつも自分自身だけだった。人と関わることでじゃなくて、自分自身を見つめて魅力を作り出していた。私も君みたいに自分で自分だけの魅力を持ちたかった。だから君の前だと笑うことも泣くこともできたし、君に憧れたんだと思の」

渡された共病日記を撫でながら彼女の独白を聞く

「共病日記を拾ったあの日から、今日この時まで、関りを必要としない君が私を、 “ 桜良 “ を選んでくれたんだもん。私は初めて、私自身として一人の人間として必要とされているんだなって思った」

彼女は手を伸ばして共病日記を撫でている僕の手に重ねた

「だからね、ありがとう。17年、私は君に必要とされるのを、出会うことを待っていたのかもしれない。まるで桜が春を待っているみたいにね。憧れとか恋とか、確かに君に対してそういった感情は持っている。でもそれ以上に私は君に対して感じているの。この遺書、昨日の夜に書いたんだけどね。この最後のページ・・・」

そう言いながら彼女はページをめくっていき最後のページにある一文を見せてくれた。

一文であるが僕と彼女の心や想いや関係性をつなげるには十分すぎる言葉。


“ 君の心臓をたべたい “


彼女に目を向けると今まで彼女が見せてくれた表情で一番満たされていて幸せそうな顔をしていた。


「先に言われちゃったけど、私もね、君の心臓を食べたい・・・・春樹君の心臓をたべたい」


ああ、そういうことか。

本当に彼女には驚かされる。おそらく僕がずっと彼女に対して抱えていた思いを、僕一人ではそれが何なのか気が付くのにおそらく何年もかかるようなことを言い当てた。そうか、恋や友情だけではなくて僕も彼女と同じで憧れていたのか。


「でどうなの?これだけ女の子に言わせておきながら君はまだだんまりかね」不満顔といたずら顔のどちらともとれる表情をしながら桜良は共病日記をさらに僕の近くに押した。

「私のすべての思いが詰まったこれを締めくくる手伝いをしてくれる?」

「わかった。手伝うよ」意を決して言った。

「最近、自惚れかもしれないけど、僕が君の役に立っていること、必要とされていっるって思うようになってきたんだ。まったく、誰のせいでこんな風に思うようになったのかわからないけどね。僕らの真逆だって、方向性が違うんだっていうのは僕らがお互いのことを見ているからだと思う。どこまで進んでもそれは変わらないと思う。僕も君に憧れているんだ、恋だの友情だの、そういったものにしてもいいのか?そういったものに落ち着かせてしまっていいのか?なんて考えていて、それが君を名前で呼ぶのを邪魔していたのだと思う。でも、今は違う。ようやく君に対する思いがハッキリしてきたんだ。僕こそ、僕こそ君に出会うために生きてきたんだと思う。きっと初めて僕は、人として初めて心を誰かと通わせることができたんだ。僕のほうこそ君に言いたい・・・」


「ありがとう」


「君といることで僕は嬉しいも、寂しいも、恋しいも、苦しいも、教えてもらった。ありがとうも、さよならも、ごめんねも、会いたいも、君に教えてもらった。落ちていた共病日記を拾うのを選んだように、それを開いて読むのを選んだように、君と話すことを選んだように、君と笑うことを選んだように。だから・・・」

桜良の手を握って言った

「だから、君の心臓をたべたい。」


そう言い終わると彼女がニヤニヤしだした。

「で、こんな愛の告白をした後だけど、ちゃんと遺書を書くの手伝ってくれるよね?」

僕には断る理由がない「君が生きることをあきらめていないのなら手伝うよ、もちろん」

「生きることをあきらめたことは一度もないよ。ただ、君が好きな小説の世界や私が読む漫画の話のように都合よく奇跡は起きないってわかってるから。だから、思いをちゃんと形に残したいの」

