第二章 迷子の悪魔

シュバっと破裂音のような音がして、スーツ姿の男が空中に突如として現れる。

直後、その男は落下し、尻餅をついた。

容姿は中肉中背で代わり映えのしない顔をしているが、頭から生えている二本の黒い角とスーツを突き破って伸びている尻尾がこの男がただものではないことを物語っている。

しかし、男の姿に気がつくものは誰もいない。


「あいたたた…また着地失敗しちゃいました…」


男は痛そうに尻をさすったあと、はっと気がつき、罰が悪そうに辺りを見回した。


「あれ、おかしいですね…こんな町中に出るなんて…。今までの召喚場所は大抵人が居ないところだったのに…。これじゃあ誰が召喚者かわからないじゃないですか」


そう呟くと、男は「アンロック」と大きな声で唱えた。

その瞬間周囲の者の目に突如として男の姿が写る。

周りは驚いたように男から距離を開ける。

それを見て、満足そうに頷いてから男はこう続けた


「我が名はリク。我を呼び出したのはお前か?お前の望みをいえ。どんな望みでも叶える力を我は持っている。お前が払う代償はただひとつ…」


先程まで恐々と様子を伺っていた周囲の人々は、痛いものでも見るかのように更に距離を開けた。

俗にいう厨二病だと思われていることは明白だったが、リクは負けるもんかと気持ちを強くもって続けた。


「あの…、私ここにいる誰かに召喚された為ここに降り立った訳なんですが、どなたか心当たりありませんか?」


そういって周りを見渡すと、一本の手が上がっていることに気がついた。


「ああ、良かった…。やっぱりここで間違ってなかったんですね。てっきりまたテレポートに失敗したのだとばかり…」


手をあげていたのは十代後半のくらいの背の高いひょろっとした男だった。


「何でも願い叶えてくれるんだろ?」


とニヤニヤしながらリクを観察している。

それを見てリクは首をかしげる。


「今回の召喚者って男でしたっけ…?」


そう呟くと、スーツのポケットからスマートフォンを取りだし、なにやら検索を始めた。


「あ、やっぱり!今回の召喚者女性じゃないですか。冷やかしなら帰ってください!」


そう言うと、リクは怒ったように「ロック」と唱えた。

そのとたん、周囲の者達の視界と記憶からリクは消え去った。

人々は何事もなかったかのように忙しなく行き交い始めた。



リクはため息をつくと、魔界に帰るためその人混みに紛れ歩き出した。

テレポートは魔界から人間界に行くときにしか使用できず、人間界から魔界に戻るためには空間の裂け目を探す必要があるからだ。

先ほどのスマホを取りだし、空間の裂け目の位置を調べる。

一番近いところでもここから徒歩15分はかかることがわかった。

おもわずまたため息がでる。


その時、スマホに着信が入った。


「誰からだろ…げ、先輩…!」


電話の相手はリクの直属の上司の悪魔であった。

恐らく、今回の件に関してのお小言だろう


「も…もしもーし♪」


なるべく平静を装いながら電話に出る。


「もしもーし…じゃない!まったくどこに飛んだんだ、お前は!」

「どこって…召喚が行われた場所に……多分」

「召喚が行われたのは滋賀だぞ!?なにをどう間違ったら関東に飛ぶんだ!」

「滋賀…?千葉じゃないんですか!?」


どうやら行き先を間違えてテレポートをしてしまったらしい。

先輩はあきれ返って


「道理で関東に飛んだわけか…。もういいから早く帰ってこい」


とため息をついた。


「す、すみません。今滋賀の方に急いで向かいますので…!」

「そっちは別の手の空いてるやつに任せた。お前は直接帰ってこい!帰ったらみっちりお説教だ!」

「そんなぁ…」


リクは半泣きになりながら肩を落とした。今月もう何回目のお説教かわからない。


「まったく、お前は能力だけは無駄にスペック高いくせに、どうして毎度毎度こうなんだ…」

「すみません…」


リクはすっかりうなだれて答えた。


「まあ、この話はまたあとだ。先月ちょっと電話を使いすぎてな。かみさんに怒られたんだ」

「だから、前からスマホに機種変更した方が安いって何度もいってるじゃないですか」

「うるさい、馬鹿者。あんなまどろっこしいもの使えるか」


この先輩はとにかく機械に弱い。ガラケーすらも使いこなせてない以上、確かに先輩のいうのにも一理あると思ったのと、お説教中だったことを思いだし口をつぐんだ。


「とにかくそういうことだ。切るぞ」


そういって先輩は電話を切った――つもりなのだろうが、通話は続いたままだった。来週入ってくる新人についてリクの同期と話している声が聞こえる。

新人の話は気になったが、盗み聞きするほどのことでもないので電話を切る。

そしてリクはとぼとぼと最寄りの空間の裂け目に向かって歩き出した。



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「おばあちゃん、そのリクって人本当に悪魔なの?」


ひなが話を遮り聞いてきた。


「スマホに機種変更がどうとか。あとなんか電話代気にしてたし…」


とたくも続く。


「もちろん正真正銘、本物の悪魔さ。リクも、先輩もね」


たくとひなはわかったようなわかっていないような顔をした。


「うーん、あ、それと先輩の悪魔さんが“能力だけは無駄にスペック高い”っていってたけど、能力ってなんのこと?」

「ああ、それは悪魔が持つ一人一人違った力のことだね。人を操るもの、天候を司るもの、幻を見せるもの。他にも色々いるんだよ」

「じゃあ、リクの力は何なの?」


とひな。


「それはねぇ…」


ちょっともったいぶってから答える。


「人の心の汚れを見ることができる能力さ」

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