ピノッキオの告解

ブリキのミニカー

 有刺鉄線、低木の仕切り、煙の匂い。それら全てを潜り抜け、少年は秘密の遊び場へ向かう。町外れの廃工場、火災で焼けた外壁がその身を剥き出しにする跡地だ。

 〈Keep Out〉の看板は傾き、雑草が大まかに刈り取られた空き地からは煙が上がっている。そこには、ベンチに座ってドラム缶の火種で暖を取る〈工場長〉がいた。


「工場長〜! 今日も遊びに来たよ!」

「……君か。今日は寒いぞ? こっちに座りなさい……」

 工場長と呼ばれた老人は、豊かな白髪と髭を蓄えていた。彼は首に巻いたマフラーを調整すると、立ち上がって少年に席を譲る。

 少年は促されるままにベンチに座り、ぱちぱちと爆ぜる小枝の薪を眺めた。どれも細かく折られており、老人の性格をつぶさに語っている。


「ここは、暖かくていいね……」

「暖まったら帰りなさい。ここに居ることに気付かれたら、親御さんにあまり良い顔はされないだろう?」

 少年は渋い顔をした。図星なのだ。

「……母さんには、友達の家に遊びに行くって言ってる。だから、心配しなくても……」

「親に、嘘を吐いたのか?」

「嘘、というか……言い換え、というか……」

「親にとって、子どもは何にも代え難い宝だ。そんなに大切に思ってくれている人を、騙すのか?」

「わかった、分かったよ! 帰ったら謝るって!」

 少年はバツが悪そうに笑った。こういった話をする時の工場長の顔は険しく、あらゆる言い訳を許してくれない雰囲気である。

「……それより、頼んでた物は修理できた?」

「あぁ。工場の中に置いてあるから、少し待っていてくれないか?」


 小さな箱に入ったブリキのミニカーは、この時代にはもう製造されていないアンティーク品だ。独特な金属光沢のある車体はネイビーブルーのペイントがなされ、鈍い銀色の箇所に生まれた錆びは丁寧に削り取られていた。

「摩耗したタイヤも換装した。これで元通り……とは行かないまでも、この玩具の寿命は伸ばせたぞ」

「すっげぇ……。もう替えのパーツも生産されてないのに!」


 周囲の友人が最新鋭のゲーム機やドローンを遊び相手にする中、少年はこのミニカーで退屈をしのいでいた。彼の想像の中で、この車は小さな夢を運ぶ方舟だったのだ。


「工場長……街に来てよ。こんなにオモチャの修理が上手いのに、仕事にしないのは勿体ないよ! 街の大人の誤解も、ちゃんと対面したら元に戻るはずだから……」

 白髪の老人は表情を崩さず、寒さに冷えた手を焚き火で暖める。数十秒の間の後、工場長は静かに口を開いた。

「玩具には、役割がある。存在意義、とでも言おうか。……君を楽しませる事だよ」

 風が吹く。爆ぜた火花が巻き上がり、工場長の肌を照らした。老成したその顔には、深い皺が刻まれている。

「同じように、私にも役割があるんだよ。この工場を風化させないことだ。ここに人が住んでいたという記録を、絶やさないことなんだよ……」


 これは、工場長なりの仕事だ。二年前に起こったとある出来事から、この荷を抱えて生きていくことを決めた、彼にとっての存在意義でもある。

 この廃墟と化した建造物で一生を終える。それが自らに化した存在理由なのだ。


 彼は、ひとつの生命が終わる瞬間を間近で観察し続けた五年を回想する。

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