まっとうな理由だ「ならいいけど。具体的にどう手伝えばいいの?」

「小説好きで語彙力がある君には添削指導をお願いしたいの。ベースの文は昨日のうちに書いたからそれをちゃんとしたものにする手伝いをお願いしたいです」

「語彙力の件は買いかぶりすぎだと思うけど。わかった、できるだけ力になるよ」

「そう言ってもらえて安心したよ。安心したのと同時にお腹が空いてきたね、そろそろお昼ごはんのために移動しようか!」

「さっきあれだけサンドイッチを食べたのにもうお腹が空いてるの。君の胃袋は底なしだね」彼女の食欲にはあきれてしまう

「女の子にその言い方は失礼だよ」ぷんぷんしながら彼女は言うが顔が笑っているから本気で怒っていないのが分かる

「事実を述べただけだよ。で、お昼ご飯に行きたいところがるって言っていたけど、腹ペコ姫は何をご所望で」人をからかうことが出来るようになったのも彼女のおかげだ。とは言って彼女以外の人にはまだなかなかできないが。

「も~!そういう言い方はやめてよ!」そうはいっても彼女は楽しそうに笑っている「そんなにからかうなら教えない!着けばばわかるし!」


食のことに関しては僕はそれほど執着心がない。別に食べるのが嫌いと言う訳ではない、ただ自分の好きなものが食べれるだけでいい。そう思ってるけど、桜良といるとそれが叶うことはそうそうない。

「またこれ····」と嘆いても意味がないのはわかってるけど少しは抵抗してみる

「死ぬまでに叩き込むって言ったでしょ」

僕たちが来たのは彼女の大好きなホルモン焼き肉屋だ。彼女につれられて2週間に1回のペースでホルモンを食べるようになったけどまだ好きにはなれない。不味いわけじゃない、むしろものによっては美味しいと思うが僕はホルモン焼き肉ではなくて普通の焼き肉が食べたいんだ。そう言っても毎回彼女は言う「死ぬまでにホルモンのおいしさを叩き込んであげる!」と、だからもう抵抗するのはやめた。砕氷船に立ち向かうのは馬鹿げているからね。

「はぁ~~!!!やっぱりホルモンは最高!!!」

「はいはい、そうですね~」

「なにその棒読みな感じ~。まだ春樹君はこの素晴らしき食材の魅力に気が付けていないみたいだね」

「いや、そもそも気が付こうとは思っていない。それより、はい、ハツとハツモト」何度普通の焼き肉屋に行きたいといっても聞かないなら、この食事の主人公は彼女である。僕の分までありったけ食べてもらうことにしよう

「おおぉ!!待ってました!!!」


そのまま僕たちはいつものようにホルモンを食べた。いつものように彼女は食べ過ぎて、いつものように閉めのバニラアイスが運ばれてきた。そこで僕は気になっていたことを切り出してみた。

