第2話 ワサビの執念

 横田ワサビの1人息子で、京都へ潜入捜査にあたっていた若い捜査官、横田篤史が何者かの凶弾に殺されてしまう。しかし警察の調査結果はギャングの抗争に巻き込まれ、無差別殺害されたというものであり、それに納得できず、怒りに燃えるワサビは、息子を殺害した犯人を探し出すことを決意。そして、その復讐心だけを支えに、息子が殺された木屋町へ、たった1人で踏み込んで踏み込んで調査する。この地域では、チャイニーズマフィアと地元マフィアとの激しい抗争が続いていた。そんな状況も意に介さず調査を続ける。しかしその直後、意外な人物が容疑者に浮かび上がる。

 佐伯が死んだのを烏丸御池駅近くにあるビジネスホテルの食堂のテレビで知った。

 佐伯は元軍人で、裏カジノ『ウラノス』を経営していた。佐伯の父親は高校教師だったが、とんでもない暴力教師で生徒ばかりか部下を殴ることもあったらしい。

 板倉梅太郎って若手は毎日のように殴られていた。証言してくれた江口織絵って女性教師によると、唐辛子を大量に食べさしたりしたらしい。

『で、板倉先生は?』

 横田ワサビは夕暮れの2年2組で江口織絵に質問した。 

『無断欠勤していたので解雇されました』

『佐伯は何故辞めさせられなかったんですか?』

『校長先生と仲がよかったみたいです、ゴルフにもよく一緒に行ってましたから』

 板倉は復讐の為に佐伯の息子を殺した。それが横田ワサビの推理だ。オードブルを殺し終え、板倉はメインディッシュを殺す為に塩原にある佐伯邸を襲うはずだ。

 妙な気配がしたので振り返った。

「あれ?中村さんじゃないですか?」

「横田さん、奇遇ですね?」

「20年ぶりですねぇ?」

 あの頃、横田ワサビはまだ30代だったが、定年に近い年齢だ。フサフサだった髪は

、痛いほど薄くなってる。

「お知り合いですか?」

 毛塚が鼻をヒクヒクさせてる。

「あぁ、昔デカい事件があってな?そのときに一緒に捜査した、麻薬取締官の横田ワサビさんだ」

「随分と若いな?」

「名古屋署の刑事課長、毛塚君です」

「あれ?君も名古屋署でしたよね?」

 横田ワサビが言った。

「今は愛知県警で働いてます」

「これはこれは出世なさったんですな?」

 

 温泉旅館の家に生まれた和也は、社会への憎しみを抱かえて育った。大人になると、彼は宇都宮にある電子工場の社長令嬢・貴美子を誘惑し、町の名士の仲間入りを果たす。そして上流階級相手のクラブを経営するが、彼を待ち受けていたのは殺人犯の汚名を着せる罠だった。2009年6月7日のことだった。

 それから10年、服役していた和也が帰郷する。自分を嵌めた真犯人を暴き、復讐を果たそうと動き出す。


 草間恵子が名古屋の高層ビルから転落死した――横田ワサビと毛塚光一はテレビニュースを見て驚いた。草間恵子は昭和の終わりアチコチで爆破テロを起こした主犯だ。『警察は事故と自殺の両面で調べを進めているといます』という、美人リポーターの言葉に2人唖然とする。

「一体、草間の身に何が起きたんでしょうね?」

 横田ワサビが隣に座る毛塚に尋ねた。

 毛塚はざる蕎麦を啜っている。毛塚たちは佐伯邸近くの定食屋で夕食をとっていた。佐伯邸に向かったが、もぬけの殻だった。『食事をしてからもう一度尋ねる』横田ワサビの案だったが、中村は1人で佐伯邸を張り込んでいた。そうなることを予想してコンビニで食事の準備をしておいたらしい。

「さぁ?仲間割れとかそーゆーのかも知れませんね?おばちゃん、ワサビある?」

 毛塚がテーブルを拭いてるふくよかな割烹着姿の女性に尋ねた。

「ないよ」

「ワサビならここにいます」

 横田ワサビがギャグった。

 

 草間小夏は灯りもつけない仏間で、自分はなぜ娘の思いに気づくことができなかったのか?と自分を責めていた。娘は60歳で亡くなった。小夏は来年で81歳になる。ただでさえ疲労感があるのに……。

 遺体はまだ戻って来ていない。司法解剖が行われている最中だ。

 首でも括って死のうか?そう思い立ったとき小夏の元に現れたのは、娘の高校のときのクラスメイトの澤村静香という女性だった。


 静香に「恵子は遺書や日記を残していなかったんですか」と尋ねられ、そのまま2人で恵子の日記を探すことになるが、実はこの女は恵子を死に追いやった人間の1人だった。


 俺はリュックサックからビニール袋から明太子おにぎりを出してパクついた。佐伯邸近くの木陰で張り込んでいた。のざえそうになったのでペットボトルのお茶で流し込んだ。

 残るおにぎりは2つ、昆布とツナマヨ。

 昆布を食べようと手を伸ばしたとき物音がした。ガラスが割れるような音だ。板倉梅太郎が復讐しに現れたのだろうか?

