第6話 真逆な二人はまだ日常の中

彼女の笑顔のような眩しい日差しの中、彼女の葬式が行われている。けれどその輝く太陽とは逆に僕の心には暗雲のように暗くて重くて、葬式に行く勇気を僕から取り除いていた。


彼女は僕に看取られて死ぬと約束をしたのに。

僕は彼女を看取って最後まで一緒にいると約束をしたのに。

結局どっちもその約束を守ることができなかった。


結局のところ、彼女は僕なんかと関わって幸せだったんだろうか?


せめてこれが夢であればいいのに。

目が覚めて、直接彼女に聞けるのに。


そう思った瞬間、僕は目覚めた。


自分の部屋の天井が見える。視線を横に移して目覚まし時計を見るとまだ夜中の3時を少し過ぎたくらいだった。

「は〜、とうとう君は、僕の夢の中にまで出てくるようになったか」とため息を吐きながらベッドから起き上がる。

嫌な夢を見たせいかけっこう汗をかいていて喉が渇いていたから台所に行って何かを飲むことにした。

冷蔵庫に入っていたお茶を一杯飲んでから自分の部屋に戻る頃には少し目が覚めていた。外からは雨の音が聞こえる。このまま寝てしまってもいいがこの際だから、彼女に借りているあの本を読むことにした。

普段は本を買った順番で読むし、それほど読むのは遅い方ではない。けれど、なぜかわからないが、少し前に彼女から貸してもらっている本だけは読めなかった。まるで、読んでしまったら彼女との「関係」が終わってしまうのではないかと無意識で思っているようだ。


でも、さっきの夢のせいかもしれないけど、今が読むべき時なのではないかと思えてきた。

本棚からその本を取りカーテンを開けて窓際にある一人掛けソファーに座った。ソファーの横にあるサイドテーブルのライトを点け、一度深呼吸をして読みだした。


彼女はいつも漫画しか読まないと言っている。稀にその漫画の原作のライトノベルを読むとも言っていた。そんな彼女が持っている唯一の文庫本は、短くて読みやすいながらも人生観や人間関係に強く語りかけてくるものだった。読んでいて思ったのだが、本の内容が彼女の言動に繋がる部分が多く、今の彼女のありようを物語っているようだった。


1時間ほどで読み終わり、その頃にはまた眠気が復活していた。

もう一眠りをするためにベッドへ入り微睡みへと沈んでいく中、僕は思った。色々と真逆な僕と彼女なのにどうして彼女はこんな僕と関わるのだろうか?

心のどこかで真逆な彼女に僕は惹かれているのかもしれない。でも、彼女はどうだろうか?


一度芽生えてしまった疑問はそう簡単に消えない。

明日どうせ彼女と会うんだ、その時に聞いてみよう。



眠りについた僕はまた夢を見た。

夢の中で光になってどこかへ行ってしまいそうな彼女を必死に追いかける夢を。

深い森や、荒れた海、暗いトンネル、それらを乗り越えながら必死に彼女のあとを追いかける夢。

僕らしくないけど、なぜか全て乗り越えて彼女のもとへ行くんだという強い意志が僕を突き動かしていた。




あと、一歩で彼女に届きそうになったところでピピピッと鳴り響く目覚まし時計の音で目が覚めた。なぜだろう、少し悲しい気分になった。

よくあることだが、いったん目覚めると急速に夢の内容を忘れてしまう。昨晩見た二つの夢も同様に、朝ご飯を食べるころには内容を忘れてしまっていた。でも一つわかったのが、おそらく僕自身が思っている以上に僕は彼女のことを想っているということだ。二つの夢が多分それを物語っている。


ということで、善は急げだ。今日は彼女の退院日で勝手に「デート」の予定を入れられた日。

昨晩の夢は色々と大変だったから、身体だけじゃなくて心もさっぱりさせるためにシャワーを浴びた。シャワーを浴びながら、何をどうやって彼女に話そうか色々考えたけど何一つまとまらなかった。まぁ、考えても仕方がないということだろう。

シャワーを浴び終えて自分の部屋で着替えていると彼女から連絡が来ていた。


「やっほー!今、家に帰ったよー!