「あのさ、今更かもしれないけど。遺書を書く手伝いに条件を一つ付けていいかな?」

「うん、確かに今更だけど・・・いいよ。なに?エロいことはダメだからね!」

「なんだか前にもそれ言われたような気がするけど、君は僕が性欲の化身か何かだと思っているわけ?」

「冗談だよ、君はそんなことしないってわかってるから。で、なに条件って?」アイスをゆっくり食べながら彼女が答えた

ストレートに言ってみる「僕に対してだけは正直でいること」

「えっ?」少し彼女があたふたする

「手始めに、今の時点での寿命はどれぐらいなの?」

「ちょっと春樹君!いきなりすぎるよ~」

「いきなりも何も、今まで言わなかった桜良が悪いんだ。遺書を書くの手伝うんだから、反論も反抗も認めません」以前、彼女に言われた同じ言い回しを使ってみる

「むむむぅ~、そのセリフ言われるとなんかムカつくな」と答えてから息を深く吸い落ち着いて


「3か月だよ」と言った

「えっ!」と口に肉を運んでいた僕の手が止まる


「でも、君は1年って前に言わなかった?」

「それは春樹君と関わるようになって間もないころでしょ。実は昨日までの入院は私の寿命が縮んじゃったせいなんだ」

「そんな・・・あと3か月だなんて・・・・」まさかそれだけしかないとはさすが思っていなかった。同時にお見舞いに行くたびに感じていた違和感なんとなくわかった。

「じゃあ、お見舞いの時は嘘をついていたんだね」

「嘘じゃないよって言っても意味ないと思うけど・・・嘘じゃなくて見栄を張っていたんだよ。自分の状態を春樹君に言ってしまったら今までの関係性が変わっちゃうんじゃないかって心配して・・・」申し訳なさそうな顔をして彼女は皿に入っている溶けかけのアイスをつつく。

そのまま僕らは無言で桜良はアイスを、僕は残りの肉を食べた。


桜良はまだ何か追加注文をしそうな顔でメニューを見ているので

呆れつつ「じゃあ、そろそろ行こうか」と促してみる。

「うん・・・」珍しく素直に答えた彼女と一緒に席を立ち会計を済ませた。


店を出るとまだ13時ごろだったので、相変わらず雨だったけど隣町の散策をすることにした。

お店の入口でそれぞれの傘を用意しながら彼女に言う

「ねぇ、桜良」

「なに春樹君?」

「僕は変わらず日常も真実も君に与えることを約束するよ。最後を看取ってあげるから、その・・・見栄をはらないでくれるかな、僕のまえでだけは・・・・」

傘にかかっているビニール袋取ろうとしている彼女は手を止めて「どんな私でも受け止めてくれる?」と小さな声で言うと僕に向き直った

「うん、受け止めるよ」とできるだけ、得意ではない優しい笑顔で彼女に答えると彼女はゆっくり僕に抱き着いてきた。彼女の家に行った時と比べるとそれほど驚きはしなかったし、さっきも本屋で抱き着かれたから平常心を保って彼女に

「大丈夫?」と聞くと彼女は少し震えながら

「大丈夫じゃないよ・・・・もうすぐ死ぬってわかってると怖い。いつその日が来るかわからないけどその真実は確実に私に迫ってきているだよ。こうして君に抱き着いて少しこの恐怖を紛らわそうとしてるんだけどね、なかなか思うようにいかないもんだね」

今までため込んでいたモノを吐き捨てるように震えながら、そして密着しているからわかるが、泣きながら彼女は言った。あの日、ホテルで何と言えばいいのかわからなかった僕ではもうない。

「僕にはその君の恐怖や不安を取り除くことはたぶんできないよ、君の心臓を僕が治せないのと同じで。でも一緒にいてあげることはできるから。最後一緒にいるから。そのためにならいつでも肩も胸も貸すから、それでいいかな?」本当に今日は柄にもなくベラベラと本心をしゃべってしまう。桜良に気付かされたから、変えられたからだろう。

彼女は数分間おちつくまで僕に抱き着いたままだった。通行人の視線が気になったが、彼女の背中を少しさすると落ち着いたのか彼女が「うふふふふ、これで今日は何回目の告白かな~」と笑いなが僕から離れる

