子どもを産む機械
歴史的な発明になるかもしれない装置が作られた。それは子どもを産む機械だ。といっても錬金術的に生命を創り出すものではなく、精子と卵子を交配させて胎児を作り、さらにその胎児を育てる、つまり母胎が担う機能を全て行ってくれる装置が発明されたのだった。
この装置は大きく社会に貢献できると考えられている。女性にとって妊娠は大方苦痛を伴うものである。お腹に子どもを宿すことで、身重になり身体的に大きな制約がかかる。働く女性にとっては大きなハンデとなり、休職を取らざるを得なくなり、場合によっては仕事を辞めさせられることもある。子どもを産む直前の時は特に辛いもので、壮絶な痛みの中で子どもを産むことになる。大昔から、子どもを産むということはそれだけリスクのある大変なことであった。
今回発明された子どもを産む装置は、そういった妊娠・出産に伴う苦労をすべて機械が担ってくれるという。これは、女性の社会進出をより促進させ、引いては社会全体の生産性を向上させる大きな足がかりとなるだろう。民衆からの期待は高かった。
子どもを産む機械の実用化に向けて、試験的運用として、志願てきた何組かの夫婦の子どもを作ることにした。その中の夫婦のうちの一組が、自ら機械で子どもを作ることを志願してきたものの内心不安があったので、装置を開発した人に相談してきた。不安を抱えていたのは、主に妻の方だった。
「私の姉は子どもを妊娠して出産するまでとても辛い思いをしていました。その姿を間近で見てきた私にとって、代わりに妊娠をしてくれるこの装置はとてもありがたいものだと思います。ですが心配なことがあるのです。出産の苦痛を経て産んだ子だからこそ、母親は子どもを愛せると私の母が言ってました。この装置を使って、苦痛を避けて産んだ子どもを私は本当に愛することができるのでしょうか。」
開発者は自信ありげに答えた。
「それでしたら心配はありません。苦しんで子どもを産まないと愛せないなんて迷信です。養子でも愛している親もいるし、苦痛を伴って出産しても虐待する親もいます。結局は人それぞれです。少なくともそういう心配ができるあなたなら問題なく子どもを愛せるでしょう。」
相談にきた夫婦はその言葉を聞いて安堵し、子どもを産む機械を使うことにした。
提供された妻の卵子と夫の精子を機械の中で交配させて人工的に受精卵を作った。これで夫婦のやることは終わり、これまで通りの生活に戻る。共働きの夫婦だったので、仕事を続けた。従来通りの妊娠だったら、妻は産休を届け出なければならないが、その必要がないのはとても助かることだった。特にすることといえば、子育てに必要な物資や知識の収集だった。装置の方も問題なく機能し、受精卵は無事に退治となり順調に成長していった。むしろ、胎児を育てる以外に普段の生活でエネルギーを消費している母胎よりもずっと効率的にその機械は母胎の機能を果たしていた。人間ならば妊娠から出産まで10ヶ月かかるのが、機械なら6ヶ月で済んだ。子どもは無事に産まれた。
夫婦にとっては、大きな苦しみも負担もなくこれまで通り過ごして気づいたら子どもが産まれて引き取ることになった状況に、初めは呆気に取られていたが、事前準備はしていたので特に問題はなかったようだ。
三年後、機械で産まれた子どもの経過観察のために、装置の開発者は夫婦のもとを訪れた。子どもの方は問題なく健やかに育っていたが、開発者は妻の姿を見て驚いた。妻はマタニティウェアを着て腹を膨らましていた。妊娠していたのだった。機械を用いて問題なく子どもを産んで育てられているにもかかわらず、あえて妊娠をすることを選んだ理由を聞いた。その理由は意外なものだった。
「確かに子どもを楽に産めて良かったんですけれど、何だか張り合いがないというか、あっさりしすぎてたんですよね。妊娠するのは確かにリスクがあって大変ですけれど、そうして子どもを産んだ方が達成感がある気がするんです。」
なるほど、ゲーム感覚で子どもを産むようなものと開発者は納得した。実際に、子どもを産む機械が広く世に普及するようになってからは、生活に余裕のある者が嗜みとして妊娠を選んでいた。
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