私を捕まえて
私のニュースが流れてる。
私は、どう思われてるんだろう。今となっては知る由も無い。
それは衝突により、白いセーラー服が濃血に染まっていた。
即死と思われるその人間は血まみれで、はっきりと人々の目の中には映っていない。
たちまち駆けつけた野次馬共がスマホをかざし、冷酷なレンズをその人間へと向ける。カシャ、カシャ。空しい電子音が夕焼けに差し掛かる時間に刻み込まれていく。
何故、あの人間は生きることをやめたのか。僕には知る由も無い。というか、僕が知ったところであの人間にしてやれることなんて何も無い。
先ほどとは比べ物にならない人だかりが出来ていた。もう、あの人間もうは見えない。が、人混みの中から僅かながらに、女の髪の毛らしい束が覗いた。
僕は釘付けになった。非現実的で、夕焼けにより照らされた線路の上に美しい血溜まりを作っていた。夕焼けの光と赤血球が混色され、より強い濃血を作り出していた。
「大丈夫ですか?」
唐突に声を掛けられた。声の主は、20代と思われるOLのようだった。何を見て、大丈夫ですか、と声を掛けたのかわからない。
「えっと……?」
「いや、あなた。泣いてますよ?もしかして、知ってる人だった?」
女の言葉で近くにいる大人たちは冷たい目で僕を見た。
僕は声を潜めて言う。
「違いますよ」
「じゃあ、何で泣いてるの?」
そう問いかける女の目が怖かった。
「いや…何もないですから」
僕は夢中になって走った。
家に着いた。涙はもう枯れていた。
乾いている肌にはざらざらとした感触を感じる。
駅から、全速力。足は振るえ、心臓はかつて無いほど脈打っている。頭が朦朧とし、立っているだけで寿命を使っている気分になる。
荒い息を整えながら僕は鍵の開いたドアを開けた。我が家から、母のお帰り、が聞こえた。
ただいま。
テレビではあの駅であったことが報道されていた。
電車へ飛び込んだのだから、運行に多大な影響が出ていると言う。父は今日は帰れないかも知れない、と電話越しに母へ嘆いていた。
「全く、電車になんて飛び込んでくれるな。」
漏れてきた言葉が大したことでもないのに、僕は自然と反発したくなった。
一言、二言話し母は受話器を置いた。
「お父さん、帰れないかも」
母は父を心配していた。
「そう。無事帰って来れるといいね」
「そうね」
母はソファに腰掛け、テレビに向かう。
「飛び込みねえ」
母は呟いた。
「どうして、飛び込んだんだろうね。何か悩み事でもあったら友達とかに打ち明けたらよかったのに」
報道では近くにロックが掛かっていないスマホが発見され、中には
お母さん。お父さん。ごめんなさい。
生きることに疲れたの。ごめんなさい。
さようなら。
という文面のメモがあり、彼女であるとされたらしい。
駅内は非常線が張られており、時間が経った今でも、馬鹿な野次馬どもはスマホをかざしていた。
「ドラマでしか、見たこと無い」
「本当ね。こんなところで飛び込むするなんて」
「本当。いい加減にしてくれよ」
「飛び込み?まじか、カメラ」
雑音混じりながらも僅かに入ってくる声は、きっと彼女の心を抉るのではないだろうか。
「さて、ご飯の準備しよ」
母は立ち上がって台所へと向かった。
冷たい布団の中。
ご飯を食べ終わった後、お風呂に入り、出る頃に父は帰ってきた。
父は機嫌を斜めにして、靴を脱いで居間へと入って行く後姿は微分の怒りが滲んでいた。
布団を頭から被り、今日のことを思い出す。
何も知らないくせに、どうしてあの女の子を見て泣いてしまったんだろうか。思い出せば、また視界が滲み出す。気付けば、布団を濡らしている。感情もなく、僕は涙を流した。
スマホを手に取り、今日のこと調べてみたら、色々な記事が上がっていた。
○○駅にて女子高生飛び込む。
今日の夕方、女子高生が飛び込み。電車影響大
いじめが原因か。女子高生、電車に飛び込む。
どれも、蚊帳の外の大人が騒ぎ立ている記事ばかりだ。それも、どれも誇張している。
彼女に非常線を張れば張るほど、余計に彼女を追い込んでいるのに気づいていない。
しかし、彼女はどうして生きたくなかったのか。何か思い悩んでいたことでもあったのだろうか。それとも、苛められていたのだろうか。
