科学の子

 切れかけた蛍光灯の光に照らされながら、老いた男は作業机上の設計図に視線を走らせる。何度見返しても、眼前の実物は設計図と寸分違わぬ出来だ。


「遂に、生まれ直してくれたか……」

 老いた男の視界に映るのは、金属で形作られたヒトの骨格だ。無数のケーブルが刺さったヘッドギアが頭部に装着され、ケーブルの一端は工業用機械に繋がっていた。

 眼窩に格納されたカメラレンズが輝いた。電源が入ったのだ。アンドロイドは数度瞬きをし、老いた男の歓喜の表情をレンズに映した。

「おめでとう、フレッド。二年ぶりだな……」

 アンドロイドは黙したままだ。発声機能を獲得するには、ある程度のラーニングが必要なのである。男は満足げな表情で、アンドロイドの眼前にスクリーンを設置した。


    *    *    *


 アンドロイドの眼が捉えたのは、荒い画質のホームビデオだ。湖に面したキャンプ場でバドミントンに興じる少年の姿が映されている。

「フレッド、行くぞ〜!」

 画面が揺れた。フレームの外から現れたシャトルが打ち返され、再びフレームアウトする。少年は唇を尖らせた。

「こっちに集中してよ! ラリー続ける気あるの!?」

「悪かった! 次は本気で打つから!」

 わずかに手ブレしていた画面が安定し、引きのアングルを映した。撮影者が床にビデオカメラを置いたのだ。


 一瞬のブラックアウトの後に続く映像は、バースデー・ケーキを前に微笑む少年だ。照明が落ちた部屋に揺らめくロウソクの火が、彼の紅い頬を暖色で照らす。

「誕生日おめでとう、フレッド!」

「……もうケーキ食べていい?」

 照れ臭そうな少年を制止し、撮影者はテーブル上にプレゼントを置いた。ラッピングもリボンも付いていない、小さな掌に収まるサイズの金属塊だ。つるつるとした表面は冷たく、少年はそれを静かに眺める。

 テーブルの上で静止した金属塊は、彼が指で突くと共に微振動を始める。モーターの駆動音が小さく響き、それは数㎜浮上した!

「これ、作ったの……?」

「ホバーの応用だよ。うちの工場機械で十分作れる仕組みだった。来年は、もっと大掛かりな物を作ろうと思ってるんだ……」

「えっ!? じゃあロボットとかも出来るの!? 空飛ぶやつ!!」

「ロボットか、努力してみるよ……」

 瞬間、会場は闇に包まれる。テーブルの上のホバークラフトが生み出した風が、ロウソクの炎を消し去ったのだ。息を呑むような沈黙の後、二人は同時に笑った。


 フレッドと呼ばれた少年は、未だ変声期を迎えていないようなソプラノで笑い声を上げる。無垢な笑みの端に、老いた男の面影が残っていた。フレッドは、彼の息子なのだ。


    *    *    *


 アンドロイドのメモリにラーニングされたそれらの記録は、仮の肉体構築の切っ掛けとなった。金属骨格を変質させるように少年の姿がインストールされ、ヒトの肌と見紛う色の人工皮膚を作り出す。音声データは分析され、アンドロイドはフレッドの声質を即座に再現した。


「いいか、フレッド。この姿が、お前のあるべき姿だ。この声が、お前の正しい声だ。……覚えたな?」

「……はい、父さん」

 ぎこちない所作で頷くフレッドの頭を撫で、老いた男は映像を管理する端末の電源をスリープ状態にする。その表情は、満足感に満ちていた。

「まだ、記録はたくさんある。これから徐々に思い出していけばいいんだよ。私が死ぬまで、別れなくていいんだから……」


 その日から、アンドロイドはフレッドという名前を手に入れた。“家”という安息地の概念を手に入れ、主人の設定を“父親”に書き換えた。

 彼に自我は無く、ラーニングされた記録を基に主人とコミュニケーションを図り、ヒトの代用として共に生活を送る以外の行動は設定されていない。

 それが彼に与えられた役割であり、彼の全てだからだ。

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