 俺は息を潜めて玄関のドアに近づいた。

 ホルスターからニューナンブM60を抜いた。弾丸をシリンダーに5発装填した。

 鍵は開いていた。リビングルームで禿頭の老人が胸から血を流して死んでいる。死者は佐伯の父親、佐伯進で間違いないだろう。佐伯進はソファに仰向けに倒れて死んでいた。キッチンの窓ガラスが割られていた。

 俺はおそるおそる屋敷の中を調べた。2階建てで、結構広い家だ。犯人はいなかった。

 俺は毛塚に連絡をした。警官ではない横田ワサビを現場に入れるわけにはいかない。横田ワサビは旅館で待つとのことだ。あまり、現場を踏み荒らすのはよくないので、外で残りのおにぎりを食べて待った。

「大丈夫でしたか?」

 手塚が現れた。ニューナンブを手にしている。

「何とかな?」

「板倉梅太郎の仕業だろうか?」

 玄関のドアは開いていたので密室殺人というわけじゃない。キッチンの窓は人が出入り出来るような大きさはない。レンガか何かで外側から割って、鍵を開けて侵入するというトリックを思いついたが不可能だ。

「分からない、地元警察には連絡をしておいた」

 覆面パトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。ゴリラみたいな瀬尾総一朗って塩原署の刑事は俺たちを疑って来た。

「卑劣な連中だ」

「俺たちじゃないですってば」

 瀬尾は現場検証に入った。宿に戻っていいとのことなので、俺たちは現場を後にした。

  

 午後8時過ぎ、旅館に到着。ロビーで横田ワサビと合流した。

「災難でしたね?」

 浴衣に着替えてゆったりしている。

「ええ、もう風呂入ったんですか?」

「ナカナカよかったですよ?」

 テレビではお笑いをやっていた。死んだはずの横山やすしが蛍原と漫才やってる。最近、蘇生薬ってのが開発された。そのおかげかも知れない。臨時ニュースに切り替わった。渋谷駅の近くで銃乱射事件が起きて、20人も亡くなったらしい。

「げぇ、犯人まだつかまってないのか?」

 毛塚が言った。

「そいじゃ、俺たちも風呂に入るとするか?オケツ」

「そのあだ名勘弁してください」

 木造の階段を下りると谷底になっている。

「真犯人がいたらどうします?」

 毛塚の全身に鳥肌が立った。

「ビクビクし過ぎだよ」

 川岸は露天風呂になっている。

「コイツは豪快だな?」

 俺は湯巡りが趣味だ。鹿児島の霧島温泉、群馬の伊香保温泉いろいろ行った。鹿股川沿いの岩盤に湯船が切られてある。

「秘密基地みたいですね?」

 毛塚がはしゃいでいる。

 俺は湯船に体を沈めた。川面と対岸の木々が間近に眺められる。

「はぁ〜、極楽極楽♨」

 創業は1674年というから驚きだ。

「江戸の頃からあったんですね?」

 毛塚は顔が猿みたいに真っ赤だ。

 その日は特に収穫がなかった。


 翌日は佐伯邸周辺を聞き込んだが無駄骨に終わった。夕方5時に旅館に戻り、風呂に入りビールを飲もうとすると、スマホが鳴った。

 部下の田中蝶子警部からだ。最近、愛知県警刑事部に配属したオバサン刑事だ。

『あ〜田中です。板倉梅太郎を板室温泉で見つけました』

 那須高原の西、那珂川沿いに湧く国民保養温泉だ。俺は横田ワサビと板室温泉に向かうことにした。毛塚は腰が痛いとかで出動しない。

「若いのにど〜しょうもないな?」

 タクシーを呼び、警察手帳を俺は見せた。

「少しスピードを上げてくれ、責任は俺がとる」

 タクシーは宵闇の温泉街をグングン走る。

 板倉は大黒屋って洗練されたホテルにいた。館内には現代アートが飾られている。

 蝶子は脱衣所の前にいた。

「板倉はサウナに入ってます」

 俺とワサビは素っ裸になりサウナに入った。アタラクシア(心の平安)と名づけられた遠赤外線のサウナで板倉は横になっていた。

「あっちー」

 ワサビは汗ダラダラだった。

「板倉梅太郎さんですよね?」

 隣に座り、俺は尋ねた。

「そうですが、アナタは?」

「愛知県警の中村です」

「警察が何の御用です?」

「佐伯進さんをご存知ですよね?」

「だれですか?それ」

 俺の中で板倉への犯人パーセンテージが急上昇した。 

「あなた佐伯氏から嫌がらせを受けていましたよね?」

「あぁ、最近脳の病気をやりましてね?思い出せなくなることがあるんです」

「それは大変だ。ところで昨日の午後2時〜午後6時どこにおられました?」

「昨日は東京に遊びに行ってました。渋谷は都会的ですね?NHKスタジオパークに遊びに行きました。夜、銃乱射事件に遭遇して、メチャクチャ走って逃げました」

「そりゃあ災難ですね?」

 ワサビが言った。

「撃たれた人が真後ろに吹っ飛んで、映画みたいだったなぁ」

「嘘つくんじゃねぇよ」

 ワサビの声が鋭くなった。

「はっ?」

「撃たれた人間は真後ろには吹っ飛ばないんだよ」

「えっ?」

「科学的に不可能だ。アクションシーンじゃ、よく見られるが?ありゃあ無理がある」

「ワサビさんの言うとおりだ。俺も何度か銃撃戦に遭遇したが、吹っ飛ぶ奴は1人もいなかった」

 パニックを起こした板倉は俺の顔面をぶん殴ってきた。メチャクチャ痛かった。これが2回目の痛みだ。

 ワサビは目にも止まらず早業で板倉をノックアウトした。ワサビの裏拳はまるでブルース・リーみたかった。

 板倉は逮捕され、佐伯進を殺したことを認めた。凶器のナイフは供述どおり佐伯邸近くの雑木林から見つかった。

 ワサビのスマホが鳴った。

 情報屋からだった。

《西条だ、黒井が見つかったぞ?》

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