シナモンワッフル
Len
シナモンワッフル
「前向性健忘(ぜんこうせいけんぼう)ー15分間の貴方ー」
あずみ:事故で記憶障害になり、15分しか記憶がもたない
武人(たけと):あずみの彼氏
それは突然の事だったと思う。
そう、それさえ覚えていない。
両親から聞かされて知ったこと。
私は交通事故に巻き込まれ、その時頭部に強い衝撃を受けた。
それ以来記憶障害が残り、たった15分しか覚えていられない。
「前向性健忘(ぜんこうせいけんぼう)」になった。
武人「あずみ、今日はいい天気だよ。病室にばっか引きこもってないで、散歩でもしようか?」
目の前で優しく声をかける男性、事故にあった時一緒にいた人だという。
あずみ「本当、綺麗な空。えっとアナタは...?」
武人「武人、あずみの彼氏だよ。もう5年も付き合ってる彼氏。」
あずみ「...ごめんなさい、多分きっと何度も聞いてるんでしょ?」
武人「いいよ、何度でも聞いてかまわない。俺は平気だよ。」
笑顔でそういう男性に、私は以前どんな気持ちでどう話してたんだろう。
そして今思ってることも、15分後には忘れる。
(中庭を歩く2人)
武人「ほら、日に当たった方が表情も明るくなる。」
あずみ「ありがとう、うん、暖かくてきもちいい。」
武人「よそ見しちゃ危ないよ。」
(手を握る。)
あずみ「あ、ごめんなさい。前の私ともこうして手をつないだりした?」
武人「はは、前も今もあずみは変わらない、その笑顔は。」
(急にけわしい表情になるあずみ)
あずみ「アナタ誰?!その手を離してよ!」(手を振り払う)
武人「...あずみ。」
あずみ「ここどこ?いや!怖い!」
武人「大丈夫、ここは病院の中庭だよ。病室に戻ろうか。」
ーとある日ー
武人「おはよう、今日はあずみが好きな駅前のワッフル買ってきた。シナモンが好きだったよな。」
あずみ「こんにちは、あのアナタは?」
武人「あずみの彼氏の武人だよ。」
あずみ「ごめんなさい、きっと前にも聞いた事あるんでしょう?」
武人「謝らなくていいよ。何度聞かれてもかまわない。ほら、そんな顔しないで、コレ好物だろ。」
あずみ「シナモンワッフルが私、好きだったの?」
武人「いいから、一緒に食べよう。」
あずみ「...美味しい、すごく。アレ?私この味...知ってるかも。」
武人「あずみ?本当に?!担当医が言ってたんだ、少しでも何か覚えてるかもしれないし、奇跡的に回復した人もいるって!」
あずみ「...アナタは武人、私の...彼氏?」
武人「そうだよ!あずみと付き合って今年で8年目だ。」
あずみ「私、何年ここにいるの?こうなってしまってどのくらいたったの?」
武人「3年。俺、できるだけ毎日ここに来てたんだよ。」
あずみ「ごめんなさい、3年も武人を忘れてたんだ。」
武人「そんなのどうだっていい事だよ。あずみがよくなるんなら。」
(武人、思わず抱きしめる)
あずみ「武人。」
武人「良かった...あずみ。」
あずみ「いや!アナタ誰!私に触らないで!」(突き飛ばす)
武人「...あずみ?!」
あずみ「出ていってよ!誰なの?アナタは!」
武人「...わかった。」
その男性はすごく悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔で出ていった。
ふと病室の窓から外を見ると、さっきの男性が背中を丸めて病院から遠ざかる姿。
ベットそばのテーブルには食べかけのワッフルがあった。
独特の香りがする..。
シナモン...あ、これいつも彼と駅前の店で買ってた。
私はもう一度窓の外を見た。
あずみ「たけ...と?武人!」
だけどもうずっと向こうに黒い点となって、その姿は消えた。
ー翌日ー
あずみ「母さん、だよね。ねぇ、いつも誰か来てた気がするんだけど。確か、優しい笑顔の男の人。」
母「...。」
あずみ「気のせいか、覚えてるわけないもんね。でも、どうしてだろ?これ食べるとね、何だか...。」
母さんに買ってきてと頼んだらしいシナモンワッフル、私はひと口食べた。
なぜか、ゆっくりとひとしずくの涙がこぼれた。
シナモンワッフル Len @norasino
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