「こっちが一生懸命励ましてるのに君ってやつは」

「ありがとうね・・・・本当にありがとう。君があの日共病日記を拾ってくれたことは感謝してもしつくせないよ」

「君の言葉を借りるなら、あの日僕は拾うことを選んだからね。その選択には最後まで責任を持つよ」

「そんなこと言われると、もうキュンキュンしちゃう。このままじゃ心臓のせいで死ぬ前にキュン死しちゃよ」とバカなことを言う彼女に

「僕が殺したことになってしまうからそれは勘弁してくれ」と返すしかなかった

「じゃあ、君といるときは素直になるね。早速だけど相合い傘したい!」

「何をいきなり言うんだい君は!それは素直じゃなくてわがままだと思うんだけど」

「いいえ、素直にわがままなお願いをしただけだよ」ペコちゃんのようにペロッと舌を出す彼女に呆れつつ、抵抗しても無駄なの事だとわかっている。

「は~。わかった。でも僕の傘そんなに大きくないから・・・」

「やったー!じゃあ、お邪魔しま~す」

僕の傘のサイズなんて気にもせず彼女は入ってきた。傘をさしている僕の腕をそっと抱き、彼女は出発を促したので僕たちは雨で輝いている町へと繰り出すことにした。


駅近は雑貨屋や服屋が結構ひしめき合っていて桜良の気まぐれで色々なお店に入ったことで一通り見るには結構な時間がかかってしまい、気が付くともうすぐ夕方になるぐらいのタイミングだった。

時間が時間だったので彼女に聞いてみた「夕食はどうする?」

「う~ん、どこかで食べたいのは山々なんだけど、さっきお母さんから夕ご飯は家で食べなさいってメールが来てたんだよね」

「なら、帰ろうか」内心ではもっと一緒にいたかったが

親御さんのいうことは聞いた方がいいと思ったので口には出さなかった。しかし彼女は急に僕の顔を覗き込み恐ろしいことを聞いてきた。

「ねぇ、うちに食べにくる?」

「はっ!?!」なにを急に言い出すんだこの子は

「もちろん、春樹君がいいって言うならだけど・・・」

「男性を家に連れていく事を君のお母さんは何とも思わないの」妙な印象、というか変なことを他人に詮索されるの好きではない

「う~ん、たぶん大丈夫。そもそも春樹君のことお母さんにもお父さんにも話したことあるし、家に一度呼びなさいって言われたんだよね~」

なんと、そこまで話が進んでいたなんて「勝手に話を進めないでもらいたな」

「でも、春樹君一度うちに来てるんだから、別にいいでしょ?」

「あれは君の悪いいたずらにつき合わされてのことでしょ。ご両親はいなかったし」

「その言い方、あの日のことまだ根に持ってるの?」

「持っていないと言ったらうそになるね。でもそれは置いておいて。行くよ、君の家に。断っても最終的に行く事になりそうだし」

「おぉ!本当に!?やった~!!」相合傘で傘を支えている僕の腕にしがみついている彼女が飛び跳ねるもので少し濡れてしまう。


たわいのない話をしながら傘の下僕たちは駅へと向かった。どう見てもデートをしているカップルにしか見えない僕たちの姿をクラスメイトなどにみられていない事を僕は内心願っていたが、毎度彼女と出かけるときはクラスで噂になるので願っても意味がない。でも、こうして彼女と並んで歩いていることを僕はうれしく思う。いつまでこうしていられるかわからないという不安がないわけではないが、それに勝ってこのひと時がいとおしく思える。

駅に着きそうなところで彼女が急に言った

「ねぇ、春樹君」

「なんだい桜良」

「いつの日かさぁ、また何かしらの形で私たちがまた巡り合うことができたら・・・今度は私にキスしてね」

「えっ?また何を突然いいだすんだ」

「うふふふ」いつもの笑いでごまかして「でもね、それができずに私が君の夢にしか出てこれないなら、私を朝まで抱きしめていてね」

「やだね、それは。目ざめが悪くなりそうだから」と適当に答えなる「それに、抱きつくことならもう何度もしているじゃないか」

「まあそうだね。君の羞恥心を崩すことには成功しているみたい。さすが私!!」

偉そうにする彼女に一泡吹かせようという思いが頭の中に一瞬よぎった僕は

「キスぐらいなら今すぐにでもしてあげるよ」と自分でも驚くような提案を言ってみた

「あへぇ!?」と彼女から変な答えが返ってくる「えええええええ!!ちょっとちょっとちょっと何よいきなり!!」

本当に騒がしいがこの騒がしさも心地よいものになった「真横で大きな声を出さないでくれ」

「いやいやいや、何いきなり!?もしかして私に惚れてるとかなの?」

「う~ん、どうだろう」彼女に抱いている思いは恋ではないが恋も含まれていると自分は思っている「はっきり言うと分からないんだ」

「実をいうと私もなんだ。君に対する憧れが恋なのかわからない時がある・・・」少し照れ気味に答える彼女


駅前の交差点が赤信号になり僕たちは止まった。

傘で周りからは見えにくいことが少しは羞恥心を取り除いてくれる。傘を持っていない腕を彼女に伸ばし、そっと手を頬に置いた。らしくないことをしていると自分でも分かっている。

