蒼銀の僥倖 亡国の王女の帰還 

波華 悠人

第1話

 季節は秋を過ぎたころだと言うのに頭上のすぐ上では灰色の空が重たくのしかかっている。どんよりとした黒い雲からは真っ白な粉雪が降り地面に落ち切る前に風に巻き上げられて舞っている

レンガ造りの歩道を行き交う人々は背を丸くしながら白い息を吐きながら、どこか急いでいる様にも見える


「すっかり雪景色ね、とても以前春の都と呼ばれた街とは思えないわね」


ほうっと熱い息を手に乗せてはみるものの素肌をさらした手が寒さでつきつきと痛む、きょろきょろと夕暮れ時の店舗の看板を見て歩く

(防寒具を買わないと……どこかあいている店はないかしら?)

シャリシャリと凍った雪を踏みながらとある看板が目に入る、まだ明かりもついている様子なので店舗のドアを押す チリンと鈴が鳴る


「いらっしゃいませ~」


間延びした若い女性の声が出迎えてくれる

店内は薄暗いが棚は充実している、毛皮のマフラーや暖かそうなケープ、それにロングの革靴もある


「何かお探しですか~?」

「えぇ、手袋がほしいのだけれども置いてありますか?」

「ありますけど……ここの物はどれもお値段がはりますけど大丈夫ですか~?」

じっとりと上から下まで値踏みされている事に気づく

「?───大丈夫お金はしっかりもっていますから」

「そうですか?では」


そういって一角の棚に陳列されていた籠を持ってくると鏡の前に置く


「これなんかはどうですか?今年の流行りは何と言ってもピンクです!」


差し出された可愛らしい(すぎる)手袋に顔が引きつる


「もっとシンプルなのはないかしら?」

「えぇ~……じゃぁこれなんかはどうですか?これは定番ですよ!」

店員の持った手袋は赤と白の伝統的な模様の生地に毛皮が付いている物だ

「う~ん……あ、こっちがいいわ」


置かれた籠から手袋を取り出す、黒一色に飾気のないそれに

一瞬店員が渋い顔をしたが わかりましたと袋に詰めにカンターに戻っていく

改めて店舗に置かれた姿見に映る自分を見ると店員が訝しがったのが理解できた

長らく取り換えられなかったケープは元の色からだいぶ褪せているし履いているブーツも擦り切れてぼろぼろになっている。方からかけた鞄も何度か肩ひもが切れては修復を繰り返しているせいでくたびれてしまっている

おまけにリリアーナからもらった茶色のヘアピースも上手にお手入れがされなかったおかげでぼさぼさになっている

店内をぐるりと見渡す

(さすがにヘアピースはないか……)


「おまたせいたしました、こちら2800ビーになります」

「ありがとう、じゃぁこれで……」


くたびれた鞄からお金を差し出す お金を受け取った店員はまたカウンターに戻っていく


「ねぇ、このあたりでヘアピースを売っているお店はあるかしら?」


お釣りを数えながら店員は一考しながらもミエルのボサボサになっている髪を見ながらも何か納得したかのようで


「どうだったかな──あ!

