#2.改悪のシチュエーション

「手を止めてテン……私は自分の姿を見たマル」


【<視界がゆれる。ここはどこだ……何も見えない。私は失明したのだった。>】





「単なる栄養失調だと思う」


 と、花田担当編集は容赦がなかった。



『――ほとんど何も食べていない。この主人公、完全に栄養失調』


「<ほっとして、でも落ち着かなくて、目をさますと、ドアのところにコウイカの赤ちゃんがいた>?」




 ほとんど意味不明だったという。


 クトゥルフをかわいらしくした作品もないではないのだが、うちの出版社が求めているのはそういうクトゥルフじゃない。


 花田も止めたらしい。




「妄想がアニメになったところでテン……いきなりテン……改行カッコ現実逃避をやめてくださいカッコとじ……改行ヒトマス空け……と声がしたもんでテン……手を止めてテン……赤ちゃんのほうを見たマル」




 久咲先生は言ったそうだ。


「キャラクターはもうできている」




 そこが問題だったのだが。






「調理は担当の話力にかかっているマル」




「ええっ、私?」





「……と彼女は言ったマル」



 こうなったら先生はどうにも止まらないのだった。







「ゆめゆめコスプレなどお世話になってはいないマル」






【<――たしかに美人だけど……そそるな。完璧なプロポーション、一部の隙も無く、まとめ髪が几帳面さをうかがわせる。頼めばコスプレぐらい、ちょっとだけでも……ねぇ? ちょっとだけ。>】





「迷惑そうに振り払われたマル……このままじゃなにもかも作文だなマル……白い空間を説明するには……」





「カッコどんな大切にしようがテン……生き埋めになっちゃうでしょうマル……嫌ですカッコとじ……改行ヒトマス空け……と彼女は言った」





「胸の奥がざわめいたマル……もう書けない」





「いくらも進んでないじゃないですか」


「カッコいくらでも書けばいいんだマル……無能と呼ばれたくないならばマル……天才じゃなくってもかまわないマル」





「今、セリフを捏造しましたね。それでこそ作家ですよ。次のシーンへ行きましょう。ゼロゼロナンバーの密使ですよね。あなたはゼロゼロフォーです」


「チッ!」





【<嫌そうに起き上がると、真実の前に口を閉ざし、

(また書き始める後ろ姿)

 さっきから、もうダメだ、とつぶやいている。>】


「カッコ頭がどうかしたんですかハテナマークカッコとじ……と聞くマル」





【<「どうかしたのはおまえだ」

 ときょう気の声。私は、後じさり、

「く、くるってる……」>】





【<つぶやきを漏らされても……でもでも書いてるし、書けてるうちは作家だ。うちの作家さまだ、注目の!>】


「注目の作家さんなのに三点リーダー二つ……遅筆なのだマル」


【<「ものすげー、わはは」

 と私は笑いが止まらなかった。>】




 自分の作品をろくに客観視できていないけど。


 まあ、思うのは勝手なんだし、それがモチベーションにつながるのなら、どんな編集も文句は言わないだろう。売れっ子なんだし。


『花田華美人担当はボランティアの経験値があるから、つき合いもよく、よく飲みに誘われる』


 ? ここは修正しておこう。花田が勝手にアピールしたんだろう。本筋からずれてるし。


 ボランティアの経験があるって、アピールするところは、花田らしい。




 <気づけばトリップしていたらしい。>


 <無垢な魂を蹂躙する夢だった。>


 *ここは編集者によって修正された。





「まぎらわしいことにテン……改行カッコ原稿はハテナマークカッコとじ……改行ヒトマス空け……寝言かよテン……と私はふりむいて心の中でツッコンだマル」


「扉の向こうから、ええと?<熱烈なファンだけど、時々怖い「久咲さんのファン」が扉の向こうから、大きな声で言った。>え、話どうなっているの。寝てたなんて言えない。――冗談でしょう? 説明して。説明すれば許します」





 花田は黙々と原稿を読んだ。


 【<嫌そう。絶対こいつは『犯人』だな。うわさどおりだ。犯人像にピッタリのモデルになってくれればいいのに。>】


 花田はいち編集者としてガンガンツッコむ。



「ライフルを日常持ち歩く人はいないでしょう」





「物語だから?」





「いくら架空とはいえ、現代日本であるところの舞台でですよ?」




 問題なのは次の一行だった。


【<森の外に出る。ライフルを持って。あいつを――狩る!>】





「オフレコ? オフレコね。はいはい」



 作家からレコーダーをとると、空っぽのデスクトップがたたずんでいた。



原稿データは?」




持ち逃げされデリートしちゃいました?」



 最高の展開。じゃなくって、最悪の結果が待っていた。



「バックアップはとってと、あれほど!」


「ないものはないんだ。すまない」


「すまないじゃ……すみませえん!」













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