彼女はというと珍しくどうすればいいのかわからないって顔をして「えっ、ちょ!春樹君?!」と言いながらも拒絶はしていない。それをいいことに彼女の顔にゆっくり近づきその唇に自分の唇を重ねた。


歩行者信号が青に変わったので彼女の唇を放した。

時間にして5秒にも満たない間だったが確かに僕たちは唇を重ねた。絡まりあうような情熱的なものではなかったのが逆に僕の冷静さを保った「うん、悪くはないけど・・・」

そんな僕とは対照的に彼女は顔を真っ赤にしてにやけている「えへへへへ、私はありだと思ったんだけどな。っていうか今日の君は色々とぶっ飛んでいるよ。どうしたのよ、も~本当に!!」

「いつもぶっ飛んでいる君には言われたくないね。たまには僕が君を驚かすのもいいじゃないかなって思ってね。でも、まぁあれだね。よくよく考えるとキスって恥ずかしいね」やっぱり恥ずかしい。おいそれとキスなんてするものではないと改めて思うのだが、隣の人物はそうではないようだ

「あれあれあれ、人の唇を奪っておきながら。いっししししぃ、やっぱり君ってそうじゃなきゃ。よし、春樹くん!これからは会うたびにキスしよう!」

「馬鹿じゃないの」

「そんなこと言って恥ずかしがっているけど、君もまんざらじゃなかったんでしょ。やっぱり私、キュン死しちゃうよこれじゃ」

「だから、やめなさい」

キス一つで人ってこうも揺さぶられたり照れたり笑ったりできるものなのかと思い、桜良と関わらずに自分一人の世界で生き続けていれば気付かなかったことだろう。本当に彼女はすごい。

上機嫌な彼女に「ほら、駅に着いたからもう離れて。傘がしまえない」

「むむむむ、仕方がないな~」

ようやく僕の腕は彼女から解放され、楽になってよかったと思うが同時に彼女の温もりが感じれないのが少し寂しく思う。その思うが顔に出たのだろうか彼女が「どうしたの?腕組やめたからがっかりしたの?うふふふ」

「ノーコメントとさせてもらう」彼女にはなんでも見透かされているような感じがする。だけど変に答えると彼女は調子に乗るからここは答えないでおく。

「隠さなくてもいいのに~。私って罪な女、うふふふ」

「いい加減にしなよ。ほら、もうすぐ電車が来るみたいだからさっさと行くよ」彼女を促して改札口を通り、すぐに到着した電車に僕たちは乗った。空いていた席に二人並んで座ると彼女が何も言わず僕にもたれかかってきた。

