第2話

 ドーム型の天井の下でレオンは床に額が付きそうなほど真剣に紋章を描いている

そこへ間延びした声で容赦なくせっついてくる


「レオ~ン、まだ~?」

「は、はい、あと少しで終わりです」


円形の柵に寄りかかってレオンを追いたてるのはジェイドだ


「だ、そうだから。インシグ、その指輪こっちに貸して」

そういって手を伸ばした方向にはインシグとイナトが緻密な紋章に興味を示していた

「あ、あぁ。ほら」


指輪を指から引き抜くと、うっすらその部分だけ肌色が違うのに気付く六年も指輪をはめてきたそこは日焼けを免れている


「じゃぁ、紋章の中に入らないようにして、大人しくしといてよね

レオンもう出来た?」

「は、はい!今終わりました」


そう言いながらも最後の文字を書きなぐっている

文字を踏まないように慎重に中央に進み出たジェイドは手のひらに指輪をのせ深呼吸する


「言っておくけど……もしもう一対の指輪をミエルが身に付けてなければ見つけられないからね」

「いちかばちかって事ですね」

「元よりそのつもりだ。やってくれ」


いつもよりも慎重に手のひらに置いた指輪に力を送り込む、ゆらゆらと空間が歪んでいく赤銅色の髪が風もないのに揺れ始める

床に描かれた紋章が立体的に浮かび上がってくるとやがて文字が指輪に凝縮されていくと勢いよく回転していく


「────雪が降ってる……看板が見えるなぁ、これはト───トワトだ」

「ミエル様はトワトにいらっしゃるのですか?」

「ちょっとまって、移動してるみたい……あ。」


指輪に凝縮されていた文字が消えていくとジェイドが肩を上げる


「時間切れみたいだね」

「何?それで結局ミエルは何処にいるのかわからなかったのか?」


インシグに指輪を手渡すとさっと元の位置に戻してジェイドに詰め寄る


「よかったね、インシグ。あの魔王いま、ミルズに向かってるみたいだよ」


突然の朗報に静止する


「え?ミエル様は自分でここにお戻りになられるのですか?」


驚きを隠せないままにイナトが発言する


「イナトそれはちょっと違うみたいだよ~ここに戻ってくるんじゃなくってこの先の港町に行くみたいだね」

「まさか海を渡るつもりか」

「まさか海を渡るつもりじゃ」


二人の素晴らしいハーモニーにジェイドがぐっと親指を立てる


「あのじゃじゃ馬め……あくまでここには戻らないつもりだな───馬を出すぞイナト、船に乗る前に捕獲する」

「インシグ様、軍事行動みたいな言い回しは……はい、かしこまりました。」


久しぶりに楽しそうな顔をしたインシグの言う通りにしようとイナトは頷く


「あの様子だとミエルは、外街道を行くつもりだねぇ、この方法ってタイムラグがあるかもしれないし急がないと捕まえられないかもね」


ジェイドはおもちゃを見つけた時のように目をキラキラさせている、新しい術を成功させたという高揚感もあるのかもしれない


「では、急ぎ支度をしましょう」

「ああ、頼んだぞイナト」


イナトは急いでドアに向かうと勢いよくドアが通路側から開く 息をあがらせてきたのはフィノだ


「陛下!」

「フィノどうしたんです?」


あまりに急いできたのかモノクルもずれている


「イ、イナト、陛下はおられるか?」

「ええ、あそこに──」


手で方向を指し示すと、慌てた様子でインシグに駆けよる。検分の役員達も何事かとじっと様子を伺っている


「どうした?フィノ……モノクルがずれているぞ」

「陛下、そんな事よりも───使者が来ているのです!」

「どこの使者だか知らんが朝の挨拶の時間に来てない場合は明日に持ち越す決まりだ、明日まで待たせておけ」


インシグが城の規則を再確認させるように話す間にフィノは何度か自分を落ち着かせるために深呼吸する


「───こんなときのフィノの話しって、ろくなもんじゃないんだよね……おれは仕事にもどろーっと──」

「アライナスからの使者です!」

「………ほらね……」


全員がその場に縫いとめられたように止まる


「───何を言っている……アライナスはもうない。そこから使者等くるわけが……」

「蒼銀の髪の使者なのです、とにもかくにもすぐにお会いになってください。謁見の間に通しております」


インシグがこめかみに指をあてる


(次から次へと……海を渡られたら捕獲することはほぼ不可能───かといって今回の使者を放置するわけには)


