3-2 ゴーグル越しの世界

「ごめんごめん、ゴーグルどうやってつけるのかわからなかったか……」


 そう謝りながらリンさんはゴーグルについての説明を始めた。どうやらこのゴーグルというものは、ベルトについている二つのレンズが両目それぞれを覆うように装着するらしい。そしてリンさん曰く、このゴーグルこれを通せば両目を開けてもしっかり物が見えるように特別な施しがされているんだとか。


「まあ初めてみたいだし、私がつけてあげよう」


 リンさんはベルトを緩めて私の頭に通し、二つの楕円がそれぞれの目を覆っているかを確認して、再びベルトを締めた。


「さ、右目も開けてみて!」


 四人が私をのぞき込む中、少し緊張しながら右目を開いた私は――



 叫んだ。


「な、なにこれ――――?!」

「えっ?! 何かおかしい?!」


 慌ててリンさんが近づいて来たが、私は目を固くつむり、さらにゴーグルごしに目を手で覆った。


「色が……!! 変です……!! 黒と白じゃない……!!!!」

「「「「……え?」」」」





「まさかチホちゃんの視界がモノクロだったとは……」


 リンさんは未だに両目をつむりゴーグルのレンズを手で覆ったままの私に再び目を開けさせるために、私の手をレンズから引きがそうとしていた。


「リンさんやめてください怖い怖い怖い」

「大丈夫だって、ほら、手離してー?」

「い――や――――!」


 ゴーグル越しに見えた世界は、今まで私が見てきた世界の色ではなかった。今まで私に見えていた色は黒と白だけ。それがいきなり、名前も知らない色がひっきりなしに見えるようになるのは、まるで今まで足で歩いてきたのに、本当は手で逆立ちして歩くのが人間として普通なんだぞ、と行きかう何十人もの逆立ち人間に教えられるのと同じくらいに気持ち悪いし、受け入れられない。


 その上、無数にある未知の色が否が応でも目に飛び込んできて視界をちらちらとさせてくるのだから、恐ろしいことこの上ない――!


 リンさんによって手はゴーグルから剥がされたが、私は相変わらず両目は閉じたままだ。そんな私を見てか、「あらら」と言うアヤちゃんの声が聞こえる。


「ああ、黒と白しか見えないからチーちゃんは俺の髪色見ても緑色だーって言わなかったのか。チーちゃん以外にはすぐ髪色突っ込まれたから、変だなとは思ってたんだよ」

「ん? じゃあもしかして、チホちゃんの目が紫色だって言った時も意味わかってなかったんだ……?」

「そうですよ、むらさきってなんですか?! うわっ、誰か触ってます……?」


 不意に誰かがゴーグルに触れている感覚がした。カチカチと音がなる。


「よし、チホちゃん目開けて」

「聞いてなかったんですか、怖いんですけど……!」

「大丈夫、もう怖くないから」


 なだめられても怖いものは怖いし、ただでさえ戦争があったとか目とか足とかともう頭が追いつかないのからこれ以上新しい情報を脳に入れたくないというのが本音なんだが……!


「ほ、ほんとに大丈夫なんですか……。いや、大丈夫って言われても開けたくないんですけど……」

「チーちゃん、こんなにゴネるんだな……。リン、さっきゴーグルいじってたけど何したの?」

「見える色を切ったのよ、白と黒以外。だから今チホちゃんが目を開けたら、多分今まで見てきた世界と同じように見えるはず」


 リンさんが言っていることを聞きながら、目を開けるのが嫌ならそもそもゴーグルを外してしまえばいいのでは、と気づいた。しかし装着の仕方を知らなかった私が外せる訳がなく、ゴーグルはびくともしなかった。ということはつまり、結局いつかは開けないとこのまま永遠に目をつむっていることになる……なぜならリンさんにゴーグルをとってくれと言ってもとってくれないだろうからだ。


 もう後がないので、ひとまず私は薄っすらと目を開けた。どうやらさっきのように世界にごちゃごちゃと色が付いているということはなさそうだ。意を決してえいやと開けた両目には、ぼやけることも、ひびが入っていることもない今まで通りの白黒の世界が映し出された。


「よかった、今まで通り……」

「お、元通りになったみたいだね。ということはチホちゃん、完全なモノクロ世界で旅してきてたんだ。大変だったんじゃない?」


 白黒のリンさんが私をのぞき込んで尋ねてくる。その質問に私は首を傾げながら答えた。


「いえ、これが普通だったので……」


 あ、そっか、というリンさんに対して、私は両目を開けていられることの楽さを改めて実感していた。片目を閉じて、それこそマルさんが言っていたように、ずっとウィンクしているのも大変というか、面倒くさかったからかなり快適だ。


「ねえリン、これで少し情報が増えたね? 《ハーフ》化で色覚異常が起きる例があったとも言えたりするんじゃない?」

「ああ、確かに。チホちゃん、なんだかんだイレギュラーが多いから、それをひとつひとつ解決していけばしていくほど新しい情報が手に入れられるかも。ありがとうね、チホちゃん」

「え、あ、はあ……」


 おずおずと返事をした私の手をとり、リンさんは目を輝かせて言った。


「お礼にチホちゃんがこのゴーグル通して白黒以外の色に慣れられるようにする訓練、付き合うよ!」


 いや、あんな恐ろしく色でごちゃごちゃした世界を見たいとは思わない。そう思った私は、


「旅の目的思い出せたら十分です」


 と返事をした。

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