君と出会ったこと

 「ねぇ、私たちはどうして出会ったのかな?」

 私は隣の友達に聞いた。

 人間かも検討もつかない友達は、何処か私を懐かしくさせた。

 「さぁね。偶然と言ったら、聞こえが良いかもね。」

 微笑んでいるような口調で答えた。

 実際、顔が黒く滲んでいて、顔が見えない。だから、本当に微笑んでいるかはわからなかった。

 友達はふらっと顔を振る。

 「それとも、必然かな。どちらにせよ、聞こえは良いよね。」

 友達は口の辺りに手を当てた。手までもが黒かった。

 私は少し黙って、友達を見つめていた。

 「ねぇ、なんで立っているの。」

 私は座っている感覚だからだ。

 「ん。ああ、なんでだろうね。」

 友達はとぼけたように身振りする。

 「しんどくないの?」

 「ん~、しんどくはないな。」

 「脚、強いの?」

 「ん~、まず感じないかなー」

 友達は自分の脚を見て言った。

 改めて私は友達の全身を見る。

 服は着ているようだが、影のように黒く、暗く、そして何より詳細に姿が見えなかった。

 視線を感じたのか、友達は自分の身体をきょろきょろと見た。

 「何か、ついてるかな」

 「んん。何も」

 「私をずっと見るなんて、物好きだね」

 「だって、あなたしか居ないもの」

 「そうかな」

 友達は首を傾げる。

 「あなたは、友達がいないの?」

 私は戸惑った。

 「私の勘違いかもしれないよ?そんな、深い意味はないよ?」

 「そうだよね……でも、本当にいないかもね……」

 「どうして?」

 「だって、私、身体弱いからさ……ずっと、入院してて、学校、ほとんど行ったことがないんだよね……」

 「そっか、それは悲惨だね」

 「そんな、すごい言い方しなくても……大したことないよ。ありふれた病弱な人間だよ。」

 「ありふれた人間でも、やっぱり友達は居ないんでしょ?」

 「うん」

 私は頷いた。病弱ということだけが違うが。

 友達は呟いた。

 「それは、可哀想だね。」

 「どうして?どうして、可哀想なの?」

 「あなたは、人間としての悩みがあまり無さそうだから……」

 「……その言い方、ちょっと、酷くない?」

 私は少し傷ついた。

 「ごめんなさい……傷つけるつもりはなかった。言いたかったことは……」

 

 あなたは生きるということを楽しめなかったのね。

  

 しばらくして黙っていた私に「ごめんなさい」と友達は言った。

 確かに私は生きているという実感がなかった。ずっとベッドの上だったからだ。生まれてからのほとんどの世界がベッドだった。学校と言う世界を知らない。世間と言う世界を知らない。何より、子供、青春、という世界を知らない。

 今思えば、友達と笑って、悩んだりしたかった。

 二人とも黙ってしまった。

 「だったら、私と遊ぼうよ。」

 友達は突然に言った。

 「え?」

 「私と遊ぼう」

 「でも、こんな身体じゃ……」

 「いいよ。そんなの関係ないよ。」

 私が治してあげる。

 そう言って、私の頬に黒い手が触れる。冷たい感触の筈なのに、温かい感じがした。

 身体がポカポカしてきた。稀に感じる元気が私の身体の内側から広がって来た。

 立てる気がした。足に力を入れようとすると、足だけが少し動いた。

 「立ちたい?」

 私は友達に支えられながら、腰を浮かそうとした。腰が自然と浮き、膝が思うように曲がって、太ももに力が入り、ふくらはぎを伸ばそうとする。

 立てた景色は、高かった。

 「身長……こんなに伸びてたんだ。」

 「うん。そうだね」

 ちょこんと、友達と並んでみれば方が触れ合い顔の直ぐ近くに顔があった。

 「立てた」

 「うん。立てたね。」

 笑いあった。

 楽しかった。

 「なんか楽しい。」

 「そう?」

 じゃ、あそこまで走って行こうよ

 うん!

 私と友達は駆け出した。


 「6時33分」

 娘の永眠が知らされた。「

 私が仕事へ行こうと、家を出ようとしたとき、スマホがコールした。

 病院からであったため、嫌な汗が一瞬出たが、意を決して出れば、娘の訃報だった。

 すぐに来るよう告げられたので、泣き出しても仕方なく、会社に一報を入れすぐさま娘の元へと向かった。

 ずっと入院していた娘だったので、本当に生きて笑っている娘の顔を感じたことが無かった。

 親失格というのはわかっているが、私も一人の人間だ。人間としての娘を見てみたかった。

 娘に寄り添い手を握ることしかできない。

 間もなくして、夫が到着。連絡してから30分といったところだ。

 「すまん。遅れた、車混んでて。」

 言い訳もまともに聞くことも出来ず、そう、と力なく答える。

 「この子、頑張ったよね。必死に、闘ったよね。」

 涙を流さないで、夫に同情を求められなかった。

 「ああ、そうだ。この子は頑張った」

 皮の厚い手が、私の肩を包んだ。そして、娘の手、私の手ごと夫の手で包んだ。

 家族3人が久しぶりに肌で触れあった。

 「生きたかったんだよね。生きたかったんだよね。生きたかったんだよね。」

 私は求めた。

 「あぁ、そうだ。生きたかったんだ。」

 夫は涙腺が崩壊した目と共に答える・

 二人が娘の手を抱え込んで、悲嘆にくれているとき。

 娘は、生きてるよ、と微笑んでいる。

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