第45話 異邦人の街
「皆様、貴重なお話をありがとうございます。お礼といっては何ですが、ご質問などございましたら。お答えしうる限りのことをお話いたします」
はた目には、女子会と見えたお茶会は。これから本格的にビッグ社長のお世話役となるクシナダの、地球組に対するヒアリングの場だった。それはどことなく、地球での会社内における人事評価めいたものをノコ、ミカ、モモの三人に感じさせていた。たとえ世界が変わろうとも、対人関係の基本は変わらないということか。
「素朴な疑問だけど。氷都市での難民とか移民の扱いって、どうなってるのかな?」
あまりその手の問題に明るくない、ノコの中の人さえも。移民や難民に関するニュースは、日々テレビやネットの中で目にしている。日本国内でも、少し街を出歩けば外国人を見かけることが少なくない。飲食店やコンビニで働く人も多い。
「地球でも、難民や移民に頭を悩ます国は多いけど。氷都市はもっと大変よね」
ミカも首をかしげる。紛争の絶えない中東から、ヨーロッパへ流入する難民たち。アメリカも、経済的に困窮した南米からの人の流れを止めようと躍起になり。日本にもまた難民が訪れるが、そのほとんどは「難民である事実の証明」と「日本語での申請が必要」という非現実的な壁があって、満足に認定を受けられない。
それら以上に、多元宇宙の各世界から難民を受け入れる氷都市の負担は、地球のどの国よりも大変なのではないか。
「氷都市においては、
難民たちがどこで迫害を受けて、どう困窮しているのか。多くの場合、氷都市はかなり前から映画でも見るように、難民たちの旅物語を把握している。時には直接手を下して、彼らを氷都市へ転移させることさえある。よって、難民の認定に関わる審査もスピーディだ。すぐに支援を受けられる体勢ができている。
冗談でなく「女神様は何でもお見通し」のため、偽装工作も困難だ。プライバシーの問題もあるが、当のアウロラアバターたち本人が抑制的で。AIの如き公正無私さを保っているため、問題にされない。
言葉の壁には「
「氷都市の場合は、日本が定めるような受け入れ条件を力技でクリアしていますが…そういった技術が無い場合は、然るべき柔軟な運用をするのが筋かと思われます」
さらっと、ことも無げにとんでもない話をするクシナダに。ああ、やっぱり異世界なんだなという思いを新たにする三人娘たち。
「ほんと、ファンタジーっていうよりSFなの」
「だよね」
「でも、人間心理は私たちの地球とさほど変わらないのよね?」
ミカの問いにうなずくクシナダ。
「イーノ様が地球人の受け入れ体勢構築に奔走されたように、この街でもよそ者に対する警戒心は存在します。けれど最低限の決まりごと、他者に対する礼節さえ守って頂ければ。氷都市では異世界人であっても、市民として受け入れる方針です」
たとえばヘイトスピーチは「著しく礼を失する」行いとなり、厳しく罰せられる。また雇用に際して年齢や性別、出自や種族による差別は禁じられているという。このあたりは、移民の国アメリカを連想させる。
「みんながみんなぁ、無理して仲良しにならなくてもいいですけどぉ。お互い嫌な思いをしないで済むようにぃ、立場の違いを尊重しましょお! そぉんな感じですぅ」
アスガルティアから逃れてきた、難民たちのコミュニティに属するエルルが言うとさすがに説得力のある言葉だ。そしておそらくは、エルルがイーノを受け持ち。クシナダがビッグを担当することで、両者を衝突させることなくその才を有効活用する。そんな氷都市流の、人を活かす知恵も含まれているのだろう。
「そうね。故郷でモンスター扱いだったゾーラやオリヒメでさえ、市民として受け入れられてる。今だって、水着祭りを成功させるため頑張ってくれてる。同性婚や複婚にも寛容なここなら、私も…」
ミカが、ユッフィーたちがフリングホルニから帰ってくるまでの間に良くしてもらったという二人の顔を思い浮かべながら。安らいだ気持ちで言葉を紡ぐ。
「私の中の人はね、地球でずっと生まれた身体の性別と、心の性別に違和感を覚えていたの。でも自分の身体を傷つけるのは、怖いし違和感もあった」
「そっか、アバターボディなら…!」
ノコが、ハッとしたようにミカを見る。今の姿こそ「彼女」の望んだもの。
「ミカちゃん、とってもお似合いなの」
モモが微笑んで、ミカと優しくハグを交わす。ノコやエルルも代わる代わる、ミカと和やかに抱擁を交わした。
「最初、男嫌いで気難しい女だって思ったでしょ?」
ミカが冗談めかして、一同に問うと。みんながそれぞれ、顔に笑みを浮かべた。
