第五章 先輩の憂鬱
重々しい音で玄関のベルがなった。
「ん?誰かしら、こんな時間に…」
時刻は午後十時をまわっている。
「彩華ー、俺だ俺。開けてくれー」
外から野太い男の声が響いた。
知り合いだったらしく、早倉がインターホンをつけ会話を始める。
「なんだ、涼介か。来るの昨日じゃなかった?」
「いや、すまん。昨日は色々と準備があってな」
「準備?」
「いや、なんでもない」
「まあ、いいわ。今開けに行くから」
「頼む」
会話が一段落つき、早倉がインターホンを切ってから、リクは彼女に先程の男について尋ねた。
彼女が言うには、彼の名前は中島涼介。早倉とは従兄弟にあたるらしい。
「ちょっと口は悪いけど、意外といいやつだから、きっとリクとも仲良くなれるんじゃないかな?」
早倉は、そういうと「ちょっと待っててね」とだけ伝えると、部屋から出ていった。
もちろん、人間は本来悪魔と交わることはできないため、涼介とリクが友達になるなどあり得ないとわかってはいたが、早倉とも友達になれたのだからもしかしたら。と期待する気持ちもリクの中に確かに存在していた。
そのとき突然リクの携帯が鳴り出した。
「こんな時間に誰からだr――ゲッ!先輩…!」
リクは先輩からの帰還命令をすっかり忘れて早倉と何時間も話し込んでいたことに気づき、慌てて魔界に戻った。
しばらくして部屋に戻った早倉は、リクがいなくなっていることに気付いたが涼介のいる手前探すわけにもいかず、ただただリクのことを心配していた。
「はい、はい!申し訳ございません!以後気を付けますので!」
一方その頃魔界では、リクは先輩悪魔に正座させられ、ひいひい言いながら謝罪をしていた。
「まったく…、なかなか戻ってこないから何事かと思ったら、人間と意気投合してのんきにティータイムとは…」
「正確にはコーヒーを…」
「…首にするぞ?」
「わー、それだけはご勘弁をー!」
先輩の反応は怒るを通り越してすっかり呆れ返っていた。
次からは先輩を呆れさせないように気を付けようと心にとめつつ、ところで…とリクが切り出す。なぜ早倉と会話ができたのか。リクはその答えが欲しかった。
「なんでって、お前の特殊能力のおかげだろ」
リクはいきなり的外れなことを言い出す先輩にガッカリした。
自分の特殊能力は「相手の心の汚れを見る能力」のはずである。その能力で人間との会話が可能になるとは思えない。
聞く相手を間違えた。その思いが顔に出ていたのだろうか。先輩はさらに呆れた顔になった。
「お前、まさかまだ自分の特殊能力が「相手の心の汚れを見る能力」だと思ってるんじゃないだろうな?」
この言葉にリクの思考は一瞬停止した。
「はい…?」
「何度も説明しただろうが。その能力はお前固有の能力じゃない。悪魔なら誰でも持ってるいわば基本装備だって」
そう言われてみると確かにそんなことを言われたようなことがあった気がしないでもないが。しかし、それならば一体、自分の能力とは…?
「お前の能力は確か…あ、そうそう。「召喚者以外の者にも干渉できる能力」だ」
先輩が言うには、リクがそう望んだ時点で相手の人間は彼の姿や声を認識できるようになるというのが彼の能力らしい。リクが当たり前のように使っていた「ロック」や「アンロック」も彼の特殊能力だったということだ。そして、相手の人間がリクへの警戒心を解いた時点で物理的な干渉が可能になるらしい。
しかし、リクはこの回答を聞いて一つ新たな疑問が生じた。早倉は確かにリクに物理的に干渉したり、声を聞いたりはできたが、彼女の瞳にリクの姿が映ることはなかった。
リクがそのことを先輩に尋ねると、先輩は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた
「それに関しては、一部俺の推測混じりだが、それでも聞くか?」
少しでも情報のほしいリクは首を縦にふった。それを見て、軽く頷くと先輩は語り出した。
「お前が実際見てきたように、あの少女は天使にも匹敵するほどの輝きを持つ「光」のような存在。対するお前は落ちこぼれとはいえども悪魔の端くれ。要するに「影」だ。光がなくては影は存在しない。しかし、影は常に光の裏にできる。光の側から影を見ることはできない。本来二つが交わることなど決してないんだ。その法則を覆すのがお前の能力だったわけだが、あの少女はどうやら「光」の要素が強すぎたんだろうな…」
答えを得たリクは先輩にお礼を告げ、立ち去ろうとした。
しかし
「まあ待て。まだ話は終わってない」
そう言って呼び止められた。
「お前、最近生物の生死に関わらなかったか?」
先程までとはうってかわって真剣な表情で先輩が問いかけてくる。
「なんですか、いきなり…?」
「いや、お前のこの前の健康診断で不可解な点があってな。念のため。心当たりがないなら別にいいんだ」
心当たりはあった。
「先月、溺れたネコを助けようとしたことならありますけど…」
そのとたん、先輩は鬼のような形相になってリクの胸ぐらを掴んだ。
「助けようとしただと!?助けたのか!」
「い…いえ、結局助けれませんでしたが…」
リクが苦しそうにそう言うと、先輩は乱暴に手を離した。
「いいか、リク!一つ忠告しておく!その行為は危険だ!お前の行動の結果として命が左右するような行為は!」
「危険…?」
先輩の勢いに気圧されながら、リクは聞いた。
「あのな、向こうの世界に寿命というものがあるのは知ってるな?」
「えっと、すべての生物は一定の時間がたつと魂が体から抜けて、二度ともとには戻らなくなるんでしたっけ?」
「そうだ。それが「死」という状態。生から死へと移り変わる瞬間は「生」が生まれた時点で定められているんだが、他の世界のもの。例えば俺らみたいな存在が下手に手を出すと、本来動かないはずのそのタイミングがずれることがある。まだ生きているはずのものが死んだり、死ぬべきものが生き残ったり。そして、その事によって崩れたバランスを正すために、今度はバランスを崩れた張本人に影響が出てくる。タブーを犯してしまったものは何人かいたが、石化してしまったものもいれば、悪魔としての能力をすべて失ってしまったものもいる。そして、消滅してしまったものも…」
そこまで言って先輩の顔が歪んだ。なにか、忌々しい記憶でも呼び起こしたかのように。
「気持ちはわからなくないが、命ってもんは俺たちごときが手を出していいようなもんじゃない。俺はこれ以上かわいい部下を失いたくはないんだ。わかったな」
「はい、先輩。失礼します」
リクの心に「消滅」という単語が強く残った。
しばらくぼうっと先輩の言葉について考えていたが、早倉を待たせていることを思いだし、リクは人間界にテレポートした。
リクがテレポートしたあと、一人残された先輩は、リクが消えた辺りを見つめながら
「彼は大丈夫だろうか。あのことをもし彼が知ってしまったら、その時は…もう俺が何を言っても無駄だろうな…」
と呟いた。
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