第四章 悩める天使

「どうしたの、急に黙りこんじゃって?」


すっかり黙りこんでしまったリクを心配し、少女が声をかける。

リクは重い口をなんとか開いたが、言葉を発する前に少女が遮った。


「あ、ごめんなさい。気付かなくて。こういうときは自分が先に名乗るのが礼儀よね。私は早倉彩華。さっきも言ったけど人間よ。まぁ、普通は自己紹介でこんなこと言わないだろうけど、ここまでの話を聞くにあなたは人間ではなさそうだし…」


早倉の話を聞いて、リクは自分が悪魔であることを明かすことを決意した。

正体もわからない怪しい自分のことを信じ、ここまでさらけ出してくれたのだ。ここで誤魔化すようでは彼女を裏切っているような気がした。


「私は…リクと申します……」

「へー、いい名前ね。よろしく、リク」

「はい…。それで、私は…その……」


決意をしたはいいものの、直前で怖じ気づいてしまい再び口ごもってしまうリク。


「別に言いたくないのなら、無理して言わなくてもいいけど…」

「いえ、そういうわけには…」


彼にも事情があるのだろうと思い、早倉は引き下がった。

しかし、ここで甘えてはいけないと思い、リクはもう一度ゆっくりと口を開いた。


「その…、私、実はその…悪魔…なんです……」


リクはうつむいた。もうこれで彼女とは一緒にいられない。悪魔とは忌み嫌われる存在なのだ。追い出されるのは時間の問題だと思った。しかし


「へー、だから姿が見えないんだー。あ、やっぱ触ったりは出来るんだねー!なんかモコモコしてて気持ちいー!」


早倉はリクのことを追い出すどころか、手探りでリクのことを見つけ出し、リクの体に手を触れた。


「@*-°☆%◎♀+!?」

「…うん、さっきも言ったけど、なんでそっちがビビってんのよ…」


早倉は若干退きぎみにそっと手を引いた。


「だって…だって!…悪魔なんて所詮嫌われ者で!自分で呼び出した召喚者でさえ嫌そうな目で見てくるような存在なのに、追い出されるどころか、身体中ペタペタ触られて!そもそも体触られた事自体初めてですけど!」


いきなりのマシンガントークに一瞬面食らった早倉だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、冗談っぽく笑った。


「あ、触られるの嫌だった?ごめんね」

「いえ、そういう問題ではなくてですね?」


「…私、嫌なのよね」


早倉が少し真面目な顔をしてボソッと呟いた。


「…え?」

「私、嫌なのよね。所属とか、立場とか、そういうので相手のことを判断するの。みんな相手の顔色ばっか気にして、適当にご機嫌とって。そんな薄っぺらい関係、ないほうがましなのに…」


リクは言葉が出なかった。この少女の抱えている悩みが彼の心に届いたからだ。

財閥の娘として生まれてきたことで受けた妬み、嫉妬。自分のことを金儲けの道具としか考えずに近付いてくる大人たち。

誰も彼女を「早倉彩華」という一人の人間としては見てくれていなかった。

彼女は一人だった。


「なんか、ごめんね。こんな話きいてもらっちゃって。…だから、私はせめて自分だけでも相手のことを心で判断したいの。あなたと話してて、悪い人じゃないことはわかったわ。だったら、それでいいじゃない。悪魔だろうがなんだろうが気にしないわ。私たちは友達よ。あなたさえよければね」


早倉は目尻にうっすら涙をうかべながらそう言った。


「友達…ですか」


リクは噛み締めるようにそう呟くと、早倉に向かって微笑んだ。



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「リクと早倉はすっかりうち解けて、何時間も話し込んだ。リクがこの仕事で成功したことがなくて、事務作業への転職を考えていること。早倉の家には子供が一人しかおらず、いずれ自分が父の財閥を継がなければならないこと。ふたりはまるで昔からの友達のように、お互いにはなんでも打ち明けることができたんだ」 

「よかったね、めでたしめでたし」


たくが嬉しそうに締め括り、布団をかぶり直そうとしたが、やんわりとそれを制止する。


「ここで終わればよかったんだがね。でも、話はまだ終わらない」

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