第2話 社長は休日出勤するよ

知未を助手席に、緑山親子を後部座席に乗せて本社へと向かうことに。

車でだと10分もかからない距離を走るだけだ。


砂浜のカフェの駐車場を出てすぐに「そういえば、寛記くん」と少年に声をかける

「なんですか社長?」と手帳になにやら書き込んでいたみたいだけど、手を止めてバックミラー越しでこっちを見る

「社長はよしてくれよ。お父さんと違って君はうちの会社の従業員じゃないだろ?」

「そうですね。では輝さんと呼んでいいですか?」

「ああ、いいとも。それでだ。理系教科の成績がすごいらしいね!お父さんから聞いたよ」

「それほどではないです。ちゃんと勉強して気になることをしっかり調べればだれだって僕ぐらい賢くなれますよ」と、エッへと効果音が付きそうな言い方だ。

「ははは、自分で賢いって言うとウザがられるから気をつけなよ。そこでなんだけど、そんな賢い君に一つお願いをしていいかな?」と言うと

「ちょっと輝、なにをさせる気?」とさすがに横から知未が口を挟んできた

「エルくんの件で、前に言っていたこと覚えてる?」一瞬だけ前方から目を離し、チラッと知未を横目で見る

「あの件はエルくん本人と話してから決めるって言ったでしょ?」

「あの〜、社長。うちの息子がルセーブル博士となにか関係あるのでしょうか?」知未だけでなく緑山さんまで割り込んできた。

「説明しますけど、緑山さん。今から言うことは他言無用でお願いします」

はい、と答えたので緑山親子にうちの会社が抱えているある事情を話した。


エルフェン・ルセーブル。

社内ではルセーブル博士と基本的に呼ばれ、親しいものからはエルくんと呼ばれている12歳の少年はうちの会社のお抱え研究員だ。

そこまではいいのだが、彼の存在そのものはなかなか厄介で、役員の大半は彼を会社に抱え込むことに難色を示している。社長に就任してからの成果を盾に今のところは黙認してもらっているが。

実は彼、とある薬品会社が遺伝子操作による天才の故意的に作る計画を元に生まれてきた。その計画の被験体だった彼を薬品会社ごと買収した。そして黒に近いグレーな方法でエルくんをお義父さんの養子にした、すなわち血が繋がっていないけど彼は義理の弟なのだ。

天才としての能力は技術部で惜しみなく発揮している彼だが、生まれ育った境遇のせいでうまいこと人間関係が築けない。技術部のスタッフたちには"同僚"として接して線引きをしているがそれ以外の人とはなかなかうまくいかない。特に同年代の子とは。

そこで年齢の近い子たちと引き合わせるために学校へ行かせようと思っていたら、わざわざ同年代と学習能力を合わせて勉強したくないと本人が言ってきた。


「そこで、緑山少年。君の出番ってことさ」

「どういうことですか?」言われた本人がキョトンとした顔で言う

「端的に言うと寛記くんにはエルくんの友達になってもらいたいんだよ。まぁ、まずは一回エルくんに会ってみてからだけどね」


そうこうしているうちに会社に着いた。

駐車場に車を停めてみんなおりると緑山さんはオフィス棟へと資料を取りに行った。寛記くんそのまま残り、自分たちと一緒に技術棟へ行くことになった。

山のふもとにある会社は複数の棟が乱立して立っている。それぞれの事業部や部署が1棟丸ごとを占めているので各棟にはその部署の名前がついている。自分たちが向かうのは技術部棟だ。


駐車場から5分ほど歩いて技術部棟へ着いた。

技術部棟には受付がない。社外秘な研究などをしているため、そもそも来客が入ってもいいような区画ではない。そのまま、正面エントランスから入っていったんだが、なんだか違和感を感じた。

エントランスからエル博士がいるであろうメイン研究区画へ向かって行く最中にすれ違う人の数が少ない。たしか今日は給料日前の最後の土曜日だから比較的多くの従業員が出勤しているはずだ。技術部所属のスタッフはさらに言うと、研究や実験が大好きな従業員が多いから土曜日でも他の部署と比べて出勤している人が多いはずだ、なのにそんなにすれ違わないだけじゃなく、すれ違った者はなんだかみんな急いでいるように見える。

「知未。技術部のスタッフって今日どれぐらいの出勤しているかわかる?」と聞くといつも持ち歩いているタブレット端末をカバンから出しいくつか操作をすると

「技術部だけでみると、8割ぐらいは出勤しているわ。エルくんもいるわよ」

うん、なおのことおかしい。そんなに出勤しているならもっとすれ違うはずだけど・・・


まぁ、人手が必要な研究でもしているか、もしくは何か新しい理論の討論会でもやっているとか?技術部のスタッフならありえそうだ。と呑気に思いながらメイン研究区画の扉を開けた自分はなぜ違和感を持ったのかがわかった。


メイン研究区画は体育館ほどの大きさの吹き抜けを真ん中に、その左右に色々な研究施設が並んでいる形だ。研究者が多くいるためかあっちこっち散らかっているし機材や資料が転がっている。いつも掃除のおばちゃんたちからクレームが来るのが悩みだ。真ん中の吹き抜けの部分では、時には討論会や発表会、スペースを取るような実験設備を置くこともある。今回はその後者だろと入って一目でわかった。

