第三章
3-1 脚やら『ごーぐる』やら
『あっはははははははは!』
「うわぁ!」
私は恐ろしい笑い声で目を覚ました。息を整えた後に笑い声が夢の中で聞こえたものだと気づく。そしてその声が昨日思い出した記憶の中にあったものだと思いだしたのは、いつまで経っても視界にひびのようなものが浮かび、ぼやけたままの景色が両目に映っていることに気づいてからだった。
「右目がよく見えなくなったのは夢じゃないのか……」
そう呟いて右目をつむる。視界がはっきりしたところでふうと息を吐いた。そしてベッドを降りようとした私は、もう一つの体の変化――自分の脚が動かなくなっていることに気づき頭を抱える。
「不便すぎる……!」
そう嘆いた瞬間、部屋の扉が開いた。マルさんが入ってきた。
「朝だけど、起きてる?」
「起きてますけど……」
私の返事に不思議そうに首を傾げるマルさん。
「だって右目が寝てる」
「寝てないです!!」
そんな会話をしながらマルさんは私をベッドから持ち上げ、車椅子に乗せた。
「リンが連れて来いって言ってたから」
「ああ、なるほど……」
私とマルさんは建物の外に出た。リンさんたち三人が私たちを迎えてくれた。
「来た来た、おはようチホちゃん。とりあえずみんなで充電しながら話そうかー」
既に外にいた三人は昨日のアヤちゃんのように、砂の地面に直接座っている。アヤちゃんはずりずりとお尻を引きずって私に近づいてきた。
「チホさん、よく眠れましたか?」
「うん。でも夢に出てきた『あははははははー!』って感じの笑い声で目が覚めてびっくりしちゃった。あ、その笑い声は昨日思い出した記憶の一部なんだけど……」
へえとケイさんから感嘆する声がした。
「笑い声ねぇ。戦争中にそんな笑う余裕がある人いたんだ? あれ、チーちゃんそれは旅の途中の記憶? それとも戦争中?」
「え? ええと……」
聞かれたところで答えられない質問をされてまごついていると、リンさんがケイさんをペシッと叩いた。
「ほんとお前すぐ叩くよな、痛くないからいいけど……、いやよくないけど」
「じゃあチホちゃんが困るような質問しないでよ。とりあえず、今からチホちゃんの目と脚の話するから、ケイは黙ってて」
「えぇー」
不満そうなケイさんを無視したリンさんは、車椅子に座る私に近づき、私の脚を手で動かした。
「脚自体に問題はなさそうなんだよね……、たぶん脚を動かすっていう信号が脳から伝わりにくくなってるのかも」
リンさんの見解に黙っていてと言われていたはずのケイさんが口を開いた。
「じゃあ脚を取り替える必要はないってことか! よかったなー、チーちゃん」
「はっ?! 取り替える?!」
まるで使い古した物を交換するかのような言い草で脚を『取り替える』と言われた私は聞き返さずにはいられなかった。しかしその言葉に困惑している人は私以外にはおらず、リンさんもケイさんに頷いてから私に説明を加えた。
「良くも悪くも機械だからね、私たち。パーツさえあればどんな怪我しても直せちゃったんだよ、戦争中も」
「そうやって子どもを使いまわしてたって考えると、非人道的ですよね、ほんと……」
そう言ってアヤちゃんは俯いた。戦争について記憶私はこの四人が戦争のことをどこまで知っているのかが気になった。そんな私の思考を読み取ったかのようにリンさんは私に声をかけた。
「こういう戦争の時の話もちゃんとしようね。チホちゃんが思い出したことの話をする時に一緒にしよう」
「あ、はい。……よくわかりましたね、私が思ってること」
感心を含んだ私の言葉にリンさんはどこか誇らしげに答えた。
「私は患者の思ってることなら何でもわかるのよ、そういう能力もあるみたいでね、治療系には」
「いや、この場合チーちゃんはリンの患者じゃなくて被害者……冗談だってそんな怒るなよ」
すぐさま言い訳をしたケイさんだったが、もれなくリンさんにおでこを指弾かれてひっくり返っていた。なぜ彼はここまでしてリンさんの神経を逆なでするのだろうかと単純に気になってしまう。
ざまあみろと言わんばかりの顔をして笑ったリンさんは満足したように大きく息を吐いた。それを私がじっと見ていたことに気づいたからか、リンさんは恥ずかしそうに軽く咳払いをした。
「本題は目なの、チホちゃん」
「目ですか?」
閉じていた右眼を薄っすらと開けてみるが、相変わらず何もはっきりとは映さない。それを見ていたケイさんが声を上げた。
「えっ、チーちゃんの目、今、紫じゃなかった?!」
「そうなのよ。これ、目の内側まで完全にダメージがいってる証拠なんだって、私も知らなかったんだけど」
またむらさきという言葉が出てきた。どういう意味なのかわからず悩んでいると「もっと見せて!」と言うケイさんに気圧され、質問をしそびれてしまった。私に迫りくるケイさんを手で押し返したリンさんは、私の手に何かをぽん、と渡してきた。
「チホちゃんの目がね、脚と違って交換がいるくらいにダメージ受けてるの。だからくり抜いて交換しようかなー……」
「ひいッ?!」
目を抉られるところを想像した私は声を漏らし、無意識に右目を守るように手で覆った。しかしリンさんの言葉には続きがあった。
「――と思ってたんだけど、残念ながら代わりになる目の材料が足りなくて。だからこのゴーグルでとりあえず代替しようと思うんだ」
「ご、ごーぐる……?」
目をくり抜かなくていいのなら何も残念ではないしむしろ安心した。しかしこのごーぐると言うものは全くどう使うものなのか見当がつかない。手にしたごーぐるをいろいろな角度から観察しているとアヤちゃんがはっと息をのむ声が聞こえた。
「そのゴーグルと似た形のを私も使ったことあります……! 今思い出しました。飛行機を操縦した時だったかな……」
「飛行機……?! アヤちゃん、あとでその話詳しく聞かせて!」
「あっ、リンさん、興味おありですか? もちろんです!」
私が記憶を思い出すためにナイフを刺す前もそうだったが、二人は意気投合することが多いようだった。しかしその時も今も、できれば私を放っておかないでほしい……。
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