大通りの外れに一件あったかもしれないですよ」


お釣りを手渡されそれをケープのポケットに放り込むと礼をして店を出る

すっかり日が落ちてしまった街には月光石のランタンが点々と路地を照らしている

教えてもらった外にあるという店に立ち寄ってはしたものの、すでに看板はクローズになっていたため、あらかじめ予約していた宿に戻る事にする



 「お客様、遅いお戻りでしたね、お探しの物は見つかりましたか?」


カウンターのホテルマンが声をかけてくる、しっかりと制服を着こなした彼は部屋のキーを渡しながら聞いてくる


「ええ、ほら」


手袋をした手を振って見せる


「ヒュウ!───それは良い物だね!高かったんじゃないですか?」

「すごく高かった、だからここの部屋代も払えないかも」


部屋のキーの受け取りのサインをしながら上目づかいに彼の様子を観察する


「それは困った……けど、デートしてくれるなら俺が払うよ、どう?」


明るい黄の髪をかきあげながらかっこ付けるホテルマンに笑ってしまう


「ありがとう、でも残念ね、明日にはこの街を出るの。だから───部屋代はもうかからないってわけ」


キーをくるりとまわして階段を目指す


「もう、街を出るって?だってトワトに着いたのはほんの二日前だろう?」

「もう充分見て回れたから」

「次はどこに行くんだい?」

「さぁ……海の向こうもいいかもね」

「海の向こうね───幸運をいのるよ!」


三階の角部屋に入ると暖炉に薪をくべて部屋を暖める、丸いテーブルに買い置きしておいたパンを並べるとそれを口に運ぶ

ほんのり塩とバターの味がする 冷たい水をコップに注いでパンを流し込むと窓辺に座る

ほんの三年前までここは花の都と称賛され花音際が行われ花が舞っていた

今は花に変わって雪が舞っている

人々は上手く環境に適応しているらしく、懸念していた食糧なども豊かな地方からの輸入がなされている様子の街を見て胸をなでおろした


「さすがインシグね」


しばらく窓の外を眺めていたが、部屋の暖かさと満腹感で眠気に襲われるとベッドに潜り込みそっと瞼をおろしたが今宵もうとうととまどろむばかりで深く眠れそうにない

ミエルが夢に見るのは悪夢ばかりで処刑を免れてからは特にそうだ。死を免れた代償が悪夢なのだろうかと、そうであるならば抗う術は無い




 「陛下、まだお休みなられないのですか?」


執務室を煌々と照らす月光石の下で書類を片づけるインシグは顔をあげる、いつの間にか部屋に入ってきていたフィノが盆を抱えている


「なんだ、いたのか──まったく気が付かなかったな」

「これでもノックはしたのですが、それにしても陛下そろそろお休みなりませんと。明日は重役会議も控えておりますし……」


深く息を吐き椅子にもたれるインシグは窓の外を見る、すっかり夜の帳が落ち切った闇は濃い色をしている


「最近では報告が上がってくるくらいで特に重要な案件はないんだがな。年寄り共の暇つぶしにすぎないがご機嫌伺いもしておかないとな」

「今回に限っては、それだけでも無いようですがね」


モノクルをキラリと光らせるフィノは盆に載せていたカップを机に乗せる、淹れたばかりのそれは湯気をたたせていた


「さすが鷹の目──何を握った?」


にやりと笑うインシグを見下ろしながらフィノが


「陛下に相応しい 新 婚約者を選定したらしいですよ、ご老人達は」


その瞬間、インシグは真顔になると思い切り舌打ちをする


「まったく年寄り共め……無駄に長生きするとロクな考えをしないな。

少しばかり、再教育が必要らしい」


目がすっかり据わったインシグにカップを進めたフィノは机に散らばった書類を整理していく


「ですから、明日に備えて早く就寝してください。後は私がまとめておきます」

「いや……俺がする、明日の事を考えていたら楽しくて眠れそうにない。」


羽ペンにインクをつけるとまた書類に向かってしまうインシグに呆れながらもフィノは捌かれた物を項目ごとにまとめていく

三年前に比べて少し痩せたインシグの精悍な横顔に張り付いた疲れを案じる

書類を触るその指にはミエルと揃いの指輪が収まっている

(ミエル嬢を待ち続けてもう三年になるか……ご老人達の心配もわからないでもない陛下には早くご世継ぎを設けていただかなくては)





 「今年に入り、河川敷に植えられていたコクリの実の収穫予想を大きく上回って予想以上の利益を生んでいる。今年いっぱいで国からの出資を打ち切りにするものとする。また来年からコクリの実の利益は協会が管理し、報告する事を義務付ける。」


インシグの発言内容を各自メモを取る様子を見ながら黙々と会議を進行していく。長い机には三十名の重役が集まっている


「皆からの報告を受けて、指示できるのはこれで全てだ。あと残る花音際に関してだがトワトの花音際を実行できなくなってからもう三年になる。これにとってかわる行事を開催し利益を望みたいがどうだろうか?過去の文献によるとテューイという冬を祝うものがあるこれを代用して──」