人の2倍はあるだろうピラミッド状の物体に色々なケーブルや機材がつながっていて、その周りをせわしなくスタッフたちが動き回る。メモを取るもの、機材を調整しているもの、話し合っているもの、様々だ。そのピラミッド状の物体の前に目当ての人物がいる。

中性的な顔立ち金髪碧眼の少年、若干12歳で世界一の頭脳と言われているけど、自分の気に入ったものにしかその頭脳を使わない問題ありな天才エルフェン・ルセーブル、エルくんだ。社外的には自分が社長に就任してから会社が大きく成長したと言われているが、実際は違う。社長に就任して最初に気がついたのが技術的停滞感だった。その打開策として抱え込んでいたエルくんを利用した結果が成長した本当の理由だ。

天才と言えば聞こえはいいが要は変人奇人だ。技術部に入ってからというものエルくんは惜しみなくその頭脳を使って製品やサービスの開発に明け暮れた。しかし天才であること、とさらにその生い立ちのせいで常識がかけていることがほとんどで常人では理解しがたいものを開発することになり、それを常人でも扱える・理解できる常識の範囲内へと落とし込むことに奔走することになる、主に技術部スタッフと自分が。

このピラミッド状の物体もそういった類のものだと思うけど、その割にはいつも以上にスタッフたちが忙しいような気が・・・


周りを見渡しながらピラミッド状の物体があるほうへ歩いて行く。目当てのエルくん見失ったけど、彼の身長は低いせいもあって大人がいっぱいるような場所にいるとそうなってしまうは仕方がい。

「エルくんがどこにいるかわかる?」と後ろからついてくる知未に聞くと

「ここにいるのは確かだけど、正確な位置まではわからないわ」とタブレットを操作しながら答えた

ピラミッド状の物体の手前まで来る頃には周りのスタッフも社長が現れたことに気がついたようだ。でもなんだかみんな顔が引きつっていたり目をそらしたり真っ青な顔をしていたりと、おかしな様子。それは置いておいて、まずはエルくんを探してこの物体の説明をしてもらおう。さらに進みピラミッド状の物体の前まで着くとおかしなことに気が付く。ピラミッド状の設備の中心にもやがかかったというかぼやけているというか、何かおかしなモノが浮いている。「なんだこれは」とボソッとつぶやく。

すると、後ろから服が引っ張られるのに気が付く。振り返ってみるとそこにはお目当ての人物がいた。

「やぁ輝兄さん、急に技術部(こっち)に来るなんて珍しいですね。どうかしたんですか?」そう笑顔で挨拶した金髪碧眼の少年は顔を引きつりながら見上げてくる。いかにも何かやらかしてしまいましたと顔に書いてあるような表情で。

とりあえず平常心を保ちつつ話してみる「エルくんおはよう。昨日からの定例会議で何件か君に共有しておきたいことがあってね、それで来てみたんだけどね・・・」そう言って周りを見渡して見る

「そうなんですか、別に月曜日でもよかったんですけど」エルくんは目を泳がせながら言うと

「そうだね・・・なんだか忙しそうだから、それどころじゃないみたいだね」

「ええ、まぁ、そうですね・・・・」

オロオロどころか、挙動不審な感じのエルくん。これは絶対何かやらかしているだろうな・・・

「え〜っと、エルくん。何やらかしたのかな?」と聞くと彼はビクリと肩を震わせて

「え〜っと、その、ですね〜」隠しようがないぐらいオロオロとしている彼に

「エ〜ル〜く〜ん〜」と口元は笑っているが目が全く笑っていない知未が彼の肩に手を置き追い討ちをかける。

「ひぃぃぃ!!!」と彼は悲鳴をあげる。傍から見たら大人二人が子供をたかってるようにしか見えない。

「白状しなさいエルくん!!!」さらに知未が彼に詰め寄ると

「はい!姉さん!白状します!白状しますから怒らないで〜」と半泣きになりながら言ったので

「知未もういいだろ。白状するって」と声をかけた。


エルくんは知未から解放される話し出した。

「昨晩ディベートした理論の検証をしているんです」

「ただの検証のわりには随分な機材を使ってますね。予算とかは大丈夫ですか?」とツッコムと

はっとして、まるでそのことについて忘れていたような顔をするエル博士「た、たぶん、大丈夫ですよ」

本当にわかりやすい子だ「純粋なのか嘘が下手なのか、これじゃ一発で何かをやらかしているってわかるよエルくん」

「う〜、輝兄さんごめんなさい・・・」

「謝るのはいいから、状況を説明して」

「はい・・・・・実は・・・・・」妙な間をおいてから彼が発した言葉を飲み込めないほど突拍子なものだった


「検証した理論を実験したら・・・・その・・・・なんて言いますか・・・・」

もったいぶらずに言いなさいと知未にせかされると

「ごめんなさい。実験に失敗して、このままじゃ世界が終わることになってしまいました・・・」


???

??


「ん??」全く分からない

「はぁ?!?!?」知未分からないようだ

「へぇ!?!?!」後ろで一歩引いたところで聞いていただけの寛記くんも分からなかったようだ


「「「どういうこと?!」」」と3人で同時に声をあげるとそれまでひっきりなしに作業をしていたスタッフたちがこちらに目を向けてきた。





せっかくの休日が一瞬で崩壊することになった。


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