#3.結末はハッピーエンドに

「トライセイバーの話?」


何言ってるんだ? 花田。




『持ち逃げされたんです』


 誰に? とは言わないほうがよさそうだ。そういう展開か。




『次のシーンはこうです<「君がいると奇妙な安心感があるんだ」トライセイバーは、熟睡できない二重人格>で、私を狙っているそうです。チーフ、私はどうするべきですか』



 電話の向こうで、久咲先生の声がした。


『どうするの?』



 いちいち、花田が答えるのが聞こえた。


『ドサァーッっと、そうだな、草むらに倒れこんで……草むら? そんなのどこに描写してあったっけ。大体、シナリオ書きたかったら、人任せにせず――』


「おけ。がんばってください」



 私は通話を切った。他の担当編集者からもコールが来ている。花田は言葉遣いをのぞけば、仕事はまじめだし責任感もある。任せてみよう。






「おとといきやがれ!」


 花田が渾身のアドリブを決める。


 よし、これでいこう。


 と、久咲先生がうむうむとうなずいてメモをとる。




「やっと目が醒めたようだね。ミントとハッカ、どちらが好きかなあ」



「クロスセイッバー! じゃない、トライセイバー!」


 噛んだ上に名前を間違え、花田が悶絶。





「担当作家のキャラクター名を……間違えるなよ、私」




「トライセイバーだよ。わかってるじゃないか」



 と言って、久咲先生はダイスを出してきたらしい。トークアールピージーの台本風……リプレイ風にやりたいんだって。




「熟睡できないんだったら、おまけでダイスをふってください」



「コロコロ……1と2」


 久咲先生は自分でキーパーとプレイヤーをしている。花田はおつき合いだから、のんびりとした声を出す。


「残念。トライセイバーは斬りかかりましたが効果は半減でーす」




「そうしよう!」


 久咲先生はさっそく、メモを書きつけ、花田はまたも読み上げる。その方が久咲先生のモチベーションが上がるとわかったからだった。





「<「信じてたのに……」トライセイバーは本当のダメージはくらってない。悪夢を隠して……>」



「あ、あと私はトライセイバーに『近づかないで!』という。トライセイバーはSAN値(精神の均衡の値)チェック」


 ふむふむ。


 久咲先生は、うなずく。


 コロコロ……。




「2と4」


「6か。合わせて6と6、12! たは!」


 花田が好みの展開を逃したので、涙目になる。



「ザマアミヤガレ! と『泣いて』ー、あ、『吠えて』にするか、今のところは」


 久咲先生はこだわる。そこが作家。




「吠えて、と……メモはいいですか? SAN値チェック」


「2と2!」



「ダメ。SAN値チェック失敗」




 久咲先生はいつものように、ポンポンと頭のてっぺんに手をやり、かきむしった。


「逆転するの?」


 と、花田が厚かましく言うと、久咲先生はもの思わし気に返した。




「宗教家だから、SAN値チェック厳しくしないと、前に造反が起こったし」


 ここで言う宗教家とは、クトゥルフの神を信仰する者、という設定。






 トライセイバーが人気なのはわかる気がした。作者が徹底してるのだった。


「クトゥルフに造反したのに、戻ってきたやつか……焦げついているわねー」


 花田はトークアールピージーは、動画で見た程度の初心者だった。


 通常、TRPGと略しているが、大変な時間と体力を使う。役を演じる側が手練れであれば、ストーリーに緩急つけられるのだが、花田はひたすら、事務的だ。





「体力が尽きそうです。私が」





 そんな花田に久咲先生が、ややイラついて言った。


「クトゥルフって楽しいもんだと思ってる? 思っていない?」


「正解は、クトゥルフの世界はキレイゴトじゃない、みたいに思ってる……造反、物語はそこからです。造反チェック、した?」


 久咲先生は亀みたいに、首をぐっと縮めていた。



「造反チェックしないと、造反に気づけないなぁ」


 チャッチャッチャッチャ、花田は、ダイスを手の中で振り鳴らして、そう言った。




「造反チェック。成功値いくつ?」


 花田が迫るが、ノーカウントにならないか、久咲先生が首をひねる。シナリオと首っ引きになっている。




「いくらでもいいからチェックしてよ」


 花田がだんだん、生意気になっていく。なりふり構っていられないのだ。もう、総計で24時間は切っている。




「その前に、チェックしておかなきゃいけないのはさー、まじめにやってる人たちね」


 花田が仕入れたばかりの知識を得意げに披露し始めた。


 たぶん、個人的見解も分析という名を借りて、混じっているに違いない。




「クトゥルフが、ちゃんと演ってないと書けないっていう話だし。キャラの行動原理が『口車に乗りました』、とかじゃないし。ファンの期待はそこにないし」




「きょう気とか?」


 花田がまたも言わずもがななことを言った。


 久咲先生はそれでも真摯に受け止め、メモをとる。


 認められたと思った花田は、次々とプランを打ち出すが、プレイし始めてからなので後手であった。





「ふーん、なるほど。きょう気のとりこかぁ」


 最初に拒否した通り、それでは花田の好みでない。


「本編はとりことは書かない。アメージングストーリーに作り変える」


 とうとうと花田は言った。




「じゃあ、結末は?」


 と、もったいつけて、言わずもがな。


 もちろん、それは聞かずもがな。




「結末はハッピーエンドに」


 と、花田のベージュピンクの唇が笑った。










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