氷魚の庄

秋寺緋色(空衒ヒイロ)

 


 幾度も見た夢を、少女は繰り返す――


 黒い気配のようなのに絡みつかれ、水中へと没する。抗うことはかなわない。途轍もなく深い水底へと引きずりこまれてゆく。

 われはあの夢を見ているのだ……

 薄青緑色の水。底にゆけばゆくほど濃くなる青。黒い気配はすっかり消えているのに、不確かで、うすら寒い心持ちがする。

 ははぁ。ここは庄を流れる川の澱み、氷魚淵だ。合点するのと同時に夥しい数の魚影が忽然と現れる――これもいつもの夢の通り。

 淵の下から上まで、やわ泥の底から光さす水面近くまで、白透明色のぴらぴらした翻りが淵に溢れていた。

 氷魚だ。それもおそらく、川中の氷魚がここに集まっているのではないか。

『鉄砲水で死んだもんは氷魚になる。氷魚になって川を上ってゆくんで』

 同級の子が聞かせてくれた庄の言い伝え。

 では、あのなかに亡くしたととさまやかかさまやきょうだいたちがいるのだろうか。

 いいや。違う違う。われはやはり夢を見ている。これは、いつも見ているあの――

 しかしいつもならとっくに夢から醒めているはずなのに、いまだ夢は続いている。

 ならば。いつもの夢でないのなら……

 氷子は叫んだ。

「ととさま、かかさま、迎えに来たんやろう? われも連れていって!」

 瞬間、体が透き通り、白く光りだす。体が軽くなってゆく感じがした。

 上へと泳ぎ向かう。氷子には分かっている。どこをどう泳げば辿り着けるのか。

 心が歓喜に満ちる。

 あれに愛しいととさまとかかさまがいる? われの来るのを今か今かと待ち侘びている?

 朝。氷子を起こしにやってきた世話の婆が、ちいさい悲鳴をあげた。

 ぢゃぷんっ。

 寝床の水溜まりで、氷魚がひとつ跳ねた。




〈了〉

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氷魚の庄 秋寺緋色(空衒ヒイロ) @yasunisiyama9999

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