第43話 氷河期の氷を砕け!
ノコ:基礎訓練なら、ユッフィーちゃんたちの帰りを待つ間にやってたよ!
ユッフィー:ノコちゃん、助かりますの。
モモ:ぼくとノコちゃんとミカちゃんで「夏のレリーフ」の前にいるボスの巨像も、やっつけてきたの。もちろんアリサさんとかリーフくんも、お目付役でいたけど。
ユッフィー:いったい、どうやったんですの?
ノコ:モモちゃんが魔法の絵の具で、アニメイテッドの見えない糸に色を付けたんだよ!あとはあたしがアタッカーで、ミカちゃんがタンク役だね。
モモ:リーフくんも、びっくりしてたの♪
新規のコミュニティ「白夜の馴鹿亭」を立ち上げて、こんな風に冒険談を語り合っていた。ミカはすでにマキナから追放された身なので発言できないが、彼女とは個別にチャットアプリで連絡を取り合っている。
モモ:そうそう、ぼくのダンナ様と養女の子も興味を持ってくれたから、水着祭りに来てくれそうなの。
ノコ:マキナでも、そろそろ水着のシーズンだね!
ユッフィー:では、わたくしもこちらで水着のイラストを頼みましょうか。それを元に、オリヒメさんたちアラネアファミリーの方々に実物を仕立ててもらう形で。
モモ:そういうことなら、リクエストバッチ来いなの!
マキナでは、というか
(水着コンは、MP社のイラスト関連で売り上げトップを占める重要イベント。たとえ幹部三人が不在でも、やるしかない状況だな)
パソコンの画面に目を通しつつも、イーノが表沙汰にならないMP社の混迷ぶりに想いを馳せる。社長がいちいち出しゃばらなくても、社員が粛々と業務を進めるのは本来、会社としては正常なあり方だが。幹部三人が病院で目覚めるまでに、目覚めた後にMP社はどれだけ変わっているか。変わらないかもしれないが。
ユッフィー:あの男、ビッグはすでに落ちるところまで落ちた身。今更憎むに値するような者ではありません。むしろ憐れみを向けるべき相手だと思いますわ。
自分自身への薬として、言い聞かせるように。イーノはチャットアプリにミカへのメッセージを打ち込んだ。
ミカ:ありがとう。少し落ち着いてきたわ。
過去、配慮に欠けた運営と匿名掲示板でのネットいじめにもいろいろと不快な目にあわされたが。憎しみに囚われていては、前に進めない。今も時々、夢渡りと睡眠の間に見る当時の夢を思い出しながら。イーノは未来へ歩みを進めようとしていた。
ああ、そうそう。大切なことを忘れていた。
ユッフィー:マキナプレイヤーの皆様へ。ビッグ様、ジュウゾウ様、ポンタ様お三方が
庭師から術を奪い、ある程度使いこなしているクロノの存在は、対庭師の戦いにおいて大きな福音となった。敵の手の内が知れたのだから。今頃はおそらく、紋章院でリーフと共に、ビッグたちの烙印の解呪に向けて研究を進めているだろう。
非常に珍しい研究材料だから、精神体だけ救助されて隠居を決め込んだベルフラウも好奇心を抑えられず、紋章院に顔を出しているに違いない。
新たなプレイヤーとなり得る人に対して、ビッグ社長はいつも「安心材料」の提示をおろそかにし。自社の主張のみを押し通していた。それでは人の心は動かせない。ワクチン…実際は薬でなく、特定パターンの呪詛に耐性を有する紋章を身体に描いたり衣装に縫い込む形だが。これでイーノは、ビッグに差を付けることもできた。
(そういえば、なんか営業っぽいことやってるな)
イーノがふと思う。フリーターや派遣で働いた経験が長く、正社員になったことの無い彼には営業の経験などない。そもそも、営業職など自分に最も不向きな職種だと思っていた。ノルマに追われるとか、飛び込み営業だとか冗談じゃない。
しかし、地球人の力を氷都市の人々に認めさせ。あの難物の神殿長エンブラにも、地球人の即排除でなく実績を示すまでの猶予を考えさせた。これを営業力と言わずして、何と言うのか。
イーノが持ち前の世話焼き、お節介を発揮して氷都市でやり始めたことは。近い将来、地球での彼の再起を助ける力となるかもしれない。この感覚だ。
非正規雇用で仕事に対する裁量権もごく小さく、プロと呼ぶに相応しい職能を身に付けられなかった氷河期世代の人たちにも。人手不足の氷都市で経験を積んでもらえれば、リアルでの再起の助けとなるに違いない。幸いこちらでは、ミハイルのように若者に戻って人生をやり直すこともできる。違う性別にすらなれる。アバターボディは、何と便利なものだろうか。
それが「今の人生を投げ出す」異世界転生ではなく、寝ている間にできる日帰りの異世界転移なのだから。異世界で成長した勇者候補生が数を増せば、日本社会へ及ぼす潜在的影響を考えるとワクワクするじゃないか。見た目にはパッとしなかった人が政府の就業支援など目じゃないくらいに、ある日突然輝き始めたら。それはきっと、異世界を旅してきた夢渡りの仲間に違いない。
氷都市で経験を積んだ地球人たちが、氷河期の厚い氷…現代日本に残る旧弊や悪習を打ち破る姿を、イーノが想像していると。
「イーノさぁん、何かいいことあったんですかぁ?」
いつものように精神体で地球まで通ってくれるエルルが、不思議そうな顔でこちらをのぞき込んできた。
「ええ。それはとても」
おどけた様子で、わざとユッフィーの口調で。イーノもまた、パートナーに笑みを浮かべるのだった。
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