4-11 おかえり
「――!」
ビクリと指を震わせた私はそのわずかな振動に驚き、意識を取り戻した。どうやらマルさんの記憶を再生し終えてすぐ、
ゆっくりと体を起こし、周囲を見回す。広い砂漠が目に映る。しかしすぐそばには――
「えっと……」
私がこれ以上体を動かせないほど近くで眠る四人がいた。私が上体を起こしたことで目が覚めてしまったのか、二人の少女が目を擦り、体をもぞもぞと動かし始める。しぱしぱと瞬きをした少女たちは私と目が合うと大きな声を上げた。
「あっ、チホちゃん起きた!」
「チホさん!? お、おはようございます!」
服に付着した砂を落としながら立ち上がり、アヤちゃんはぺこりとお辞儀をした。一方でリンさんは私の隣に座り、優しく笑う。
「おはようチホちゃん。二日ぶりだね」
「は、はい、お久しぶりです……けど二日でしたっけ」
私が四人から離れたのは真夜中。朝になり、いろいろな出来事を経て、夕焼けの中を再び帰ってきたので会わなかったのはその一日だけのはずだ。しかしリンさんは短い髪を揺らして首を横に振った。
「んーとね、チホちゃん
「えぇ……?」
呆然とする私をリンさんは控えめにクスクスと笑った。一呼吸置いたその後、リンさんはそばに横たわったままのケイさんをこれでもかと揺さぶった。
「んあ?! なになになになに?! え、チーちゃん起きてるじゃん!」
「だからあんたを起こしたの! 一ミリも気づかずに寝てるなんてどんだけ熟睡してたんだか」
リンさんの声にケイさんは肩を縮めた。このやりとりでマルさんも目が覚めたのか体を起こした。
しばらくリンさんにビクビクとしていたケイさんだったが、ふと顔を上げて私の目を見た。
「チーちゃん。帰ってきてくれてありがとう」
ケイさんは真剣な顔でそう言い、そして続ける。
「俺たちの雰囲気悪くしたって思って出てっちゃったんだよな」
「どうしてそれを? 私ケイさんたちには一言もそんなこと……」
私の質問に少年は目を丸くしたが、すぐに何かに納得したように頷いた。
「ああ、それはあれだよ、俺らは伊達にチーちゃんよりも長く人と生活してないからさ。他人が何考えてるかとか、思ってるかくらいはわかるよ」
ケイさんは私から目を合わせたままゆっくり立ち上がった。そして深く頭を下げた。
「本当にごめん。一昨日俺が声を荒らげたのがチーちゃんに気を遣わせて、出て行く原因だったと思ってて」
思いもよらない言葉と行動に私は驚いたが、つまり私が出ていくことになったのはケイさんのせいだったと言っているのだろうか。顔を上げ、再び座ったケイさんは続きを口にする。
「あのときリンがチーちゃんをフォローしようとべらべら話したじゃん? あれ、俺には逆効果に見えてさ。リンがいろいろ説明することでチーちゃんがアヤちゃんに手を出してしまったことを認めさせているみたいで。だからああやって止めたんだけど……」
そこまで話すとケイさんは頭を掻いた。小さく唸りながら次の言葉を探すケイさんに代わり、リンさんが口を開く。
「あの日私、チホちゃんがどう思ってどう感じてるかは考えられてなかった。ただ事実を並べて話しただけだった。ケイに止められるのも当然だって後からだけど思ったんだ。そうじゃなくてチホちゃんの想いに向き合えばよかったのにね」
リンさんは俯き気味だった目を私に合わせた後、そのまぶたを閉じて静かに言った。
「チホちゃんに辛い想い背負わせてごめんね。精神的に不安定なあなたを一人にさせてしまった私なんて、修理専門の《ハーフ》失格だわ」
どことなく《ハーフ》としての力に自信を持っていたリンさんがそれに失格という烙印を押し、ケイさんのように自身を責めるような発言をした。それらにどう言葉を返せばいいのかわからず、私はただリンさんを見つめるしかできなかった。そんな中、アヤちゃんまでもが自分を責め始める。
「私も何ともないのに『大丈夫』ってすぐに言えませんでした。私のせいでチホさんを心配させてしまって――」
「ちょ、待って、待ってください」
こめかみに手を当て、数秒悩む。整理する意味も込めて理解ができない部分を言語化する。
「マルさんに皆さんが寂しいと思ってくださってたのは聞いてたんです。つまり会いたいと思ってもらえてたってこと……ですよね。でもどうして、私のせいじゃなくて自分のせいだって言えるんですか……?」
