第三章 天使と悪魔

「えっと、空間の裂け目はこの家の中ですかね。」


スマホのGPSを確かめながらリクは呟いた。

中々に大きな屋敷である。リクは屋敷を見上げて目を丸くした。


「人間ってすごいところに住んでるんですねぇ…」


実際は悪魔にもこの手の屋敷にすんでいるものもいるのだが、安月給でアパート暮らしの彼には知る由もなかった。

正面玄関は閉まっていたが、裏口が開いていたため裏口から屋敷の中に入る。

外から見た以上に屋敷の中は広く、中々空間の裂け目は見つからない。


「あぁ、もう!いったいどこにあるっていうんですか!?どこにも裂け目なんてないじゃないですか!!このオンボロアプリ!」


思わず悪態が口をついて出る。

そのとき――


「えっ、誰か…居るの?」


奥の部屋の扉から高校生くらいの少女が廊下に顔を覗かせて言った。

リクは驚いて一瞬心臓が止まったかと思った。本来人間にリクの姿は見えない。見えるのはリクを召喚した召喚者か、もしくはリク自身が「アンロック」と唱えて自ら姿を現した場合のみであるはずだった。


「あー、ビックリした…」


リクはスーツの袖で汗を拭った。悪魔の存在が人間に感知出来るわけがないのだ。単なる偶然だろうと納得し、その場を立ち去ろうとする。


「やっぱり誰か居るよね…?今ビックリしたって聞こえたし…空耳、にしてははっきりしてた気がする」


少女は不思議そうに辺りを見回した。


「あれ、もしかして私の声が聞こえてる…?いや、まさか…ね?」

「聞こえてるけど…」


少女が遠慮がちにそう答えた。


「…へ?」

「だから、あなたの声、聞こえてるけど…」


あまりの出来事にリクは思考が停止した。今、何て言った…?キコエテル…?キコエテ――


「え…ええぇえええええぇぇぇぇ!?」

「驚きたいのはこっちなんだけど…」


この少女は何者か。まさか人間に化けたあやかしの類いだろうか?でも、それにしてはおかしい点が一つある。もし仮に彼女があやかしの類いだとするならば、リクの能力「相手の心の汚れを見る力」によって彼女は悪意のかたまりに見えるはずである。しかし、この少女はむしろ真逆のとても清い心の持ち主としてリクの目に映っていたのであった。

そして、それほどまで心が清く、なおかつ悪魔を認識することのできる存在というものをリクは一つしか知らなかった


「あ…あなたもしかして…て、てて、て、、天使!?」


天使と言えば悪魔と対立するもの。故に悪魔界では天使は最も恐れられる存在であった。リクももちろん例外ではなく


「こ、殺さないで!ごめんなさいごめんなさい、許して下さいー!!」


泣きながら命乞いをする始末である。


「いや、別に殺すつもりはないんだけど…」

「ほ、ほんとに!?」

「ほんとほんと!」

「よかったぁ…。でも天使のくせになんで…?」

「だから天使ってなんのことよ。私は普通に人間よ」


どうやら天使だと思ったのは勘違いだったらしい。ほっと胸を撫で下ろす。

しかし、だとしたらなぜ人間であるはずの彼女に自分の姿が見えるのだろうか?


「ねえ、あなた」


黙って何かを考え込んでいた少女が突然口を開いた。


「あ、はい。何でしょうか!?」

「状況が全然理解できないんだけど、とりあえずいくつか教えてもらえる?」

「わ、わかりました」

「じゃあ、とりあえずここじゃなんだから私の部屋に来て」


そういって少女はリクを部屋に招き入れた。


「飲み物、コーヒーでよかったかしら?」


リクを部屋まで案内したあとどこかへ出ていった少女がコーヒーの入ったマグカップをもって戻ってきた。たちまち部屋の中にコーヒーの良い香りが充満した。


「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、早速質問させてね」


リクがコーヒーに手を伸ばすより早く少女が言った。リクは慌てて手を引っ込める。


「まず一つ目。あなた、いったいどこから話しかけているの?声は聞こえてるけど姿は見えないし。かといって隠れてるわけでもなさそうだし…」

「私なら今もあなたの目の前にいますよ。ほら、この通り」


そういってリクはコーヒーのカップを手に取り、一口すすった。


「私の姿は本来人間には見えないはずなんです。本当は声が聞こえるのもおかしいんですけど…」

「一個目の質問から既に脳ミソがパンクしそうなんだけど…」


少女が低く唸った。


「まあ、いいわ。とりあえず二つ目ね」

「は、はい」

「ここ、わたしの家なんだけど、勝手に侵入して何やってたの?」

「実は、捜し物をしておりました」

「捜し物?」


少女が訝しげにこちらの様子を伺ってくる。どうやら空き巣と間違われているようだ。


「さ、捜し物っていったって、この家のものを盗ろうなんて思ってる訳じゃありませんよ!私はこことは別の世界からやってきたんですけど、そこへの帰り道がこの屋敷のどこかにあるはずなんです!」

「うちにそんなものがあるんだ…」


少女は最早理解が追い付いていないらしく、思考を停止しているようにも見えた。


「んー、よくわからないけど次の質問。さっき私のこと天使だって怖がってたけど、何で天使だと思ったの?」

「あぁ、それは私の能力のせいなんです」

「能力?」

「私には目の前の相手の心の汚れを見ることができる能力があるんです。具体的に説明すると、心の清い人ほど白く輝いてみえ、逆に汚れた人ほど黒く…影に全身を覆われたみたいに見えるんです」

「じゃあ、私は心が清くて輝いてみえたから天使だと思ったってこと?」

「まあ、そういうことです」

「えー、照れるじゃん!」


そう言うと少女はリクの背中をバシっとたたいた。


「あいったたた…あなた、本当に私のこと見えてないんですよね?」


リクが背中をさすりながら呟く。ここでリクはふと気づいた。


「って言うか、あなた何でわたしに触れるんですか!?」

「あなたが知らないんだったら私が知ってるわけないでしょ」


言われてみればその通りだ。後で先輩にでも聞いてみようと心のメモに書き残した。


「じゃあ、最後の質問ね」


唐突に彼女が聞いてきた。


「あなた…何者……?」



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *




「この質問に答えるのに、リクは躊躇った」


たくとひなは顔を見合わせて首をかしげた


「どうして?」

「自分の正体が悪魔だって知られることで拒絶されるのを恐れたんだろうね。彼はなぜこの少女が自分と会話できるのか気になっていたし、自分でも気づかないうちに彼女が放つ光にひかれていたんだ」

「じゃあ、リクはどうしたの?」

「さぁ、たくちゃんとひなちゃんはどうしたと思う?」

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