第五章
5-1 正しい戦い方
「なるほど? つまりチホちゃんはタカハシっていう男と出会って、どうも自分を知ってるような彼と、犬と、刀使いの少年に……襲われたと?」
「はい……」
ふうんと相槌を打ったリンさんは車椅子に座った私の右脚を手に取り、膝からつま先までを撫でる。
「それでこんなに脚を本来あるべきでない方向に歪められたと?」
「そ、そんなに酷いんですか? そのー、ちょっと刀と力比べをしたからもしれません、あはは……」
四人の元を離れていた間の出来事を頭の中で整理し終えた私はその話をしながらリンさんに脚を診てもらっていた。どこか厳しい目で私の脚を視診するリンさんから尋ねられる質問一つ一つに、どこか怒られているような気分になる私。
「よくこれでマルのところまで走ったねチホちゃん。膝から下がふくらはぎ方向に湾曲してるよ? たぶんその刀とぶつかったときの衝撃のせいだね」
リンさんはふーむと唸りながら立ち上がり、自身が座っていた椅子に私の足を乗せた。しばらく悩むように口元に手を当てていたが、おもむろに私の脛と足首それぞれ掴んだ。
「おいリン、まさか……」
ケイさんの「まさか」に続く言葉は全く予想できなかったが、次の瞬間、私はリンさんがとった行動に絶叫した。
「ああぁぁああ怖い怖い怖い怖い怖い折れる折れる!?」
曲がっていると言っていた脛をリンさんが力尽くで正しい方向に戻そうとしたのだ。足首を椅子に固定し、私の脚が折れんばかりの力で脛を引っ張り上げられている光景に私は心の底から恐怖した。
「だ、大丈夫ですチホさん! 痛くないですから、戻してるだけですから! そうですよねリンさん?!」
怖がる私のもとへすっ飛んできたアヤちゃんが私を宥める。私の脛は未だぐいぐいと上へ引っ張られているが、確かに痛みはなかった。それに気づいてどうにか冷静さを取り戻したものの、やはりどう見ても私の脚がへし折られてしまいそうに見える。
「処置の仕方! 見た目がほんとやばいな、さすがに直視できない……」
そう言って両手で目を隠したケイさんは指の隙間からチラチラと私の脚を見る。
「そっか、みんな覚えてないのねどうやって……骨格系統、直してたかを……っと! んー、よし、これで戻ったかな。もう歩いても大丈夫だよ」
手をパンパンと払うように叩いたリンさんはその手を腰に当てた。
「いくら《ハーフ》とは言え無理は禁物よ、チホちゃん。歩けるようになったのも最近なのに、まさか刀に素足で挑んじゃうとは……そりゃあ足も曲がるよ」
私はリンさんの指摘に縮こまる。そんな私の隣に腰を下ろしたアヤちゃんがフォローを入れる。
「リンさんも怒っているわけではないんです、チホさんだって暴れようと思って暴れたわけではないんですから……。ただチホさんを心配しているんです、私も含めて」
少し眉を下げて笑うアヤちゃんはそう言って私の右手をさすった。
「でも無理しないと身を守れなかったわけだから、結果的にチーちゃんが暴れちゃったのもラッキーだったわけで……」
私の方に椅子を引きながらケイさんが口を開く。
「今までそんな脅威がこの世界にあったとは思わなかったよな。そのタカハシって男、チーちゃんのゴーグルも無理やり奪ったんだろ? そのせいでゴーグルは調整中だしチーちゃんは片目が見えないしで可哀想だよ」
ケイさんが言った通り、手順を踏まずに無理矢理引き剥がされたゴーグルは壊れてしまっていたそうだ。ゴーグルが使えない今、当然右目は見えない。ずっと片目をつむって生活するわけにもいかないので応急処置として布が眼帯として巻かれているらしい。
「しかもチホちゃんの目にもダメージがあって、ゴーグルが直っても付けられるような状態じゃないのよね……。あのパーツさえあればなんとなるのに……なかなか見つけられないのよね」
あの時ゴーグルを通さずして無数の色が見えていたのがダメージの証拠だそうだ。今は落ち着いているが部品が足りないため修理はできず、目に無理な負荷をかければまた同じ状況になる可能性は大いにあるという。
「全く、《ハーフ》に会ったのをいいことに痛ぶって楽しんでる愉快犯ですよね。人の体のパーツ取って何が楽しいんでしょうか?」
静かに怒るアヤちゃん。リンさんも彼女の言葉に同意を示すように頷いた。
