④
領主の娘が、死んだ。
その知らせを聞いたのは荘園へと薬草の買い付けに出ている最中のことで、馬車をひたすらに走らせ領主の屋敷へとたどり着いた頃には、既に葬儀は終盤であった。
息を切らしながらも野次馬であろう領民の間を縫うように進み門へと辿り着けば、普段はこちらの屋敷では目にすることのない警備兵が行く手を遮る。
「僕はその……彼女の友人です。通していただくわけにはいきませんか」
警備兵は領主の本邸の方でもよく見かける男であり、向こうもこちらの姿に見覚えがあったのだろう、目じりを下げるもそこから動かない。
「身内のみで静かに見送らせてほしいというのが、領主様のご意向ですので」
どうかご容赦を、と頭を下げられてしまえば、こちらも何も言えなくなる。
周りの野次馬の囁き声を耳にしながら柵の隙間から中を覗けば、庭園で領主が棺桶を見下ろしているのが見えた。
その横には恐らく親族であろう幾人かの身なりの良い老若男女に、商会会長とその息子の姿もある。
商会会長は表面上だけでも真剣な面持ちを取り繕い、何やら領主に話しかけているが、そのドラ息子はと言えば退屈そうにそっぽを向いている。
「可哀そうに、顔を切りつけられた挙句に腹を刺されたそうだ」
「確かまだ十五だろう? お若いのに、どうしてこんな目に」
顔の上には覆い布がかけられているが、棺桶の中に広がる太陽の光を浴びて煌めく黄金の髪を見れば、それが誰であるかは明白だ。
それは昨晩、街が既に深い眠りに包まれている時間に起こったという。
あの流行り病の際に、領主からついぞ薬を回されることのなかった例の子どもの父親は、この別宅へと押し入り領主の娘を殺害した。
動機としては領主への逆恨みだという噂が通説とはなっている。が、その父親も事態に気が付いた使用人との押し問答の末に自死を選んだそうで、死人に口はなく真相は闇の底だ。
朝が明ければそこに残ったのは、一人の少女と一人の男の、遺体のみだ。
俯いた使用人たちがその中を白い花で埋め終えれば、棺の蓋が閉められ、黒い馬車へと載せられる。
その馬車を先頭として、何台もの馬車が列をなして屋敷を出ていく。
これから埋葬をするため墓地へと向かうのだろうその姿を呆然と見送り、野次馬が散り散りとなり帰路へとつく中で、動くこともできず屋敷の前で立ち尽くしていると己が名を呼ぶ声が聞こえた。
「ロイス様」
振り返れば、門扉越しに灰の髪をした執事が深々と頭を下げている。
何を話すべきなのか胸の内をさらってもその答えが出てこずに、同じように首を垂れる。
「墓地でお見送りをなさらないようでしたら、よろしければ中へとお入りください。お茶をお出ししましょう」
お嬢様ならばきっとそのように指示なさるでしょうから、と執事は警備兵へと目配せをし、門を開いた。
執事以外の使用人は皆馬車へと乗り込み墓地へと共に向かったようで、屋敷の中は耳に痛いほどの静寂が支配者となっている。
あなたは墓地へと行かないのですかと問えば、壮年の執事は、私はこちらを任されておりますから、と髭を震わせながら答えた。
応接室へと通され促されるままに腰をかければ、執事は慣れた手つきでティーセットを用意し始める。
どこか見覚えがあると思えば、それはかつての侍女の手順と、非常によく似ていることにはたと気が付いた。
「あの、先ほどから侍女の姿が見えませんが、彼女はどこに」
「昨晩のことで酷い怪我を負いまして、今は遠方にある彼女の実家で療養させております」
「実家、ですか」
ええ、と執事は柔らかな声で答える。
心を落ち着かせようとティーカップを手に取ると、ソーサーとぶつかったのか、カタと想像以上に大きな音が響いて、慌てて人差し指に力を込めた。
「差し支えなければ、あとでお嬢様の部屋を訪れてもよいでしょうか」
じっとその顔を見つめれば、執事は幾らか思案した後、諦めたように目を閉じた。
「あなたならば、きっとお嬢様もお許しになるでしょう。どうぞご自由にご覧になってください」
葬儀の片付けなど仕事が他にもあるのだろう、ごゆるりとお過ごしくださいと執事は言うと、応接室を立ち去った。
執事の足音が廊下から消えたことを確認し、応接室を飛び出し階段を一段飛ばしに駆け上がる。
足をもつれさせながらも領主の娘の部屋へと飛び込めば、いつもよりも薄くなったラベンダーの香りが鼻へと届いた。
部屋へと足を踏み入れ、ぐるりと中の様子を見回してから、屈んで床に何本かまとまって落ちていた長いブロンドの髪の毛を指先で掬い上げる。
部屋に置かれた大きな姿見に映った己の顔は、紙の様に青白く、血の気がない。
横を向けば、隙間の空いた本棚がこちらを無言で見返した。
ベッドの横にある棚の前に立ち、いつも侍女が、領主の娘の薬をしまっていた引き出しに手をかける。
怖気づく心を叱咤し、唾を飲みこみ、そっと開ける。
引き出しの中は、空っぽだった。
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