 入院していた時の荷物も少し片づけてから

 支度するからちょっと時間かかっちゃう、ごめんね。

 おわびにかわいい格好で行ってあげるからさ。」


文面上は元気そうだけれど、ここ数回のお見舞いの時の様子に僕は違和感を感じていた。彼女のことすべてわかっているとうぬぼれるつもりはないけど、この数か月の彼女との交流で少しはわかってきたこともある。彼女は嘘をつくのが嫌いなようだ。だからよく見栄をはる。誰にも心配と迷惑をかけたくないが故のことなんだろう。


「おはよう、そして退院おめでとう。

 僕は今お風呂から出たところだよ。

 お風呂で君のことを考えていた。」

「なんかそう言ってもらえると嬉しいけど、

 まさか私でエッチなこと考えていたんじゃないよね?」

「いいや、いたって健全なことを考えていたよ。

 例えば今日はどんな話をしようかな、とか。」

「ちょっと、ガッカリしちゃう・・・

 もしかして君って股間の病気とか?」

「君と違って健康だよ」

「改めて言われると傷つくわ!ひどいよ!

 そうだ!謝罪として私を褒めなさい!

 ほらさっさと褒め言葉の一つや二つぐらい書きなさい!」

「あるかなそんなの?思い浮かばないよ」

「なによ、それ!?プンプン!!」

「というか、元気なのは嬉しいけどお互い

 支度をしないと遅れるよ。

 準備が出来次第、僕は家から出るから。

 いつもの喫茶店で1時間後の待ち合わせでいい?」

「あ~、はぐらかした~。いいわよ。

 直接、君の口から言ってもらうかね。

 じゃあ私も準備してくるから。1時間半ごでいい?」

「うん、いいよ。待ってる」

「じゃあ、また後でね!」


いつもの、洒落っ気のないと彼女に言われる服を着て、いつも出かける時に使っているカバンを肩にかけた。部屋から出ようとした時、彼女から借りていた本をついでに返そうと思い出して引き返した。

その本をカバンしまいながら考えた。彼女の誉める点なんて僕から見れば多すぎるくらいだ。僕なんかよりずっとすごくて、人間的な魅力がいっぱいある。僕が君に対して抱いているこの想いはどうやって言葉にすればいいんだろうか・・・


本当は僕も彼女のように人と関わり、認めることも認められることもできる人間になりたいのだろう。愛し愛される君のような人間になりたいのだろう。


彼女の爪の垢を煎じて飲めばいいだろうか・・・

いや、違うな・・・

・・・たぶん彼女が面白半分で言ったあの言葉が以外にも一番適切だろう。


僕は「君の心臓を食べたい」



部屋を出て、玄関へと向かう。その途中で台所にいる母親に「いってきます」と声をかける。

靴を履いていると母親が声をかけてきた。

「あんたさぁ、彼女とデートにでも行くの?」

「えっ!?」急に聞かれて驚いた僕は、ついそれを顔に出してしまった

「何年あんたの母親やっていると思ってるの?最近のあんた、なんだか前と違うから女でもできたのかと思ったのよ。」

ここは反論をしておかないと色々と詮索されるだろうと思い

「確かに最近ちょっと変わろうと、努力はしてるけど。別に彼女はできてないよ」連れまわされている女の子はいるが。

「あっそ。まぁ、そのうち家に連れてきなさいよ、その子」

自分の母親は読心術でもあるのではないか?と思ったが、そんなわけないだろうけど

「いつかできたら、連れてくるよ・・・」

「楽しみにしてるわ」と母親は笑顔を浮かべて見送ってくれた。

「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

出だしから調子を狂わされる1日だ。


夜中からの雨がまだ降り続けていて、傘をさして玄関から出た時にある考えがよぎり足を彼女の家に向ける。。喫茶店で待っているより彼女の家まで行くのはどうだろうか?いつも彼女に驚かされているけど、少しくらい仕返しに驚かしてもいいだろ。

彼女の家に向かっている間、彼女との出会いから今日までのことを思い出した。本当に色々なことが起きた。僕は彼女に振り回されてたことが多かったけど、そのぶんだけ僕は彼女によって変えられたということでもある。


_____


彼女との出会いは2年生に上がってすぐの事だった。


体育の授業でヘマをして腕を5針縫う怪我をしてしまい、数日後にその抜糸のために病院に行ったことが事の発端だった。

抜糸の跡が残らなかったことに感心しながら清算のためにエレベーターに乗った。エレベーターには誰も乗っていなかったが代わりにその真ん中に何かが落ちていた。一階のボタンを押してから落ちていたものを拾ってみると、それは文庫本のようだったがカバーが付いていて何の本かわからなかっけど、本好きの僕は無意識にカバーを外してそこに書かれているタイトルを読み上げた。


