第44話 女子会で語る紛争地帯

 アウロラ神殿の一室。以前にイーノが案内された、庭園内のあずまや風の一角で。今日はエルルがノコ、ミカ、モモの地球組三人娘を案内している。ユッフィーは別行動で、地球組の男性陣と紋章院を訪れているとのことだった。


「皆様、よくおいで下さいました。エルルも案内をありがとう」


 四人を出迎えるのは、アウロラのアバターと思しき日本神話風の装いをした女性。彼女らの共通点は、その背に揺らめくリング状のオーロラを模した後光だ。宇宙から見たオーロラにも似ている。


「この方は?」

「こんどぉ、ビッグさぁんのお世話役になるクシナダ様ですぅ」

「クシナダと申します。地球の皆様、お初にお目にかかります」


 ミカが会釈をしてから、エルルに問いかけると。クシナダと呼ばれた女性は会釈を返して、穏やかに微笑みかけてきた。エルルの案内で三人がテーブルの席に腰掛けると、クシナダもまた対面の席に腰を落とした。


「社長もついに、奥さんかな?」


 モモが冗談めかして、いたずらっぽい笑みを浮かべると。隣でミカがわずかに顔をしかめた。想像もつかないというか、したくもないのだろう。


「氷都市では、勇者様のお世話役に任じられた女性がそのまま配偶者となることは、よくあることです」

「お見合い結婚ってこと?」


 ノコがクシナダを見て、不思議そうな顔をすると。


「ええ。あの子もそうです」


 クシナダの視線の先には、ハーブティのポットと人数分のティーカップをトレイに載せて運ぶエルルの姿が。


「お茶をどぉぞぉ」

「エルルちゃんありがと!地球のとはまた違う香りがするね」


 モモが好奇心に目を輝かせて、エルルが淹れてくれた「はじまりの地」産のハーブティの香りを堪能している。食料を自給できない氷都市の暮らしを支える、オティス商会の交易ルートがもたらした富の一端だ。


「今回は皆様からイーノ様やビッグ様、地球のことについて話をお聞きしようと思いまして」


 異世界テレビフリズスキャルヴのオペレーターたるアウロラのアバターたちは、千里眼の秘宝で調査対象についておおよその下調べを済ませていることがほとんどだ。それでも慢心せず、当事者からの聞き取りを重んじる姿勢は真摯と言う他ない。


「要するに、女子会だよね!」


 ノコが楽しそうに、カップを口元に運ぶ。フルーティな香りが口腔に広がった。


「恋愛もお見合いも、政略結婚でさえも機会のひとつでしかなくて。要はそこから、どんな関係を築くか。そうなのかしらね」


 ミカが王女と仰ぐユッフィーの、中の人イーノ。彼とエルルの「夫婦仲」について気になったミカが、エルルに目を向けると。


「イーノさぁんはぁ、優しいですよぉ♪」


 イーノが夢渡りで迷い込んだ「勇者の落日」事件の現場。それを大都会の通行人の如くに見て見ぬふりをせず、頼まれてもいないのに、勝手に別人を演じて志願兵となり。あのローゼンブルク遺跡まで踏み込んで、レオニダスとベルフラウの救出に一役買った男が。

 地球では無職でADHD、氷河期世代というだけで。個人の本質を見ようともせずに無価値な人間と十把一絡げに断じられ、就職からも結婚からも遠ざけられている。


「わたしぃ、地球の人の考えることはぁ。ちょっと分からないこともありますぅ」


 異世界人なのだから当然と、断りを入れつつも。


「どぉしてぇ、イーノさぁんの良さが分からないんでしょおかねぇ?」


 首をかしげて、理解に苦しんでいるエルル。その様子を見るなり、モモとノコは顔を見合わせてくすくすと笑い出してしまう。


「のろけちゃってるねぇ、エルルちゃん!」

「お似合いの夫婦みたいなの」


 ミカだけは少し静かに、振り返るようにつぶやいて。


「そうね。マキナから追い出された私にも、王女は優しかったわ」

「困難や挫折を経験された方は。多くの場合、人の痛みにも敏感となります」

「そうじゃない男もいるわ」


 クシナダがミカを見る。彼女の指している人物が誰なのか、アウロラアバター間の情報共有で知ったミカの来歴と人物像を元に推察を巡らしながら。


「ビッグ様が、だいぶご迷惑をおかけしたようですね」

「クシナダ様が謝ることじゃないわ。あの男は…サイコパスよ」


 人として当然知るべき痛みを知らず、自らの罪に気付くことなく。本人は無邪気な小学生のガキ大将にでもなったつもりで「みんなでワイワイ」を強引に押し通した結果。M Pミリタリー・パレード社のP B Wプレイバイウェブコミュニティは、決して相容れない主義主張を持つ者同士が不自然に混在させられた紛争地帯と化していた。常に政情不安で紛争が絶えない中東やアフリカを思い浮かべてほしいと、ミカは静かに語る。