「まったく!イナトはいつでも出れる準備を、フィノ、ジェイドは一緒にこい!」

「了解いたしました、城門前にてお待ちしております」

「御意に」

「めんどくさっ」



 勢いよく壇上に上がると玉座に腰を下ろす、その脇にはフィノとジェイドが立つ

前方には片膝を着き片腕を床に着く礼をとっている、その男の髪色は間違えようもないミエルと同じもの(旅する者)の物だ

インシグは動揺を慎重に隠し、わざと慇懃にふるまう


「顔を上げよ」


インシグの明瞭な声が響くと、ゆるやかに顔を上げる


「この国は初めてか?謁見の規則を破ってまで来た理由を聞こう」

「───ミルズ国インシグ=ロスワイス=ロノワ皇帝陛下 わたしはユイ=セレスティ=セーレと申します。我々はあるお方を探しております

アライナスの真の王 ミエル=フイレ=リズスティア様です」

「───ミエルは我が婚約者である、それにアライナスは正式に国家解体となった今では亡国

それに王を据えると言うならば各国の承認が必要になる 出直していただこう」


インシグが立ちあがり壇上を去ろうとすると、ユイと名乗った使者も立ち上がる


「真なるアライナスを御存じないのも仕方ない、元よりアライナスを守護すべきミルズが裏切ったせいで世界は混沌としたのだ、今すぐに女王を返していただけなければこちらにも用意がある」


鋭い視線を投げるユイにフィノが一歩進み出る


「歴史の授業なら間に合っています、脅しも脅迫も寛容できません。さっさとお取引を願いましょう」

「脅し?脅迫?では試してみたらいかがです?ミルズの首都に大穴を開けられるのを見てからお決めになってもかまわない」


ユイの瞳がぼんやりと光るがフィノも引かない姿勢をとる


「両者、引け!

ユイ殿、あいにくここにミエルはいない、なんなら今から自由な婚約者を迎えに行く最中なのだ。大人しくここで待っているなら特別に対話できる時間を作ろう

どうする?」


フィノと対峙するユイは


「それならば、わたしも同行させて頂きます。我々の女王の帰還ならばお迎えに上がるのは至極当然」


平行を辿りそうな会話にすら時間が惜しい、渋面を作ったインシグは


「単騎は出来るだろうな?馬車など使わないぞ」

「もちろん」

「良いだろう、着いてこい」


二人揃って部屋を出ていく


「陛下!お待ちくださいっ」

「フィノ、あきらめなって~止めれるわけないんだからさぁ」


馬車着き場を通り過ぎて城門を目指そうと足早に進むとユイは銀の馬車の御者に指示を出す

御者は白馬を一頭引き離しユイに手綱を手渡す


「インシグ様!」

「イナト出れるだろうな」

「はい、もちろんです───」


インシグの後ろにいる男に目を瞠る、それに気付いたインシグは気にするなと合図を送ってくる。インシグが鐙に足をかけて颯爽と乗ると青毛の軍馬は嘶きをあげて走り出す、イナトも後を追うように駆けだす


「インシグ様に続け!」


イナトの号令で騎馬隊も駆けだすと城門には土埃が舞う 圧巻されるほどの騎馬隊が郊外を抜けていくとすれ違う人も何事かあったのだろうかと遠目に伺っている




 美しい港町に着いたミエルはその美しさに圧倒されていた

白と青を基調とした町並みには珍しい白のレンガを敷き詰められた街道が入り組んでいる

潮の香りが風にのって漂う

町の一番広い広場には所狭しと露店が並び、瑞々しい青果や料理をを売っている

その先にある船着き場には市が並び、新鮮な魚介類を売り込む元気な声が飛び交っている

船員達も自由な時間を満喫しているようで外に置かれたテーブルで午後を楽しんでいるようだ


「すみません、客船チケット売り場はどこにありますか?」


船をビットに括りつけていた船員に話しかけると、こんがりと日焼けした顔をあげた


「ああ、この先の曲がり角にある建物がそうさ、だが海を渡るつもりならもう時間外だから明日からのチケットしか売ってないかもな」

「そうですか───教えてくれてありがとう!」


(仕方ないか……とりあえず今日は宿を探して明日出発かな……)


チケットだけでも先に買っておこうと街道を進んでいく、海沿いに続く街道脇にはいくつもの船が仕事を終え港に落ち着いている、すれ違う人々も多種多様で海の向こうから来たのかあまりみない肌色の人や衣装を着ている


「ここかな」


青い屋根には木彫りの大きな看板が下がっている、真っ白な壁には木枠の窓がはまっており中を覗いてみるとまだ何人かのお客がいるのを確認できる

正面扉をあけて中へ入ると、漆喰の白壁には一面に世界地図がそれには航路が描かれている

白塗りの木椅子が並んでいるそこには頭からすっぽりとフードを被った人や立派な顎髭をした恰幅の良い人まで座っている、その正面には窓口がずらりと並んでいるが今、開いているのは三か所のみだ