「桜良どうしたの?」

「ちょっと疲れたからひと眠りするね。着いたら起こして」

「わかったよ」

そう答えた彼女の顔を見ると、気のせいかもしれないが顔色が悪いように見えた。しかし、すでに寝息を立てている彼女を僕は起こさなかった。


15分もしないうちに駅に着いたので彼女を起こし電車から降りた。

あいかわらず雨は降っていた。

「また、相合い傘する?」と小悪魔的な笑みを浮かべて聞いてくる彼女

「相合い傘して君の家に行ったら色々とややこしくなりそうだからやめてくれ」

「私は別にいいんだけどな~」そう言って彼女は自分の傘を開いて駅を出た


そのあとを僕も傘をさして付いていこうとした時だった。桜良が急に足を止めてしゃがみ込んだ。

彼女に近寄り「どうしたの桜良、大丈夫?」

「春樹くん、ごめん。ちょっと動悸が激しくなって胸が苦しい」

そういう彼女は苦しそうに肩で息をしている。一日中歩き回った疲れが影響したのか、そもそも退院したばかりの病み上がりだ。こっちも気を使うべきだったと今更ながら思う。

「僕にできることはある?」

「ありがとう。でも、大丈夫だから。ちょっと休憩すれば収まるから・・・」

こういう時にいかにも自分がこの状況で無力なのかを思い知らされる。どんなに言葉を尽くしても、どんなに一緒にいてあげても、どんなに支えてあげようとも。彼女の後を追ってくる“死”という真実に対して僕は無力なのだ。

今は彼女の傍らにいてあげて背中をさすることぐらいしかできない僕に彼女は笑顔を取り繕って「あり・・・がとう・・・ね」と苦しそうに言ってくる。


少したって彼女は立ち上がったので

「無理をさせてごめん」と謝る

「やめてよ。私なら大丈夫だから」

「正直に言ってくれる?無理してるの?」

「無理はしてないよ。ただここ最近は今みたいに動悸が激しくなることがあるの」

「それってもしかして・・・・」

「うん、病気が進行してるからだってお医者さんは言ってた・・・」

二人して沈黙してしまった。こっちは何を言えばいいのかわからずにいると

「落ち込まないで春樹くん。仕方がないでしょ、私病気なんだから」

「ごめん・・・」としか僕は答えられない

「いいから、謝らないで。それより行くよ、私の家に」そう言って何事もなかったかのよう彼女は歩き出した。

今の僕は彼女についていくしかできなかった。

彼女の家へ向かうっている途中の道のりで僕たちは行きつけのホルモン焼肉屋の前を通った。

「またホルモン食べたくなってきたんだけど・・・」

「いい加減にしてくれ」彼女の食欲にはあきれる。

そう言ってから彼女がお店の隣のわき道を見て急に立ち止まった。


「ねぇ春樹君」

僕も立ち止まって同じ方向を見る「どうしたの?」

「気のせいかもしれないけど、あそこに人が倒れているような気がするんだけど」そういって彼女はわき道を指した

言われてみればそんな気がするが暗くてよく見えない。目を凝らしてみたがよくわからないが厄介ごとは桜良だけで十分だと思い、本当に人なら関わりたくないがせめて警察か救急隊には連絡をしなくてはと思っていると桜良がわき道に入り人のようなモノに近づいて行った。彼女の性格上こういう時はそういう行動をとることを僕は忘れていた。商店街の時も旅行先の時もそうだった。

仕方がなく僕も彼女について行ってわき道に入った。

近づいてみてわかったが、確かにヒトではあった。でも少しおかしいと僕が思っていることを彼女も思ったのだろう

「春樹くん、どうしよう。なんかボロボロの女の子が倒れてるよ・・・しかもコスプレ?みたいな恰好してるし」

「うん、死んではいないよね?」

「どうだろう・・・」そう言って彼女はゆっくりとその女の子に手を置いた「うん、息してるし温かい。っていうか熱い!もしかして熱?」

「とりあえずここにいるのは良くない。どこか雨宿りできる場所に移動しよう」

「うん、そうだね!」

桜良と一緒にいなければ僕はこんなことしないだろう。いいや、桜良に出会う前は違うが、今の僕だったら同じことをしただろと思う。

まずは雨宿りをしなければと思いながらも頭の隅の違和感が捨てきれない。


その女の子は見たことのないようなボロボロの服を着ていて、それが異質だった。しいて言うならおとぎ話に出てくるような中世の騎士の甲冑に少し似ている。

でも服装以上に異質なのは頭には二本の角が生えており、お尻の近くの背骨からしっぽのようなものが生えていた。桜良が言うようにコスプレに見えなくもないがあまりにリアルすぎると思う。まるでファンタジー小説から出てきたようだ。




でも、この女の子との出会いが僕たち二人のすべてを覆すことになった。

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