「さっきアヤちゃんが言ってた通り、本当に心配なの。チホちゃんの自分を強く責めちゃったり、案外後先考えずに飛び込んで行っちゃったりするとこが特に。一人でいた時間が長いから何かあってもどうにか切り抜けてしまえるのかもしれないけど、それで自分が傷ついちゃうのは良くないことだよ? そういうときは誰かに頼って……いや、でも旅に戻ってしまえば一人なのよね」
目を閉じて眉間に皺を寄せるリンさん。
「旅の目的を思い出して、旅を再開してから何かその男と似たようなものに会って襲われてしまったらとかって考えるとそれも心配なのよ……ね……?」
言葉のキレが悪くなり、どうしたのかと全員がリンさんの方を向いた。しかしその視線の先には先ほどまでの曇った表情を消し、まさに何かを思い付いたという顔をしたリンさんだった。
「わかった! チホちゃん、身の守り方を学べばいいんだよ!」
「……え?」
そうだそれがいいと一人自分の意見に納得するリンさんに私は相変わらず置いていかれてしまう。そして相変わらずそんなことを気にしないリンさんはビシッとケイさんを指差した。
「ケイ、あんたが──」
「あーあー! わかった、わかったから」
そう叫んだケイさんは迫り来るリンさんの人差し指を払い除けた。
「ようは攻撃型だった俺がチーちゃんに身体の使い方を教えるってことだろ? 正しい戦い方を身につける……これであってるか?」
ケイさんの予想は合っていたようで、リンさんは短い髪を揺らして嬉しそうに大きく頷く。
「た、戦い方を学ぶなんてそんな、そんな突拍子もないこと……」
そう言って私はみんなの顔を見た。しかし誰もがいつになく真剣な顔で頷いた。
「しましょう、絶対いります」
「いるな。必ずいる」
「するべき」
「え、えぇ……?!」
いつもなら呆れた顔をした後に「仕方がないなあ」と了解する流れのはずなのに、なぜか今日はあっさりと、しかもかなり前向きな賛成を示された。
「俺をぶっ倒せるくらいまで強くなろう!」
「ぶっ倒す?! 嫌ですよそんなの!」
誰も傷つけなくてつい最近まで出て行っていたのになぜそうなるのかと顔を横に振ったが、ケイさんは全くそんなことは気にしていないようだった。るんるんとした様子で一度外に出ていったケイさんが私たちの前に戻ってきたとき、その手には鉄のパイプが握られていた。それをぶんぶんと振り回した後、先端を私に向ける。
「刀の代わりの棒だよ。チーちゃんは今から本気で俺から逃げるんだ、まずはどこまで動けるのかを見てあげよう。いやー、全力で戦うなんていつぶりなんだろう」
「え、ちょっと待ってください!」
肩を回しながらにじり寄ってくるケイさん。焦った私は車椅子から立ち上がり、リンさんの背後に逃げ込む。
「リ、リンさん私の脚ついさっきまで曲がってたんですよね? まだ脚直したばかりだから無理したらダメですよね?!」
「ん? いやいや大丈夫だよ? 普通の人間と違って壊れたら壊れた、直ったら直ったしかないからね」
これ聞いた私は引き攣った笑いをケイさんに向け、ケイさんは嬉しそうにニヤリと笑った。
「ぜりゃぁああぁ!」
「ひぃっ?!」
私の目の前でカーンと甲高い音が響いた。ケイさんが振り下ろしたパイプが私の足元に叩き込まれたのだ。
「ちょっとちょっと、室内がぼこぼこになるから本気で暴れるなら外にしてよ? はい、チホちゃんは外に逃げる!」
「うわぁ?!」
迷惑そうな声でケイさんに注意したリンさんは私の背中を玄関方向に押した。前につんのめった私はその勢いをそのままに、ケイさんのほぼ打撃のような斬撃から逃げるために扉に向かって一直線に走った。
バタバタと出て行った二人を追いかけるために立ち上がったアヤがリンにこっそりと耳打ちをした。
「リンさん、これもチホさんがどこか気を使っているのを和らげるためもありますよね? 私たちに頼ってほしいという気持ちは伝わっているとは思いますが、まだ少し後ろめたさも感じられますし……」
「……そうだね。それも含めてってことにしとこうかな」
優しく笑ったリンに微笑みを返し、マルを連れてアヤは出て行った。その背中を見送ってから、同様にチホたちの様子を見に行くために立ち上がった。
「これから何が起こっても、何に出会ってもいいようにチホちゃんには強くなっておいてもらわなくちゃ」
一人きりになった部屋でリンはどこか寂しげな声でそう呟いた。
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