「共病・・・日記・・・??」


どう見ても手書きで書かれていその字からするに、これはどうやら日記のようだ。

他人の日記を読むのは失礼なこととはわかっていたのだが、せめて誰のものかわかる手がかりがある状態で病院の受付に落とし物として届けようと思い、ページをめくり読んでみたところ

「心臓の病気・・・・余命1年・・・・・」と書いてある言葉を、日常ではあまり口に出さない言葉だからなのかつい声に出して読んでしまった。

どうやらこの日記は、心臓の病気で余命が宣告された人が書いたようだ。しかも言葉の使い方からしておそらく中高生ぐらいの女子が書いたものだと思う。ここは大きい病院だから、こういった状態の患者さんが入院していておかしくない。なら、受付に届ければ持ち主の元へ戻るかもしれない。


清算を済ませてから総合受付に行った。

受付のお姉さんに「すみません。これ、エレベーターで拾ったのですがどうやら落とし物みたいで」と言うと

「わざわざありがとうございます。本のようですね、どのエレベーターで拾われましたか?」と聞かれたので正直に答えることにした

「本じゃなくて日記のようです。拾ったエレベーターは・・・」と自分が言い終わる前に横槍が入ってきた。

「すみませ~ん、それ私ので~す」と後ろからの声に振り返ってみると、そこには見なれた学校の制服を着た女子がいた。少し驚いたら、向こうも同じで

「???あれ??君って同じクラスの・・・・」と言うと僕を凝視して、それから受付のお姉さんといくつかやり取りをしてから落とし物を受け取った。


そう、僕は彼女を知っている。クラスメイトだ。

基本的にはクラスメイトと関わらないようにしているが、別に知らないというわけではない。彼女は僕と違い、いつもクラスメイト達と楽しく笑いながら過ごしている。笑顔を絶やさない、まさにひまわりのような彼女にはそのせいで自然と人が集まって行く。僕とはまったくで逆だ。

けれど、そんな彼女が余命付きの心臓の病気を抱えているとは思わなかった。厄介な相手の、厄介な秘密を知ってしまったような気分だ。これはうまいこと知らないふりをして退散しようと考えを巡らせていると、手元に戻った日記をめくりながら彼女が声をかけてきた


「あのさ、さっきこの本のこと日記って言ったよね?ってこと君、これ読んだでしょ?」本の中身を確認しながら彼女は聞いてきた

「申し訳ない。最初は興味本位で中身を見てしまった・・・」嘘をついても仕方ないので素直に謝る

「君って正直なんだね。それに、いつも教室で本ばっかり読んでる君ならその行動にも納得が行くよ」

「本当に申し訳ない。中身を見て、これは持ち主に早く返した方と思って、色々見てしまった。」

「まぁ、持ち主のことを思っての行動みたいだし別にいいよ、気にしないで。で、読んだってことは知ってるんでしょ、私の病気のこと・・・」

「そうなるね・・・」妙な沈黙が一瞬僕らの間に流れたが

「そもそも、落としちゃった私が悪いんだよね。じゃあ、読んでしまったことを忘れてとは言わないけど、誰にも言わないって約束してくれる」人差し指を立てて口の前にもってきなが彼女は言った

「うん、約束する」

「ならオッケー!で、そういえばなんで病院にいるの?今日学校休んでたよね?」

「男女で体育の授業は別れているから知らないみたいだけど、先週の授業でケガをして縫ったんだよ。今日はその抜糸で来たんだ」

「へ〜、知らなかった。ケガ酷かったの?」

「そんなことはないさ。5針縫っただけだよ。そういう君は学校帰りみたいだけど···」

「うん、学校帰り。薬がきれてね、取りに来ただけだよ。ほら私、心臓の病気だから、ちゃんと薬飲まないと死んじゃうんだよね」

彼女はまるでそれが当たり前のことかのようにサラッと言う。


デリケートな事なんだろうと思って病気の話題はこっちから触れないようにしていたのに、そんなことはお構いなく、彼女の方からまるで冗談を言うようにあっけらかに言ってしまった。


念のため僕は聞くことにした。

「一応聞くけど、その日記に書いてあることって本当なの?」

「えっ?!冗談だと思ったの?」驚いた顔を僕に向ける彼女

「あまりにも君がサラッと言うから····」

「あははははは、何それ!そんな悪趣味なこと、私しないよ」僕たちは病院の正面エントランス付近で立ち話をしていたので、彼女の大きな笑い声が多くの人の耳に入り僕たちに一瞬視線が集まる。

