第3話 プチ有名人
玲緒奈は大学生であるから、大学に通わなくてはならない。
本当は中学、高校時代から芸能(界に入る為の)活動を始めたかったのだが、地方在住者の悲しさで、大学生になるまで出来なかった。アイドルなんか高校生どころか中学生から活躍しているのが当たり前で、すっかり出遅れていることに焦りがあったが、過ぎてしまったことは仕方ない、綺麗賢いお姉様アイドルを目指して、学業もしっかり納めなければならない。
玲緒奈は東京都M市の白玉女学園大学に通っている。緑豊かな丘陵地にある、こぢんまりとした女子大だ。
玲緒奈は今朝もあまり好調とは言えない。相変わらず足がつる悪夢に悩まされているからだ。里子とは明日の約束だったが、都合が合うようだったらいっしょに神社に連れて行ってもらおうかと、メールを打つことを考えていた。
講義までの時間調整にカフェに寄って落ち着こうかと、駅からのスクールバスを降りて、エントリーコートを歩いていると、イギリスのカントリーハウスのような校舎の間のメインコートを歩いてくる一人の生徒に目が止まった。単に校舎を移動中かもしれないが、あちらからやってくるのは自転車通学か、自家用車通学が多い。玲緒奈はスポーティーなパンツスタイルから自転車と見たが、何か引っかかるものを感じた。どこかで見たことがある。同じ大学の生徒なんだから見かけたことがあっても当然だが、そうではなく、どこか別の場所で…………
「あ……」
玲緒奈が思わず声を漏らすと、彼女が振り向いた。
1年生らしい彼女は軽く会釈すると長い脚で颯爽と歩いていく。
玲緒奈は彼女を追うようにしてラウンジに入っていった。
白い四角のテーブルが整然と並び、全面ガラス張りの壁面からまだ低い角度で清廉な日光の差し込む広いラウンジには、ざっと見たところ30人ほどの生徒が三々五々、椅子に座っておしゃべりしたり、携帯をチェックしたりしていた。1限はもう始まっていて、講義を取っていないか、さぼりかだろう。
目当ての生徒は窓際の席で一人で缶紅茶を飲んでいた。缶を口に持っていきながら、あくびをかみ殺すようにして、彼女も寝不足のようだ。
玲緒奈も入り口の自動販売機で健康茶を買い、彼女の方へ歩いていった。
「ちょっといいかしら?」
彼女はテーブルに教科書とノートを広げていたが、上級生の強引さで声をかけた。玲緒奈は2年生だ。
「はい」
彼女はしゃきっとした顔で玲緒奈を見上げ、動じることなく返事をした。玲緒奈は斜め前に向かい合って座った。
「あなた、テレビに出てたわよね? お化けの番組で、なんとか言う先生の助手で?」
「紅倉美姫先生です」
「ああそう。あなたのお名前は……?」
「芙蓉美貴です」
「ああ、そう。芙蓉さんね」
覚えておくわ、という風にうなずいて、玲緒奈は改めて芙蓉をじっくり眺めた。
綺麗な子だわ、と正直に思う。ちょっと古風な顔立ちで、少年っぽいりりしさと、女性らしい柔らかさが同居している。肌も若さが内から溢れてくるようにピチピチして、まったく化粧をしていないようだが、まつげが濃くて、黒い真珠のような瞳とセットで印象深い。髪の毛も染めてなく、背中までストレートに流している。背も自分より少し高いようで、
『狡いわね』
と、ついムッとしてしまった。
いきなり上級生に「テレビに出てたわよね?」と声をかけられて、理不尽な難癖なんかつけられそうなシチュエーションだが、芙蓉は落ち着き払ってじっと玲緒奈を見つめ、その視線に気付いた玲緒奈は、
『苦手だわ、この子』
とたじろがされた。
「ちょっと聞きたいんだけど、あの番組って本当なの? その、お化けとかって、本当にいるの?」
「いますよ」
これまた当然のように言われて玲緒奈はまた言葉に詰まってしまった。この子、友だちいないわね、と、玲緒奈は自分のことを置いておいて思った。
「あなたも見えるの?お化け」
「いえ。わたしはなんとなく感じる程度で、先生のようにはっきり見ることは出来ません」
じゃあなんで「いる」って断言できるのよ? その先生にだまされてるんじゃないの? と玲緒奈は思ったりもしたが、それは言わず。
「そっかあ、芙蓉さんは見えないのかあ……。ああ、実はね、わたし、このところ毎晩悪夢にうなされていて、あんまりひどいんで、もしかしたら何かの呪いじゃないかしら?って思ってね、相談に乗ってもらおうと思ったんだけど……」
「お役に立てずにすみません。先生に訊いてみましょうか?」
「うーん、そうねえ……」
玲緒奈は考えた。どうやら最近その紅倉先生はなかなか人気者のようで、お近づきになれるなら自分の芸能界入り活動にもプラスじゃないだろうか?
「じゃあお願いしようかしら? あっ、もしかして、相談料とか取ったりする?」
「えーと、いいんじゃないでしょうか? お困りなんでしょう?」
「ええ。実はすっごく困ってるの」
「じゃあいいです。では、写真撮らせていただいていいですか?」
「写真? ええ、いいわよ」
芙蓉は携帯のカメラを向け、カメラを向けられると玲緒奈は条件反射的に上品かつ親しみのこもった笑顔になってしまう。カシャッとシャッター音がして、画像を確認した芙蓉は、
「はい、ありがとうございました。ではお名前を」
「社会学部2年の岩崎玲緒奈よ」
「イワサキレオナさんですね」
名前を打つと携帯から目を上げてまたじっと玲緒奈を見つめた。
「岩崎さん、もしかして、モデルさんですか?」
「あら、どうして?」
「とてもお綺麗ですから」
「えー、そーお? ありがとう」
玲緒奈はうふふと微笑んだ。正直ないい子じゃないの、とあっさり評価が変わった。
「玲緒奈って呼んで? その方が呼ばれ慣れてるから。実はイベントコンパニオンの仕事をしているの。イベントの、コンパニオンよ?水商売の、じゃなくて」
「そうですか」
ますます、じーーーっ、と見つめられて、さすがに微笑みも引きつってしまった。やっぱり付き合いづらい子だわ。
「そ、それじゃあ、先生によろしくね? お願いしまーす」
いたたまれなくなった玲緒奈はそそくさと立ち上がり、「じゃあねー」と席を離れた。歩きながら、ああ、次に会う約束しなかったけど、ま、また会えるわね、と軽く考えた。白玉女学園はそれほど大きな大学ではない。玲緒奈の印象ではおっとりした性格のいい子が多いように思うので、1年生何人かに訊けばすぐに分かるだろうとも思った。
里子さんへのメールをどうしようかと思い、お仕事中だったら印象悪いわね、と、やはり止すことにした。明日の約束はしっかりしてあるのだから、それを守ればいいだろう。
ずいぶん気分が楽になった。
やっぱり、けっきょく気持ちの問題なのじゃないだろうか? こうして気分が軽くなれば、悪夢も見なくてすむんじゃないだろうか?
そう楽観的に考えた。
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