キリギリスのあり方

 夏から秋にかけて、アリは冬の食料を蓄えるためにせっせと働いていたのに対して、キリギリスはヴァイオリンを弾いて歌って楽しんでいた。やがて冬が訪れ、キリギリスは食べ物を探すが見つからず飢えに苦しむ一方で、事前に備えをしていたアリは巣の中で食うに困らぬ生活を送っていた。物乞いするまでに落ちぶれたキリギリスを哀れんだアリはキリギリスに情けをかけてキリギリスに食料を分け与えることにした。こうしてキリギリスは一年目の冬を乗り越えることができた。


 二年目の冬、キリギリスはまるで成長していなかった。一年目の冬にあれだけ惨めな思いしたのにもかかわらず、去年と同じように冬支度をろくにしないで夏から秋にかけてヴァイオリンを弾いて歌ってうつつを抜かしていたのだった。キリギリスはやっぱり食べ物にありつけず、去年と同じように蓄えのあるアリに物乞いをした。しかし、今度はアリは、キリギリスに分け与えることはしなかった。自らの行いを省みないキリギリスにアリは呆れ果て、見捨てることにしたのだった。


 三年目の春、アリの前にキリギリスの姿は無かった。冬の間アリからの施しを受けなかったキリギリスの多くが死に絶え、生き残った者たちは別の住みやすい所に移住しに行ったという。生き残る術を持たない者は消え去る、自然界では当然の摂理だった。生き残ったアリはその地で繁栄するかに思われたが、事態は思わぬ方向へ動いた。アリたちの労働意欲が減退していたのだった。そもそもアリだって好んで労働をしているわけではない。叶うことならばキリギリスみたいに遊んで過ごしたいと大半のアリは思っている。キリギリスがいなくなったその地は、望まぬ労働を強いられてストレスを溜めたアリがただ黙々と働くだけのつまらない所となっていた。三年目の冬は、アリたちは皆乗り越えられたものの、非常に活気のないものだった。


 四年目の春、アリの長は、この現状を解決するためにキリギリスを呼び戻すことにした。キリギリスの音楽はこの地の活気を取り戻し、アリたちのストレス解消になると考えたのだった。アリの長は各地に離散したキリギリスに呼びかけ、冬場の食料を分けてあげる代わりに、アリたちに音楽を聴かせてあげるように取り引きを持ちかけた。その結果、多くのキリギリスは元いた土地に戻り、今までのようにヴァイオリンを弾いて歌う生活をするようになり、その地は活気を取り戻した。四年目の冬が訪れた時には、アリからの情けではなく契約に基づいた形でキリギリスに食料が分け与えられた。このやり方に不満を覚えるアリも何匹かはいたものの、全体的に見ればアリの労働意欲は大幅に向上し、アリの長の目論見は当たったのだった。


 五年目の春、再び活気づいたその土地に新たな種族が移住してきた。その種族はセミだった。セミはキリギリスと同じように夏から秋にかけて歌を歌う種族であった。しかもその歌はキリギリスよりも各段に優れていて、アリはセミの歌を聴いては日々の労働のストレスを発散していくようになった。その上セミは冬が訪れる前にその命が尽きるので、冬場に食べ物を分け与える必要はない。アリにとってセミはこの上なく都合の良い移住者だった。音楽の質はセミに劣り、しかも食料を分け与えなければいけないキリギリスはもうこの地には不要と考えたアリの長は、キリギリスとの取り引きを打ち切った。五年目の冬、キリギリスに食料を分け与える必要は無かった。しかし、アリは妙に何かが満たされていない様子だった。


 六年目の春、音楽ではセミに劣り、しかもアリのような労働生産性もないキリギリスは、この土地に自分たちの居場所はないと悟り、再び別の地に移住しようとした。それを止めたのはアリの長だった。またこれまで通り冬に食べ物を分け与えるから、この土地に居てほしいと頼んだ。自分たちの役割はセミに完全に奪われたのに、なぜここに残るように頼むのだろうかとキリギリスは疑問に思った。アリの長は、その方がアリたちにとって良いと答えただけだった。


 セミの歌はアリたちを活気づけ、アリたちは日々労働して冬に備える。キリギリスは何の生産性も持たず、ただ遊び呆けて冬にはアリの施しを受けるだけの存在だった。毎年冬に惨めなキリギリスに食料を分け与えるたびに、アリは悦に入った状態だった。望まぬ労働を強いられるアリたちにとって、キリギリスのようなより格下の存在がいてくれた方が幾分か心が救われるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

加トのべる 加東春 @kato_u_syun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