「あのさ、ここ病院なだから、もうちょっと静かにしないと···」

「あははは、ゴメンごめん。君の反応が面白くてね、つい。でも本当だよ」急に彼女が表情を少し真面目して言った「本当だよ。私死ぬの、多分一年以内に」

さっきまでの笑顔が真面目な顔になってもまだ僕は半信半疑だった「でも、その割には元気そうに見えるけど?学校でも・・・」

「病気自体はどうにもできないから余命1年なの。でも症状だけはだいぶ薬で抑えれるんだ。おかげで普通の女子高生として学校にも通えるんだよ」

なるほど、だからこんなに元気なのか。でも、それだと「もしかして学校には病気のこと言ってないの?」

「言ってないよ。そもそも、家族以外に病気のこと話したの君が初めてだし」

なんだか複雑な気分だ。偶然知ってしまっただけの僕にここまで説明をする必要はないはずなのに。

「そうなんだ」と興味がないのを装いながら答えてみる。本音を言えば、こういう状況の人に対してどう接すればいいのかよくわからない。

話を終わらせて早く帰りたいと思っていると

「まぁ、バレてしまったことは仕方がないね。という事でクラスのみんなには内緒だよ!」

「どうせ自分にはこんなこと話せるクラスメイトなんていないよ・・・」

「う〜ん?そうだね、君が他の子と話してるところ観たことないね。ってもしかして、友だちいないの?!?!」

「驚くことかい?僕はそういう人間だから、気にしなくていいよ。病気のことは誰にも言わないから」

「言わないのでいてくれるのは助かれけど。君はそれでいいの?」

「それでいいも何も、他人の秘密を言いふらす趣味は僕にないよ」

「そうじゃなくて、友達がいないことがだよ。さみしくないの?」

「そっちか。寂しくないから気にしないでくれ。それより、僕もう帰るから」

「ああ!ごめんね、立ち話させて。本拾ってくれてありがとうね。病気のことは秘密で!」

「どうてことないよ。それじゃ」

「うん、じゃあね。また明日学校で」

なんとか彼女から開放された。余命があると人があんなにも病気のこを気にもしていない様に笑いながら会話を続けれるものなのか?そんな疑問を胸にしまって家路についた。


今思えば、この時点で僕はすでに彼女に興味を持ちだしたのだろう。


次の日、僕が登校中に彼女に会った。いや、彼女が僕を見つけたと言うべきか。

いつものように登校ルートである河川敷を歩いていると後ろから誰かが走っている足音が聞こえてきた。朝ということもありランニングかジョギングでもしている人かと思ったので気にしていなかった。がその足音の主は違いざまに僕の肩を叩いて「おっはよ〜!」と声をかけてきた。

不意に叩かれた勢いで少しだけバランスを崩したものの僕も「おはよう」と答えた

「なんか朝から元気がないね、どうしたの?」僕の顔を覗き込みながら彼女は言う

「これが僕の普通なんだ。逆に君は僕にとっては君は元気すぎるよ」と答える

本音を言うとあまり彼女とは関わりたくない。病気のことだけではなく、そもそも彼女と僕は全く逆のタイプの人間だと言える。同じクラスである以外の接点はない。

「私から言わせれば、君はもっと元気になるべきだと思うよ」

「考えておくよ」そう言って少し歩くペースを上げた

「ちょっと、待ってよ」

追いかけてきた彼女に「まだなにか?」

「邪険に扱う必要ないでしょ、も〜。どうせ向かう先は同じだから一緒に行こうと思って」ほっぺをワザとらしく膨らませて言う彼女に一つ聞いて観たいことがあった。


立ち止まって彼女に向き直り聞いてみる。

「ねぇ」

「なに?」彼女も立ち止まる

「君の残り少ない人生にとやかく口を出すわけじゃないけど、僕なんかに構っていていいの?僕なんかよりいつも一緒にいる子達と登校した方が有意義なんじゃないの?」

わかっている、こんな聞き方をすると突っ放している感じがするのは。でも、まともに人と関われない僕なんかが、寿命が差し迫っている人と正常に関わっていけるか自信がない。

少し考え込むような動作をした彼女は、何か閃いたようにポンっと手を叩き

「君の言っていることはわかるよ。でも短い人生だからこそ色々な人と、できるだけ多くの人と何かしらの形で関わりたいの。だから今決めました!」そう言って彼女は手を僕に差しのばした

