第4話 脚を締め付ける物
お仕事のない時は単位を獲得する為にしっかり講義に出て必要時間数を稼いでおかなくてはならない。
この日玲緒奈は6限まで出て、途中スーパーで買い物をして、アパートに帰ると8時を過ぎていた。
靴を脱いで部屋に上がると習慣的にリモコンを取ってテレビをつけた。
暗い画面で、なんだか気味悪かった。
何この番組? とチャンネルを変えようとしたが、映し出された人物を見て、
「あ」
と口が開いた。
朝方会った、芙蓉美貴だ。
夜中、どこか山の中の道路で、何をやっているんだか、ドライアイスみたいなもやもや相手に格闘のまねごとをやっている。
うっわあーー……
と、イタイ子を見るように眺め、こんな仕事してたんだ? と、薄ら笑いを浮かべた。
カメラの後ろではスタッフらしい子がキャーキャー騒いで、
『芙蓉さん、あっちからも来ます!』
とか言って、芙蓉がまたえいやっ!とぶん投げる真似をして、足下のアスファルトにぶわあっとドライアイスが広がる。
『我々の目には見えないがこの時、霊能師紅倉美姫の弟子、芙蓉美貴は、霧の中から襲い来る無数の怨霊から、幽体離脱した師紅倉の肉体を守る為に決死の死闘を繰り広げていたのであった』
重苦しく切迫した男性ナレーションに、その紅倉先生が気を失って?腰の抜けた女性スタッフに抱きかかえられている姿が映されて、
「あははははははは」
と、玲緒奈は笑ってしまった。
「何これ? 心霊スポット取材のドキュメンタリー? コントじゃないの? あーあ、芙蓉さん、CGの追加されてない特撮映画のメイキングみたい」
芙蓉の『キリッ』と顔を引き締めた大立ち回りを、玲緒奈はとてもまともな物とは思えないで、
「あーあ、残念なパラノイア」
と、すっかり評価を決めてしまった。
そうなると自分が毎晩悩まされている悪夢も、
「呪いだなんて騒いで、馬鹿みたいだったわね」
と、すっかり白けた気分になってしまった。
そうね、やっぱり精神的な物なんだわ。
わたしってば、相当気を張って頑張ってるもんね。
と自分を納得させ、テレビを消すと、洗面所に入っていった。
夜。
眠っていた玲緒奈は顔を冷気が撫でる感触に半分覚醒し、うるさそうに鼻でうなって顔を振り、夢うつつの内に再び眠りに入ろうとすると、今度は足先から冷たくなってきた。何かが嫌らしくふくらはぎを触ってくるのを寝返りを打って振り払おうとすると、
みしっ、
と、固く筋肉を絞り上げられて、
ひいっ、
と、まだ夢の中で悲鳴を上げた。
足首からふくらはぎへと、ギリギリ、締め上げてくる。
玲緒奈は思い切り足を突っ張って筋肉をこわばらさせた。
筋肉が割れるような痛みに、玲緒奈ははっきり覚醒した。
覚醒したが、脚が突っ張ったまま、体が動かない。金縛りだ。
『いいい、痛い!…………』
奥歯を噛み締め、この痛みとこわばりから逃れようと必死に体を動かそうとするのだが、体を弓なりに反らせた不自然な格好のまま、腕さえ動かすことが出来なかった。
落ち着いて、落ち着いて、これは精神的なものなんだから、リラックスよ、リラックス……
そう自分に言い聞かせるのだが、胸はドキドキ大きく鳴って、不安がどんどん増していくばかりだった。
体は動かないまま、意識だけはこれまでで一番はっきりしている。
みしっという痛みに顔をしかめながら、何が自分の大事な脚を痛めつけているのか探ろうと、意識を集中させた。
布団はタオルケットと、薄い綿の布団をかけている。目を必死に下に向けた。布団の中は胸に開いた隙間からも覗けないが、それなのに、なんとなくイメージがわいてきた。
ぬるり、と、湿った冷たい感触が肌の表面をこすり上げた。
何か、表面は固く、内部は強い弾力を持った、丸い、筒状の物が、
自分の右脚に巻き付いている。
ぬるり、と、冷たい感触でももの付け根へと這い進んできて、
『ひいっ!………』
と、玲緒奈はこれまでとは違った意味で悲鳴を上げた。
違う違う! これは夢よ、妄想よ! 目を覚ませ、わたし!!
嫌なイメージを必死に振り払い、早くこの夢幻地獄から抜け出すよう自分を鼓舞した。
ぬるり。
棒のように突っ張った脚に、おぞましい感触が絡み付き、這い上る。
相手は玲緒奈のカモシカのようにメリハリの利いた魅力的な長い脚を撫でさすって、その感触を楽しんでいるようだ。
嫌っ! 気持ち悪い! やめて!!
玲緒奈は心の中で悲鳴を上げ、思い切り嫌悪感をぶつけた。
シャアアアッ!
相手が口を大きく開いて威嚇して、玲緒奈はひっとすくみ上がった。
相手はそのまま頭をゆらゆら動かし、玲緒奈を睨みつけているようだった。相手の怒りに玲緒奈は怯えた。
萎縮して大人しくなった玲緒奈に気を良くしてか、相手は再び腹を付け、玲緒奈の肌を這い上がってきた。
嫌ああ…………
おぞましさに目をぎゅっと閉じ、もやもやした不快な闇に耐え切れずにパッと目を開くと、
シャアアアアッ!
目の前にぱっと白い光が弾け、
玲緒奈は、気を失った。
朝、玲緒奈は目覚ましのアラームと共にまたも脚の割れるような痛みにギクリと目を覚まさせられるはめになった。
アラームを止め、痛みと不機嫌に思い切り顔をしかめて起き上がり、全身はまたも寝汗でびっしょり濡れ、パジャマのズボンはめくり上げられてしわになり、玲緒奈は冷えきったふくらはぎをさすった。
蛇。
白い蛇。
自分を呪っている物の正体だ。
おぞましい感触が甦って震え上がった。
唯一救いなのが、その蛇が若い女であることだった。
蛇の性別なんて見たって分かるわけないし、実際蛇自体も見たわけではないけれど、何故か
『絶対に女だ』
という確信があった。
これが気持ち悪いストーカー男だったりしたら、血のにじむまでごしごし脚を洗わなければならないところだ。
蛇は若い女。
やっぱり自分は同僚の女の子に呪われているのだ、と、はっきり思った。
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