「どうぞ~」


女性の声がかかる、歩み寄ると


「どちらまでいかれますか?」

「あ~……とりあえずユーユリ土から離れた大陸に行きたいのだけど」

「はい?」


分厚いメガネをかけた署員が首をかしげる


「自由な旅をしているのよ、だから比較的安全に渡れる港ならどこでもいいのだけど、貴方のおすすめがあるならそこまでのチケットがほしいのだけど」

黒いヘアピースを被ったミエルをじっと見つめてくる女性は少し訝しげに見たがしばらくして


「……まさか本当に……」

「え?」

「申し訳ありません!貴方様にチケットをお売りする事は出来ません!」

「はい!?」


そういうなり、窓口にピシャリと柵を下ろしてしまう、その途端にどこからともなく警鐘が鳴り響く


「ちょ、ちょっと何なの?」


窓口の柵の中で必死に頭を下げる署員達を見て、久しぶりに感じる 嫌な予感 に悪寒が走る


「そ、そう……じゃぁまた出直してくるわ」


ぱっと向きを返して正面扉に急いで向かう が 扉とミエルの間にすっと入りこんできた人物に目を剥く


「イ───イナト様!?」


思わず指さしてしまう


「お久しぶりです、ミエル様。覚えていて下さり光栄です」


にっこりとほほ笑む白髪に金眼に一歩後ず去る


「ど、どうして、ここに?あぁ……なるほど、イナト様も旅ですね!」

困った様子で笑うイナトにさらに一歩後退すると背中が誰かと当たる

「そんなわけないだろう。」


聞き覚えのある心地よい低音の声がしたかと思うと、指さししていた手を掴まれる。背後から抱きとめられると恐る恐る、背後の人物を見上げる


「迎えにきたぞ、ミエル」

「インシグ!?」

「三年間待ってやったが そろそろ俺のもとへ帰ってきていただこうと思ってな」


掴んだ手に背後からキスを落としてくる、びりっと火花が散ったような感覚がする


「いやいやいやいや───何を言ってるのかさっぱりわけがわからない!

わたしは城には戻らないから」

「俺の元へと行ったはずだ。」


その途端に担ぎあげられる、いきなり視点が変わったので変な声をあげてしまうもツカツカと売り場を後にしてしまう

イナトや売り場にいた髭男もインシグの後ろを付いてくる


「まさか───売り場にいた全員が……」

「ご明察。もう少し早く気付いていれば逃げれたかもな」


表に出るといつのまにか街道には騎士団が待機している、街の人々も急に表れた城の一団を囲うようにして何事かと騒いでいる。あんぐりと口を開けるミエルを荷物のようにインシグはイナトに預ける


「イナト様おろして!」


じたばたと足が空を蹴る、小麦袋のように担ぎあげられ暴れるがイナトの拘束はびくともしない

困り顔で笑ったイナトは騎乗するインシグを待っている


「ミエル様、どうか観念してくださいね」

「イナトこちらへ」


軍馬の上から腕を伸ばしてくるインシグに渡される


「……っ!いい加減にしてっ!離してっ」


ぐっと腰を支える腕に力がこもったのを感じる


「いい加減に諦めるんだな、これ以上暴れれば公衆の面前でこれを奪うぞ」

唇をつうっとなぞる指が熱を残していく

「────っ!」

「良い子だ。」


公衆の面前でそんな事をされては困る、ミエルは悔しい気持ちでインシグを睨む。にらみを利かせるミエルに気づいたインシグが気にするでもなく、一団に出発の合図を送る

夕日に輝く陽光色の髪を潮風が攫うと、美しい碧の目と形良い口が微笑んでいた

城への帰路中ずっと黙っているミエルの頭上に何度か唇が落とされる

三年前よりも精悍になった顔も身体も声にも何故か反応してしまう


(大丈夫落ち着いて、距離が近いせいで動悸がするだけ……)


ふと視線を感じてちらりと後ろを振り返ると騎馬隊の末尾に白銀のローブをすっぽりとかぶった人物がいることだ 黒い一団の中にいるそれはミエルにある種の違和感を抱かせる


「……インシグ、あの後方にいるのは……」

「───城に着いてからゆっくり話したかったんだが、あれはアライナスからの使者でユイというらしい……お前と同じ髪をもっている者だ」

「!!」


思わず鞍を掴む手に力が入る、胃がむせかえりそうになるのをなんとか抑え込む

フラッシュッバックする記憶が息をあがらせる、自分の役目を終えたと認識してからは悪夢をよく見る様になった。もちろん自分が殺めてきた人達の事や投獄されてからの事だったりとさまざまだ


「ミエル?」

「何でもない───それで何をしに来たの?」

「城に帰ったら詳しく話そう」


近づいてくる城門が見えてくると、三年もの月日がたったのかと不思議になる、立派な門には守衛騎士が立ち騎士団を迎えている

馬を降ろされたミエルは美しい造りのミルズ城を見上げる


(二度とここに来るつもりはなかったのに……)

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蒼銀の僥倖 亡国の王女の帰還  波華 悠人 @namihana

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