ある2chでは、少女の身元が晒されていた。
少女は学校でいじめに遭っていたらしい。
教師も認知していたらしく、対策へと動いたらしい。しかし、彼女の机が教室の窓から放り出されたとき、責任を感じて担任が辞職したのを機に、教師たちも彼女を相手にしなくなったという。
2chに限らず今も、ネットで色々な言葉が浴びせられている中、遠くにいる彼女は何を思って、何を伝えたかったのか。人にも言えないほど、追い込まれることが僕ら子供にもあるのかと思うと、ぞっとした。それは、理不尽以外の何もでもなく、ただただ無力を思い知らされる、地獄みたいなものだ。
僕は濡れている布団に顔を埋める。そのまま、悲しい感情に支配されながら、眠りに落ちた。
朝が来た。
今日も登校のときだ。眠たい目を擦り、固定観念に支配された制服へと袖を通す。これさえ、無ければ彼女は生きることをやめなかったのだろうか、と家を出るぎりぎりの時間まで考えていた。
清掃され、ことが収まった朝とはいえ、改めて足でホームを踏めば、少し口内に血の味が広がった。周りが見えなくなり、轟音を鳴らしてホームへと侵入してくる電車とすれ違う。
瞬間、恐怖のあまり涙が流れた。
自殺は勇気ある行動だ。
僕は痛感した。このスピードに目掛けて自分の身体を打ちつけようとするなんて、怖気づいて僕には到底出来ない。
それに、それに、それに。自殺するまでに追いこまれる心情と言うものは、決して僕に理解できるものじゃない。本当に自殺するまでの心境になってみないと分からない。救ってほしいのに救ってくれない。救おうとして、もう手遅れの焦燥感と、嫌悪感と、絶望感。果てしない、底に身を沈めなければならない気持ちとは、ネットや、メディアで話題集めで記事を書いてる大人や、他人のことなんか気にしないで自分のことしか考えない大人たちにはわからない。
ましてや、今を共に生きる子供である僕らですら彼女の気持ちには共感できるわけ無い。
怖すぎる、これに突っ込むなんて。
電車は停車し、扉開く。
流れ出た人だかりに、僕は流された。
冷たいタイルに沈鬱な足音を響かせながら個室へと飛び込んだ。
涙がタイルに落ちる。
あのホームに若干の生臭さを感じた。それは、血なのかそれとも彼女を思ってしまう僕の感情のせいなのかはわからない、が途端にむせた。
便器に腰を下ろしても、感情が和らぐことは無かった。むしろ、悪化する一方で僕は手のひらで顔を覆った。
自殺するということはとても覚悟のいるものだ。
あの速さ、電車に打たれる重さ、衆目の的。全てが恐怖の対象であり、一種心をなくさないと無理だ。
大人はよく言う。
「今ある命を精一杯生きなさい。」
自殺が否定されようものなら、精一杯生きることが出来ようもない人間はどうすればいい。
学校へ行き、クラスメイトから苛められ、味方と信じて疑わない人間が敵だったとき。それは救いようも無い現実だ。そこで、精一杯生きろ、だなんて綺麗ごとだ。
慰めの言葉は、少女には送られないのだろうか。せめてもの、彼女が精一杯生きていなくとも、状況を変えようと、必死に行動したことを、僕たちは称えるべきなのではないのか。
彼女は自殺したのではなく。飛び立ったのだ。広い世界へ、誰も自分のことを傷つけないような世界へ。都合のいい話なんかではない、それは少なからず皆が求めているものであり、只、人間としての形が違っただけではないのだろうか。
涙は止まり、視界が晴れた。扉は灰色の能面を被っている。
少女は、苛められているとき、一度はこうやってトイレに閉じこもり顔を覆い、自らの手で命を絶とうと試みていたのだろうか。
手は涙にぬれ、それは前日見た、彼女のそれと錯覚させた。
気持ち悪くなって、ポケットからハンカチを取り出し、手を拭こうとした。地面から硬い音が鳴りそちらへと目を移す。一緒に入れていた、スマホが地面においていた。
拾い上げれば、画面が自然につく。
今日は始業式の後日であった。そうか、昨日は始業式だったけ。近い一日が遠い一日のように感じる。
時刻はもう、さよならだった。
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