なぜ私ではなく目の前にいる三人が責任を感じているのか、どうしても理解できなかったが故の質問を口にした。
しかし、リンさんは私の質問にやっぱりかという表情で笑った。アヤちゃんが私の目の前にしゃがんで答える。
「チホさんがずっと一人でいたことを私たちが忘れていたからです。これは私たちがはっきりと言わないと伝わるわけがないんです」
「これ……?」
首を傾げる私にリンさんはこれが何かを告げた。
「私たちにもっと頼ってってチホちゃんに伝え忘れてたのよ」
ごめんね、と謝りながら笑うリンさんは空に昇っている太陽が放つ光を浴び、ぼんやりした白い光を帯びているように私の瞳には映った。
「チホちゃんがまだうまく歩けなかった頃、私に何度か『助けてー』っていってたでしょ? あれは私に身体的な助けを求めて、頼ってくれてたの。人に頼るのは精神面も同じ。私たち人間は誰も、とてもじゃないけど一人じゃ生きていけないんだ。ま、半分機械だけどね」
そう言ってリンさんは肩を揺らし、ケイさんがそれは今言うことじゃないだろうと呆れたように肩をすくめた。
「だから私たちにもっと話してほしいんです。自分の中に留めずに、外に出して、相談して一緒に悩んで、笑いたいんです」
人に――四人に、話す。それは今まで一人でいた私には思いつかなかったことだった。未だ四人に迷惑をかけた後ろめたさを感じている私には頼るには一体どうすればいいのかが想像できてないない気がした。難しい顔をしてしまっていたようで、リンさんが私にフォローを入れた。
「難しく考えなくていいよ、チホちゃん。例えば初めて会った日や夢の話をしていた時にチホちゃん『怖い』って叫んだの覚えてる? あれは私たちに頼ってくれてるんだなってわかる一言だったよ」
「あ、あれは本当に怖かったからで……!」
私は必死に言い訳のような返事をしたが、ケイさんは私の肩を叩いて笑った。
「それでいいそれでいい! 怖かったら怖い、辛かったら辛い、楽しかったら楽しい。そう言えばいいだけだよ、チーちゃん」
そう言えばいい。そうか、それだけでよかったんだ。私の中でなにかがすとんとおさまった気がした。それが四人にも伝わったのか、私の前にいる少年少女は私をしっかりと見据えた。リンさんは私たちが初めて出会った時のように、全てを受け止めるような微笑みでこう言った。
「チホちゃん、おかえり。チホちゃんが旅の目的を思い出すその日まで、ここが、私たちがあなたの家で、家族だよ」
私は思わず目を見開いた。「おかえり」という言葉の意を、私は知っていた。ともに過ごし、手を取り合う家族と、仲間と交わす言葉だ。一体どこで……?
だがなぜ覚えていたのかは今はどうでもいい。ただ、今返すべき言葉は――
「ただいま、です。リンさん、みなさん」
そう言って私はリンさんに、みんなに手を伸ばした。ふとその手を見た時、私の手もどこか白い光を帯びているように見えた。
*
「さあチホちゃん、私たちといなかった間に何があったのか教えてよ。どうしてそんなにボロボロで帰ってきたのかもちゃんと話してね?」
私の体を気遣って用意された車椅子に乗り、マルさんに押される私にリンさんは嬉しそうに言った。
「えーと……」
また暴れて誰かを攻撃していたなんて言ったらなんて言われるだろうと私は思わず苦笑いをした。しかしそれもきっとこの四人なら受け止めてくれると、どこかでわかっている自分がいた。思っていることを外に出して、頼ってくれと言っていたのだからきっと間違いないはずだ。
しかしそれとこれとは別に自分の中で整理しなければ説明もできない。あのときは興奮していて記憶が断片的になっている所も多い。もちろんあったことは余すところなく話すつもりだが、今は全てを思い出すための時間稼ぎに別の話をしようと口を開いた。
「あの、そういえば帰りの車でマルさんが私のことを実は以前から知ってたって……」
「はっ?! なにそれ! そんなこと今まで聞いたことなかったけど?!」
食いついたケイさんにマルさんは声のトーンを揺らすことなく答える。
「だって聞かれなかったから」
この返事に長い溜息を吐くケイさん。次第に笑い声がうまれ、大きくなってゆく。幸せに感じる空間が今再び私を包んでゆくのを感じた。
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