3-3 何を思い出したのか
目に映る色が今まで通り白と黒のみに戻ったことで落ち着いた後、私たち五人はしばらくの間何も話さずにぼんやりと朝日の方を向いて座っていた。
穏やかな時間にうとうととしていた私はマルさんに「おーい?」と呼びかけられてはっとした。我に帰った私は辺りを見回す。どうやら朝の充電は終わったようで、いつの間にか車椅子ごと建物内に戻っていた。
「ふっ、おはようチーちゃん」
目を覚ました私に笑いを含んだ挨拶をするケイさん。なぜ笑われたのかがわからず首を傾げると、理由を答えてくれた。
「うたた寝できるくらい俺たちに慣れたのかなーと思ってさ」
慣れない色に大騒ぎしたから疲れたというのもある気がするが、そういうことにしておこう。ケイさんと同じくらいにこにこしているリンさんにアヤちゃんがある質問をした。
「えっと、みんなで集まってるのは何かお話しすることがあるってことですよね?」
「そうだよアヤちゃん。チホちゃんの旅の目的のことなんだけど、まず昨日思い出せたことを整理するところからスタートしようと思うんだ。基本的にあのナイフで思い出すのは新しい記憶からだからさ。そこからなんとか旅を始めるに至るまでを辿ってみようかなって感じ。どう、チホちゃん?」
リンさんが提案した手順を頭の中で追っていた私は不意に話を振られ、焦りながら返事をする。
「ええと、辿るってつまりは過去を思い出すってことですか? でもそのナイフで思い出してからも全く、何一つとして過去のこと思い出せないし、上手くいくんですかね……」
自信の無い私の声を聞いて、リンさんは席を離れ、こちらに近づいてきた。私の後ろに立ったリンさんは勢いよく私の肩を両手でつかみ、ぶんぶんと揺さぶった。驚いて出た声が揺れに合わせて波打つ。
「あぁあぁあぁ」
「だーいじょうぶよ、確実に、一つずつ遡っていこう? これが一番地道だけど、チホちゃんには合ってる方法だと思うんだ。そしてきっと、ううん、絶対に旅の目的を思い出そうね。それが私がチホちゃんにできる唯一の償いだから」
回り込んできたリンさんに見つめられた私は、自然と首を縦に振っていた。そうだ、私は『何か』のために旅に戻らないといけないのだ。その『何か』を思い出すためにも、やはりここは腹を決めないといけない。
「じゃあチホちゃん、昨日思い出したことできる限りでいいから教えてもらえる?」
リンさんは私に話すよう促した。テーブルを囲む全員がとてもワクワクとした目で私を見ている。忘れてはならないのは、ここにいる全員は戦争の時の記憶、出来事を知るために生きているのだ。期待にそえるようなことを私は思い出せたのだろうか、と不安になったが、とりあえず話してみるしかない。
「たしか始めの方は砂漠と壊れた建物ばっかりで、たぶん旅の記憶だと思うんですけど……。そこで、私自身は全く覚えてなかったんですけど、人に一人、会ったことがあったみたいで、人影が見えました。白衣を着た背の高い、マルさんくらいか、もう少し背の高い人ですかね……」
人、というワードは三人の興味を引いたようだった。
「戦後に人に会うって、かなりレアじゃない? まあ俺らはこうやって会ってるわけだけど……」
ケイさんが呟いた。他からも感想が口々に飛び出す。
「マルくらいって結構背、高いよね。もしかして大人……?」
「そんなことあるんですかね? 戦争中もそうだったでしょうけど、戦後ならなおさら食糧なんて、水分すら手に入らないでしょうから、大人が……《ハーフ》以外が生きているとは考えにくいような……」
「確かに一理あるけど、その記憶がいつ頃のことかにもよるな。戦後すぐならまだ可能性があるかもだろうし。まあ大方戦争が終わって、今までの五年間のいつか、だろうけど……」