 本来、自然な形で適切に住み分けていた諸部族が。植民地時代に列強諸国によって不自然な形で切り分けられ。そのまま独立して国となったために、今でも争いが絶えず、独裁者の強権支配とクーデターが繰り返される。


 それと同様な過ちが、自らの利益のためだけに無差別な集客に走ったMP社…いや商業PBW各社、その前身となった今は亡き大手P B Mプレイバイメール会社の手で繰り返されてきた。実際この業界には、スタッフ間のケンカ別れで新たに起業した会社が多く、MP社もそのひとつだった。まことに罪深い、人を不幸にするビジネスだ。これでは、業界全体が疲弊し衰退していくのも無理はない。争いを避けて他と違うものを食べる、自然の摂理に反している。

 なお、日本において「元祖RPG」たるペンと紙とダイスのアナログなロールプレイングゲームがゲームソフトやアプリに押されたまま陰の存在であり続ける理由も、プレイスタイルの合わない者同士による「民族紛争」が原因のひとつではなかろうか。海外事情に疎い内向き志向なら、なおさらだろう。海外は市場規模もプレイ人口もケタ違いだ。


 クシナダはテーブル上に小さく投影させた異世界テレビフリズスキャルヴの映像を順番に切り替え、話の概略を一同に説明した。こういうとき、見る側からは特に便利に感じられる。


「私がマキナから追放されたのは、プレイスタイルの合わない者同士の争いで片方がオフ会で社長に直訴という形を取ったから。それを面倒に思ったあの男が、追及から逃れるため私を切り捨てたのよ」


 どこの企業でもイベントでも、クレーマーや脅迫に振り回される例は後を絶たない。さしずめ、現代日本の「フィンブルの冬」において起こる絶え間ない戦乱といったところか。古い世界が、再生に向かうまでの苦難。


「結局、身から出た錆。それでもあの男は、うわべを楽しそうに飾る天才だから」


 多くの人を不幸に陥れる一方で、何も知らない新参者を引き入れ続けている。そう語るミカの表情には、憂いの色が濃くにじんでいた。


「王女の中の人も、私に打ち明けていたわ。憧れは確執を経て憎しみに変わったと」

「イーノさぁん…」


 エルルにとっても、イーノの知らない一面は衝撃的だった。ビッグ社長に対する、こじらせた感情。PBWプレイヤーから小説書きへ転向したのも、氷都市で必死に変わろうとしていたのも。動機はそこにあったのかもしれない。


「ぼくもね、そのへんのお話は良く聞いたの」

「なんだか上手く、言葉にできない違和感を感じてマキナからしばらく遠ざかってたけど。そういう事情だったんだね」


 ノコは以前、ユッフィーやミカ、モモとも親しく遊んでいた時期があったけれど。ミカがマキナから追放された頃を境に一時、マキナから離れていた。それでも、ユッフィーの要請に応じて氷都市に通うことを承諾してくれた。

 三人娘の話を聞き終えると。クシナダは深く頭を下げて感謝の意を示した。 


「そうでしたか。なるほど、庭師ガーデナーが新たなデスゲームの執行者として求める資質の持ち主です。正しき管理者が側にいれば、彼の力も良い方に役立てられましょう」

「経営者にはサイコパスが多いって、ユッフィーちゃんが言ってたの。ものは使いようなのね」


 こんな話を聞いても、まだ希望を見出そうとするクシナダの姿勢に。モモが少し驚いたように感心する。


 ある意味、人間性を否定される戦いの場では、それに適応した非情な者が生きのびる。ビッグ社長もそうした修羅場を潜ってきた、氷河期の戦士なのだろう。

 しかしさすがの彼も、十数年にも及ぶ出口の見えない混迷に刀折れ矢尽き視野狭窄に陥っている。逃げ出したくもなるだろう。そして今、思わぬトラブルの形でそれは叶っている。そんな彼が、難民や落ち武者を暖かく受け入れる氷都市にたどり着けたのは幸いであり、希望と呼べよう。


「あんな男に、同情は感じない。けれども立場を察するくらいはできるわ」


 ミカのつぶやきに、クシナダはアウロラのアバターとしての役割と、その由来について語ってくれた。

 クシナダとは、日本神話においてどうしようもない乱暴者であったスサノオを大蛇オロチ退治の英雄に押し上げた女性。自分もまた、そうした癖の強い勇者を正しく導く役目を担っていると。


「ビッグ社長も、こじらせたお人でしょう。まずは自己肯定感をつけて差し上げるところからですわね」


 そう言うクシナダからは、すでに伴侶と苦楽を共にする糟糠の妻の風格が感じられた。

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