「インシグ皇帝陛下、その行事はさておきですな。そろそろ皇帝陛下ご自身のの行事に邁進していって戴きたいとほしいと考えております」


立派な顎ひげを蓄えた老人が目が隠れるほどの眉をさすりながら話す


「俺の行事とはなんだろうな」


さっぱりわからないといった感じで肩をすくめれば


「結婚ですじゃ」

「その通り、いい加減ご世継ぎを設けていただかなくては!」


細い身体をぷるぷる震わせる端に座った老人が立ちあがる


「おいおい、急に立ちあがるな。迎えがきてしまうぞ」


インシグは大仰に驚いて見せる


「皇帝陛下!私達はご世継ぎをこの目で確かめるまではぜっっったいに死にませんぞ!」

「おいっクインズ、皇帝陛下のお身体にお障りはないのだろう?」

「わしに振るかい、ライダン……確かにインシグ様のお身体はご丈夫そのものじゃ

しかし、男ならわかるじゃろ物になるかどうかはご相手次第じゃ」

「なーにを言うか!男子たるものいかなる女子相手でも役に立たせて見せるが紳士という者じゃ!」

「そりゃ、紳士というより変態じゃ」


立派な顎髭をもつ老人が割って入る、それを皮切りに我も我もと発言しだす

顔を引きつらせながらも


「おい、お前達、俺の何がどうなるかは問題ない。俺の妃となる者は一人しかいないと言っているだろう」


インシグの発言に一斉に騒ぐのを止め


「しかしながら、ミエル様は一向にお戻りになる気配もなく、それどころかどこで何をしているか……消息もつかめないままではありませんか」


がっちりした体形の男が机に身を乗り出す様にインシグに問う


「我々も心を寛容にし、三年待ちましたがもうこれ以上は容認できません。国主たる責任において一刻も早く結婚しご世継ぎを儲けていただきます!」

「俺に子が望めなくとも、妹が二人もいる、どちらか一方が婿をとれば問題はない。」

「いいえ、なりません。皇帝陛下の血を断つ事はなりません!

此度はしっかりと 見目麗しく 教養も 品格も そなえた令嬢をご紹介致します。」


(ご紹介……?)

嫌な予感をもったインシグは机に肘を着いて軽く睨む


「わかった、紹介状はあとで執務室に届けてくれ。見るだけならしてやる」

「いいえ、今すぐにお会いになって頂きます、もう廊下でお待ちになられていますのでお呼びいたします」

「なに?」


ライダンがふふんと鼻を鳴らし、ドアに向かう、やれやれといった表情でそれを横目にするクインズは肩をあげてみせる


「おい……」


席を立ちあがろうとするよりもライダンがドアを開けるのが早かった、大きく開かれたドアの前には二人の令嬢が立っていた


「さあさあ、お待たせ致しましたな」


ぐるりと目をまわして素早く息を吐くインシグにかまわず、入室を促された令嬢達はおずおずと進み出る

しばらくの沈黙が流れると クインズが大きく咳払いをするので目を合わせると

『ほれ、はよ挨拶せんかい』

とばかりに目で合図を送ってくる あまりに必死に眼光を動かしてくるのでいい加減知らない振りは出来ないと諦める事にする


「───今日はこんな場所までご苦労であったな、ところで貴方達のお名前をお聞きしてもいいかな?」


席を立ちあがって紳士らしく礼を取る


「は、はい。セラ=シュウ=ベルセデットと申します 此度は皇帝陛下に御拝謁お許しいただきありがとうございます」

「なるほど、お父君は確か政務管理官の地位にあられたな、彼の働きにはいつも感心している」

「あ、ありがとうございます、父も喜びます」


深く腰を下げ完璧な礼をしたのは 緩やかなウェーブのプラチナブロンドの髪に宝石のような瞳のピンクゴールドの瞳を潤ませている


「インシグ皇帝陛下、お初にお目にかかります クロエ=フーユ=ド・コクシュタンと申します」


黒髪を真っ直ぐに伸ばし、切れ長の菫色の瞳は強い意志を覗かせている


「あぁ、もしやクロームの従妹とは貴方の事かな?」

「はい──」


そういって白い頬を染めるクロエにインシグは何度か頷くと、老人達(老人の会員と呼ぶ事にした)を見渡すと一様に満足そうな顔をしている

(さすがに身内を連れてきたわけではないか……それだけは褒めれるが。)


「お二人とも今回はどのように言われてご登城されたのかお聞きしてもよろしいかな?