「友達になってください!」そう言ってニッコリと笑った


その時、なぜか知らないけど無意識に僕も手を伸ばし彼女の手を握った。

まるで内心では僕は人と関わりを求めているかのように。


仕方なく「は〜。わかったよ。君の好きにしてくれ」

「うん!する!」


そのまま僕たちは登校したのだが、そのあとは本当に怒涛の日々だった。

最初こそ嫌だったものの今ではいい思い出だ。


_____


もう少しで彼女の家に着きそうなところで、行き違いにならないようにメールを送ると、

「ごめんね〜

 あと10分ぐらいで家から出るから。

 ダッシュで喫茶店に向かいます!」

と返事が来た。

いつもは驚かされるがわだが、今日は彼女のビックリした顔を拝めるか。

不自然にならないように

「今日は一日中時間があるから

 急がなくてもいいよ。雨が降っていて危ないし。

 待っているから気をつけて来て。」

と返した時にはもう彼女の家の前だった。


家の塀に隠れて彼女が来るのを待っていると5分もしないうちにドアの開く音と彼女の元気な「行ってきます!!」が聞こえてきた。

傘をさして前を見ずに携帯を操作している彼女がこっちの方へ来たので

「やぁ、待ちくたびれたよ」と声をかけた。

すると一瞬飛び跳ねた彼女は驚いた顔と叫び声を出した。

「うわわわわわぁぁぁー!!!!」彼女の絶叫が住宅街に響き渡るが幸いにも雨の音で少しかき消された。

「相変わらず騒がしいな、君は。退院したばっかりだから落ち着いて」

「あ〜、心臓が止まるかと思った···」

「洒落にならないからその言い方はやめてくれ」

「本当ビックリしたよ、も〜!!そもそもここで何してるの?喫茶店で待ってるんじゃなかったっけ?」

「たまには驚かされる側の気持ちも君に知ってもらおうと思ってね」と嫌味っぽくいってみる。

「なにそれ!君ってもしかして根に持つタイプだった?今まで散々してきたことを余命わずかな儚い少女にやり返すってこと?この人でなし!」

「これで僕が人でなしなら、君はとっくの昔に人間をやめてるね。別に根に持っているわけじゃないよ。まぁ、驚かせることを成功させてこっちとしては満足だよ。で、今日はお出かけの予定はどうなっているの?」と彼女からさらなる批判を受ける前に、今日の予定を聞いてみる。以前二人で行った旅行といい、先に聞いておかないとどこへ連れていかれるかわからない。

「そうね、今日は君とのデートだから・・・それぞれが行きたいところ一か所ずつにまず行こうよ。その後はまた後で考えよう!」とニッコリと僕に答える。

「珍しく何も悪だくみしていないんだ」と彼女にしては無計画なのは珍しい。

「君は私をいたずらっ子かなにかと思ってるの?私だってたまには普通に君とデートしたい時もあるんだよ」

「ならいいけど・・・というかそのデートっていうのどうかと思うよ」

「わかってるよ~、ただ恋人ごっこをまたしたくなっただけだよ。」

「またって、僕は知らぬ間に君の恋人を演じていたのか・・・」そんなことはないと知っていたが彼女の冗談に乗ってみた。

「やめて!ガッカリするのは!なんだか私がイタイ妄想をする女子みたいじゃない!!」

「はは、冗談だよ。わかった、今日も付き合ってあげるよ、恋人ごっこに」

「最近の君って、なんだか私に対するツッコミとかいなし方が板についてきたというか・・・」

「君に付き合わされているからこうなったんだよ」

「そうやって私のせいにする。相変わらず素直じゃないよね。それじゃ、今日は珍しく積極的な君に先を譲るよ。まずはどこに行こうか?」

僕が積極的なのも君のおかげなのは言わないでおこう。

「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。朝食は済ませた?」

「いいや。だって待ち合わせが喫茶店だったからそこで食べようと思ってたから」

「実は隣町に新しい大型書店がオープンしていてね。その大型書店内に喫茶店があるからそこに行こう」

「本が絡むと君って人が変わるよね。うふふ、かわいい・・・・いいよ、じゃあ朝ご飯をそこで食べますか!」

「かわいいって・・・・まぁいいよ。じゃあまずは駅まで行こうか」


そういって僕はワクワク、彼女はルンルンと雨の中、駅へ向かった。

内心では彼女のことが心配だ。入院中の彼女の態度や昨晩の変な夢とか、なにかの伏線なんじゃないかと思ってしまう。





でもこの後に起きることは読書家の僕も病人の彼女も容易に想像はできなかった。

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