Session/b
「…んっしょっ……と」
その部屋で創造主-神様は、浮いていた。
「もうちょっと…っと」
独り言。でも、同居人もいなければ、滅多に尋人も訪れないこの部屋では、独り言も気にならない。誰も聞かなければ、何かに観測されることもない。
そんな、捉えようによっては物寂しいその部屋で、髪を後頭部に結えた幼い顔をした彼女は、思い立ったが今とばかりに、部屋中を網羅する光の線のメンテナンスに勤しんでいた。
「うーん。どうしちゃったんだろこの脈。なーんか、ちょっと、ちょーし悪いよね」
他人に同意を求めるような口ぶりも、しかししつこいながら誰もいないために返答はない。最も、その口調でありながら返答など期待していたのかどうかは知る由もない。返事など存在しないことはわかり切っているだろうから自問自答か。
「えーっと、じゃあ捻っとこうかな」
それが何を意味するのかわからないが、本来光り輝いているはずの線に濁りがある部分を人差し指で優しく触り、くりっ、と半回転させる。すると、その線の下から白い光が徐々に濁りを取り去るようにじわじわと浸食し、しばらくして濁りの向こうの光と繋がった。
「ああ、これこれ。やっぱり平和が足りなかったからかなぁ。争いが多いからだろな。ここの脈」
世界を管理するガフの部屋。その中でその少女、神様は一人ごちた。
さも当たり前のように呟き、浮遊を終えて地に足をつく。真っ白だが、フリルなどの装飾が過剰なまでのワンピースがはらりとはためき、その空間にも空気があり、風が起こるということを認識させる。さながら、空から降りてきた少女だ。
軽やかに床を踏む足は裸足。丁寧に整えられた爪は時折壁の脈の光を微かに反射してきらりと光るが、彼女は決して踊っているわけではない。ただ歩んでいるだけ。その歩みが、どこかしらに演舞の要素を感じさせるのは、神楽のせいか。
「じゃあ、今日のお仕事は終わりかなー?」
部屋の中心にある、13の椅子を模した円柱の中心にある円卓に、気怠そうに仰向けに横たわりながら、どこまで続くとも知れない天井に問う。見えるのは果てしなく続く闇と、それを破ろうと突き進む壁から続く光の脈。遥か先で、それらは交わっているのだろうか?愚問。
あたしが混ぜなければ、混ざるわけはない。彼女は思考する。
発した言葉は、誰に問う。誰かに問う。問いに答えは返らぬも自ら探しにいくことにした。
「ちょーっと図書館行ってくるかなー?でもおべんきょうはだるいなー」
ふと、果て無きその光の脈の行く末を眺めていて思う。
神とは、神様とは、創造主とはこれほどまでに退屈か。
こんなにだらけている1分2分で、子供たちの時間はもっとはるかに早く進んでいるというのに。
さぞかし忙しいことだろう。色んな喜怒哀楽が生まれ死に行き、たくさんの出会いと別れとか、生死、淘汰が繰り返されているのだろうけれど。
彼女が待っているのは、それらを遺伝子が歴史経験として積み重ねた後に起こる進化と、それを無視した突然変異。イレギュラーを監視し、見つけて、それがレコードに沿っていくのかどうかだ。全く同じでなくても構わなかった。選択肢は無限にある。人の人生が選択の連続なのと同様、世界もまた、選択していく。時には干渉の必要な、判断の追いつかない選択もあろうが、それも含めて、彼女のやることだった。その基準が詰まっているのが、これまで彼女がやってきたことの全記録が、アカシックレコードたる図書館に存在する。
「やるかー」
気怠い声と共に円卓から身を起こし、頬を二回パチパチと張る。
円卓の周りに椅子よろしく並べられた13ある円柱の1つを踏み台に床に降り立つが、その仕草そのものが神事かと思わされる可憐さを纏って話さない。清楚な空気をそのままに、彼女は部屋の中に2つだけ設置された扉の左を開けてその奥に消える。
憂鬱の安寧は憂慮の寛解。
希望の生誕は絶望の萌芽。
ならば、意志の発芽は、革命の予兆か。
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