「私は日本を、素晴らしい歴史や文化を持った国だと思っております」
自分のアバター名の由来ともなっている、日本の現状をかんがみて。クシナダは、少し神妙な顔つきになる。
「日本もまた、古代に移民を受け入れた国でしたね。そして海難救助などで、他国の民を助けた歴史もあります。今を生きる日本人が祖先の成した偉業を知り、誇りと共に世界へ羽ばたくことを願っております」
中国や朝鮮からの移民があったことは、ほぼ確実として。神道とユダヤ教の不思議な共通点から、渡来人の中にユダヤ人がいたと主張する者もいる。当然、沖縄や北海道に先住民もいる。日本もまた、多民族国家と言えよう。
「あなた方は、ご自分の住まう日常の外に出て違う世界を知った。世界の広さを感じたなら、きっと今までとは違う明日が見えることと思います」
内向き志向と言われる日本人が、異世界もの小説を好むのはいったい何の皮肉だろうか。本当に実在する異世界とは、異文化のことなのに。そこは良くも悪くも、日本とは違う不思議に満ちているだろう。
「クシナダさん、ありがとう! あと一つ聞いていいかな?」
ノコが好奇心に目を輝かせて、身を乗り出すと。
「構いませんよ」
「氷都市の人口って、どのくらいなのかな?」
通りを行き交う人の量からして、多くはないだろう。地球人たちがそう思いながらも答えを待つと。
「この街に常駐しているのは、冒険者たちを含めても二千人前後。多くの場合、難民たちには受け入れ先が見つかり次第『はじまりの地』にある氷都市の提携都市へ移ってもらってます」
南極のように厳しい環境で、食料も自給できないとなれば。多くの住民を養う余裕も無いのだろう。クシナダの説明によれば、滅びる前のローゼンブルクには数十万もの人々が暮らしていたとも伝わっているが。
「わたしぃはぁ、ご恩返しにここで働かせてもらってますぅ」
エルルのように、アウロラに恩義を感じて残る者も少なくない。ベテラン冒険者のリーダー格クワンダもまた、そのひとりだという。
「でもねぇ、氷都市には不思議なお話もあるんですよぉ?」
地球は初夏だが、常冬の氷都市には奇妙に感じられる怪談話の雰囲気で。唐突にエルルが語り出す。
「不思議な話?」
ミカも、気になってエルルに問い返すと。
「オティス商会で発行されてる『クラッド金貨』の中にぃ、見覚えのないデザインの金貨が混じっていたり。街の住人がある日突然、人が変わったようになるんですぅ」
それは粗悪な偽金ではなく、どこから見ても本物としか思えないほど精巧に作られているらしい。また手の込んだいたずらでもなく、氷都市の戸籍に登録されてない者が突然ひょっこり、街中に姿を現す事もあるという。外の世界から来たわけでもないのに。
「それらは見間違い、勘違いの類として見過ごされて来たのですが。あるとき一人の地球人が、その答えを教えてくれました」
「それって、オカルトの話でよくある…?」
モモが首をかしげて、ネットの怪しい噂を思い出す。8分違いのパラレルワールド。あるいは、有り得ない製造年の金貨。並行世界から迷い込んだ人の話。
「あとさ、クロノもあんたらの地球のパラレルから来たっていうじゃん」
「で、出たあ〜ぁ?」
怪談話をしていたエルル当人が、急に姿を現した精神体のマリカに驚いてオーバーなリアクションを見せると。一同の間に爆笑が広がった。
「クシナダさん呼びに来たんだけどさ、なんか面白い話してたから」
タイミングを見計らって、ドッキリを仕掛けてみた。効果は抜群だ。
「マリカさぁんの意地悪ぅ!」
「いやいや、ノリノリだったじゃん」
天然なのか、計算された芸なのか。ともかくさすがは異世界、パラレルワールドも現実に存在するという事らしい。
「アースXXX。あの『デブリの王子様』の話も、興味深いものですね」
「
クシナダは口元に手を当てながら、マリカもまだ笑顔のままで顔を見合わせる。
いつどこで、どんなタイミングでそうなるか分からないが。今後は並行世界の氷都市で迷子にならぬよう、注意が必要だろう。
ここで、読者諸君にお願いがある。もしこの小説の内容と違う氷都市に…特に誰の助けも得られていないような状況の氷都市と、波長が合って夢渡りしてしまったら。あなたがイーノの代わりとなって、道を切り開いてほしい。
そう、まるでテーブルトークRPGの卓か、MMORPGのサーバーみたいに。解釈の数だけ、世界は無数に存在するのだから。
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