まさか、婚約者候補と言われたのかな?」

「こ、皇帝陛下、何を申されて──」


ライデンが顔を青褪めさせてる


「お二人も知っての通り私には正式に婚約をした相手がいる、それを婚約者候補として登城したからには相当な覚悟をおもちなのだろうね」


すばらしく猫をかぶった口調で話す

陽光色の前髪から美しい碧の目が細めながら、肩から掛けられた毛皮をなでる指にはアイスブルーの宝石を冠した指輪がミエルの存在を象徴するかのように光り輝いている

六年前に開かれた婚約パーティで只の一度だけ公の場に姿を現した ミエルの事は噂で知っていたが、今なおこの完璧なまでの国王の心を支配するまでの女性だったのかとセラは思う


「わ、私はこの国を思えばこそこうして来たのです……」


セラが優雅に頭を下げ発言する、隣に立つクロエは沈黙の構えを見せている


「どうですかな?どちらがインシグ様に相応しいか検討する時間も必要じゃろう、日を改めてお会いしたらよいかと」


見かねたクインズが助け船を出すと、老人の会一同が一斉に相槌を打つ。


「クインズ……余計なまねを……!

セラ嬢、クロエ嬢。言っておくがこんな事は戯言にすぎん、淡い期待など持たないように進言させていただく、では会議はここまでとする解散せよ」


がたりと椅子を立ち上がると大股で会議室を出る。廊下で待機していたフィノは中で起きた事などとっくに知っている様子で涼しい顔をしている


「とんでもない事をしてくれる……!」

「美しいご令嬢達でしたでしょう?クロエ嬢ならば教養に溢れ、セラ嬢ならば強力な後ろ盾がどちらを選ばれても誰も文句は言いません」

「容姿、教養の問題ではない。」

「政治的にどちらの地位も優位に働くかと思いますが」


カツカツとブーツを鳴らしながら廊下を歩いて行く


「ミエルの意思を尊重してやりたくて放置していたが……そろそろ潮時か。フィノ、ジェイドに例の準備をするように伝えておけ」

「はい、それで期限は」

「準備が出来次第だ」

「御意に」


フィノはそのまま足を止め腰を折ると真っ直ぐに進むインシグと別れ、地下室へと向かう




 城の門を目指して二人の令嬢が歩いて行く


「ああ……あんなに素敵な方だったなんて、ねぇそう思わない?」


セラが横を歩くクロエに話しかける


「私は従兄からよくお話を伺っていたので……」

「そう───私は絶対に皇帝陛下の婚約者になってみせるわ!」


可愛らしい顔を高揚させている様子に呆れてしまう

(あれほどにミエル様を想っていらっしゃる陛下のお目にとまると思ってるなんて)


「セラ様の美貌を目の前にしても皇帝陛下は微動だにしなかったのよ?」

「いいえ、先ほどはあまりお話が出来なかったものだから、インシグ様もお気づきになられなかっただけかもしれないわ!」

「……えぇ……」


クロエはあまり男性と話す事が無いのでそういった事には明るくない、なので適当に話を合わせておくだけにしておく、馬車乗り場が近づいてくるとふいに向こうから豪華な馬車が停まっているのが見える


「あれはどこの馬車かしら……」

「本当だわ、見たこともない馬車ですわね」


だいぶ近くまで来ると、銀色の馬車には白馬が8頭繋がれており、蒼色の花を囲む剣には見覚えがある、間違いなくミルズ王家の紋章に違いない

しかし、馬車の中から降りてきた人物に二人は息を飲む

衿足まである髪は蒼銀で、身に付けている物はまるで神話書でみるような美しい白銀のローブだ御者と何か会話をしていたその後ろ姿だけでも目を奪われる

それがくるりと向き直り、真っ直ぐに城を目指してくる

彫刻のように美しい顔には透き通るほどの青の瞳がしっかりと前を見据えている。前をきっちりと合わせた白銀のローブ裾からは同色のスラックスが颯爽と歩くたびに見え隠れしている

二人とすれ違ったさいには清廉な香りが漂いうっとりとさせられる

後ろ姿をじっと見送ると


「まるで神話書にでてくるエルフの様……」

「クロエったら───でも確かに美しい方でしたわね」

「ええ、それにあの蒼銀の髪───まるで噂に聞いていたミエル様の様ですわね」


 はっとしたサラはもう見えなくなった男の行く先を目線を戻した

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