ふーむ、と悩むケイさんとアヤちゃん。色々な憶測や考察にあっけに取られていた私に、リンさんが「続けて?」と声をかけた。
「ええと、次は……何も見えはしなかったんですけど、何か言われたんだったかな……あ、そうだ耳元で、『ずっとそうしたかったんだろ?』みたいな……。ごめんなさい曖昧で……」
「全然大丈夫だよ。その声は男? 女?」
「ええと、どちらかと言うと男ですかね。口調的にもそうかと……」
「なるほどねー」
あ、ともう一つ思い出した私は付け加える。
「ちょうどその時くらいに、ざーって感じの、この間も聞こえたあの不快な音が聞こえ始めたんです。今落ち着いて考えたら、なんというか、ラジオの雑音みたいな……」
「お? チーちゃんラジオ覚えてるんだね。わかりやすくていいね」
「うん想像しやすい、ありがとうチホちゃん。じゃあその音が、暴走しかけた時と記憶を思い出しているときの両方で聞こえたのか。何か関係あるのかなぁ」
そして私は、ナイフによって思い出せた最後のシーンを伝えた。
「そのあと、ようやくはっきりと人の顔が見えたんです。男の子が目の前に座ってました。すごく、悲しそうというか、怒ってる……? ような顔をして、私に手を伸ばしてきて……、と思ったらものすごい目の痛みに襲われました。少ないんですけど、私が思い出したのはこれで全部です」
了解、ありがとうと答えたリンさんは、真っ白な本に文字を書き込み始める。
「その顔がはっきりと見えた男の子の特徴は? 髪とか目の色とか」
「ええと、薄い黒でしたけど……」
顔を上げずにリンさんに尋ねられ、私は目を閉じてどうにか思い出して答えた。
「んー、リン、色の判断は厳しいんじゃないか?チーちゃんは……」
そう含みを持たせてケイさんが言うと目をぱちくりとさせたリンさんだったが、すぐに納得したようだった。
「あ、そうだった。色は見えないんだったね、ごめんねチホちゃん」
「なんかすみません……」
悪くないはずなのに申し訳なさを感じて縮こまりながら、私は色というものが人を見わける材料になるのかと驚いた。
「それにしても脚と目と色がダメになるって、一体チホちゃん、どんな過去を持ってるんだろうね?」
「そんだけボロボロになるってことは、かなり前線で戦ってたんじゃない? 攻撃特化の俺でもこんな満身創痍になったことは……」
ない、と続くと思ったのに、ケイさんはそのまま口を噤んでしまった。
「ああ、そういえばケイさんもあのナイフ使ってましたもんね。チホさんと違って成功して、大雑把には戦争中のことを思い出せたんですよね?」
「……ああ、まあ粗方。断片的にね」
なぜかケイさんはアヤちゃんからふっと視線を逸らして答えた。目線を逸らされたアヤちゃんは少し首をかしげる。
「じゃあケイ、チホちゃんにその『断片』を教えてあげたら? 戦場はどんな感じだったのかさ。もしかしたら何かチホちゃんも思い出すかも。私たちサポート系は戦場での出来事には疎いからさー」
「は? リンにも前教えたじゃん、それこそ思い出した直後に。それに――」
「やっぱ体験談は本人から聞く方がいいよね、チホちゃん?」
「え、えぇ? 別に私は……」
急に話を振られた私は少し焦った。リンさんの方を見ると、なぜだかウィンクをされた。
「え、なぜウィンク?」
「おお……、チホちゃんわかんないか」
あちゃー、と言ってリンさんは額を抑えてからウィンクの理由を説明した。
「これは目配せって言ってね、誰かに自分の気持ちとか意図を周囲にばれないように伝える手段なんだよ。今の場合は『ケイから話が聞きたいって言って!』っていう合図」
「なるほど……?」
「おいリン、それ俺にも聞こえるように説明したら意味ないんじゃないのか……」
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