第6話 悪霊退散

 お札をどこに置くべきか?

 旅館の怪談なんかでは押し入れの天井や鏡の裏に隠すようにお札が貼られていた、なんてのがあるけれど、そんなこそこそした扱いでは神様も力を貸してくれないんじゃないかと思う。アパートに神棚なんてないし、入ってくるな!ってことで窓ガラスに外向きに貼り付けたらどうかと思うけれど、ご近所さんに人格を疑われそう。

 ここは無難にベッドの頭が接する壁に貼ることにしたが、画鋲で突き刺すのも恐れ多いような気がして、わざわざ封筒をはさみで切ってちょっとした額を作って、そこにお札を入れて、画鋲で留めた。

 日課のストレッチを終えると正座してお札に向かい、パン、パン、と柏手を打って、

「神様。どうか、白蛇の悪霊を追っ払ってください。よろしくお願いします」

 と、深々お辞儀した。

「さあ寝よう。オーディションまでにピチピチのお肌を取り戻さねば!」

 寝るのも仕事! と、灯りを消すと玲緒奈は気合いを入れてベッドに横になった。


 元来ポジティブ思考で悩まない性格の玲緒奈は眠りに入るのが早い。

 暗い中横になると、物の数分でぐっすり眠りに落ちた。このところ眠りが浅くて寝不足で、今日は嬉しい情報も入って、安眠を約束してくれるはずのお札も貼って、尚更だ。

 人は眠ると、浅い眠りのレム睡眠と、深い眠りのノンレム睡眠をおよそ90分ごとに繰り返す。レム睡眠の時、脳は覚醒し、この時夢を見やすい。

 玲緒奈が眠りについて、およそ3時間後、草木も眠る丑三つ時、午前2時を過ぎた頃だ。

『ううーーーーん…………』

 冷気が差し込んできて、脚をぎゅうっと締め上げられる痛みに玲緒奈はうめいて覚醒した。

 体がギシギシこわばって動かない。またしても金縛りだ。

 昨夜正体を知られた白蛇は大胆に、遠慮無しに玲緒奈の両脚をグルグル這い回った。パジャマを着ているのに、悪霊が正体の白蛇はパジャマをすり抜け肌に直接冷たくぬめった鱗の肌をこすりつけて動き回った。

『嫌あ、気持ち悪いー……』

 身動きできない体を好きなように嫌らしく撫で回され、玲緒奈は心の中で悲鳴を上げた。

『神様! お願い! このスケベな変態をやっつけてえ!!』

 玲緒奈が叫ぶと、願いが通じたのか、蛇の動きが固まり、じりじりと、足下へ後退していった。

 玲緒奈はほっとして、

『出て行け! 二度と来るな!』

 と、調子に乗ってののしった。

 シャアアアッ、と蛇が怒りの咆哮を上げ、

 ガブッ、

 と、大口開いて、玲緒奈の右足を足首まで飲み込んだ。

 飲み込まれた足の周りで喉の粘膜の輪がうごめき、ガブッ、ガブッ、と、蛇の口は噛み付きながら上へ、上へ、玲緒奈の脚を飲み込んでいった。

 きゃーーーっ、と、玲緒奈は恐怖の悲鳴を上げた。

『キャー、やめて、やめて、食べないで! わたしよりも、えーと、えーと』

 パッとひらめいた名前を言った。

『芙蓉美貴! そうよ、芙蓉美貴の方がわたしよりナイスプロポーションで、美人で、かわいくて、美味しいわよ! 彼女の所へ行ってよ!』

 太ももに大口開けて噛み付いたまま、蛇の動きが止まった。

 芙蓉美貴、芙蓉美貴、芙蓉美貴よ!……

 玲緒奈は必死に念じ、すると蛇は、ズル、ズル、と、玲緒奈の脚を吐き出しながら後退していった。ぬるぬる押し返す胎内の感触がおぞましく、玲緒奈はブルブル震え上がった。

 足が吐き出され、スー、っと、蛇の冷たい気配が消えた。

 行ってくれた……

 玲緒奈は安堵し、こわばっていた筋肉から力が抜けていくのと一緒に、深いノンレム睡眠に落ちていった。

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