第3章 氷河期戦士たち、夏への扉を開く

第42話 波乱の新入り歓迎会

 エルルやミキ、そしてユッフィーが不定期にウェイトレスのバイトをしている冒険者の酒場「白夜の馴鹿亭」。その夜は、ユッフィーのビッグ社長救出の呼びかけに応じて新たに地球から夢召喚された、ミカ・ノコ・モモ・銑十郎・テイセンら五人の歓迎会がにぎやかに開かれていた。


「それでは皆様、氷都市の新たな仲間となった五人に」

「フリングホルニから無事、帰還されたみなさぁんに、かんぱぁい!」


 ユッフィーとエルルが乾杯の音頭を取り、陶器や木のジョッキが高く掲げられた。


「そういえば。イーノ様が『偽神戦争マキナ』の掲示板でSOSを発信してから、わたくしたちが帰還するまで。皆様はどうされてましたの?」


 ユッフィーが、隣に座るミカの顔を見上げて問いかける。背の低いドワーフであるユッフィーやノコが座る椅子は、まるでファミレスのキッズ用チェアだ。


「王女の言う、現地の協力者。アウロラ様から一通り事情を聞いて。まずは、訓練やバイトに励んでいたわよ」

「ゾーラさんやオリヒメさんにも、すっごくお世話になったよ!」


 ミカが答えると、ノコも身を乗り出してきて話に加わる。ミカが身の上を話せば、故郷でモンスター扱いされた経験のある二人は親身になって相談に乗ってくれ。

 ノコがマキナで愛用していたビキニアーマーが、氷都市ではドレスコードに引っかかると分かったときは。オリヒメが紋章術の応用で色の変わるアンダースーツを仕立ててくれた。

 残念ながら、オリヒメは水着祭りの準備で忙しく。ゾーラもパートナーを支えるためにいろいろやってるらしい。


「これね、今は真っ黒だけど。シースルーに切り替えることもできるんだよ」


 ノコが、赤いビキニアーマーの下に着ているぴっちりタイツを指でタップすると。あら不思議、一瞬にして肌もあらわなパルプ・マガジンのメタルビキニ姿に。誰かに注意される前に、元の真っ黒に戻したけれど。


「いいねぇ、それ!」


 中国のゲーム業界じゃビキニアーマーも禁止でねと、テイセンが喝采をあげた。


「近年では、古代ローマ時代に女剣闘士が実在していて。上半身裸で戦っていたとの新説もありますの」

「氷都市のコロセウムは、フイギュアスケート専用だったね」


 マキナではしばらく顔を見てなかったノコが来ると聞いて、ユッフィーがネットで調べておいたネタを出せば。ノコは、訓練ですでに何度か手合わせしていたミキを見る。普段はレッスンで忙しいミキとミハイルも、今回はこの盛大な歓迎会に顔を出してくれていた。


「アウロラ様は流血を嫌いますけど、ヒャズニング練武場ではみなさんの要望を取り入れて、コロセウムの場面設定でも修錬に打ち込めるようにしてくださいましたね」

「うん、女神さまさまだね」


 一度、ミカとノコにモモを加えた三人がかりでミキと手合わせしたこともあった。それでも「氷都の舞姫」その人には、全く歯が立たない。そこまでの強者でありながら、謙虚で親しみ易い人柄もミキの魅力だった。


「ぼくは、裸婦画を描いたりヌードモデルをやったり。芸術のためならOKなのね」


 モモが少し得意げに、一同に胸を張る。中の人が絵師であるモモならではの稼ぎ方だった。モモの絵心はそのまま、紋章を描いて魔法を発動させる紋章術士としての素養につながる。リーフからも、色々手ほどきを受けたらしい。


「リーフくんって、可愛いよね。ぼくが絡むとアリサさんが嫉妬するけど♪」

「可愛い弟分が、色香に惑わされぬようにのう?」

「ちょっ!モモさん、アリサ様?」


 モモとアリサが、リーフの両側からそれぞれ腕を組んで静かに視線をぶつけ合うと。見ていた一同から笑い声が上がった。


「ユッフィーちゃんたちの活躍は、小説で読ませてもらっていたけど。氷都市はやっぱりにぎやかでいいね」


 銑十郎がユッフィーに穏やかな微笑みを向けると。エルルが銑十郎の近くに来て、エール酒を陶器のピッチャーから銑十郎のジョッキへお酌する。氷都市では、陶器や木製の容器が一般的で、ガラスのジョッキはまだ見たことがない。


「ユッフィーさぁんの、妻のエルルですぅ♪」

「どうも、ユッフィーちゃんの彼氏の銑十郎です」


 氷都市は多夫多妻制で、同性婚も認められている。そのことは銑十郎も小説の内容から知っていたが、どこか奇妙な感じを受ける。そこはやはり、異世界だった。


「ヘイズルーンファミリーにも、新顔が増えますわね」


 エルルと銑十郎の間に挟まれて、ユッフィーが幸せそうに目を細めると。


「オグマさんは、やっぱりフリングホルニの方へ?」

「ええ。帰宅したら、銑十郎様も含めて新顔一同のお話をしておきますわ」


 オグマはなかなか独占欲が強そうと、銑十郎は密かに気を揉んでいた。その一方でミハイルは、ユッフィーたちの隣でテーブルを囲むフリングホルニ組の一同にあいさつをして回っている。


「さて、こうして会うのは初めてだね。ミリタリー・パレード社のみなさんに、お嬢さん方。マキナでダグラス・サンダースのプレイヤーをやってる、ミハイルだよ」


 ミハイルがエンターテイナーらしく、華麗な所作で舞台のようにあいさつすると。


「おおっ、イケメンさん!ミキちゃんのお友達のレティちゃんだよっ♪」

「レティちゃんのお友達の、パンちゃんなの!」


 女子二人の明るい笑顔に、ミハイルも元気をもらったようで。


「友達の友達は、みな友達だね!」


 レティスとパンは、陽気なミハイルにすぐ好感を抱いたらしい。しかし、MP社の三人の方は。


「…知らないな。誰だ?」


 思い出せないといった顔で、いぶかしげにミハイルを見るビッグ社長。


「社長、その人は…!」

「フィギュア金メダリスト、ミハイルを知らないって…さすがに一般常識だろ」


 ポンタとジュウゾウが、ミハイルの素性を察して自己紹介をうながした。

 世間の評判では、MP社はワーカホリックの集まるブラック企業だ。年末年始さえもP B Wプレイバイウェブの運営に没頭していて、いつ社員が休んでるのかも分からないと。完全に体育会系サークルのノリだ。だからこそ技術や教養を磨く余裕すら持てず、世間の流れから取り残されたのかもしれない。


「MP社の取締役で、マキナの制作総指揮を務めるポンタです」

「MP社社員で、ゲームマスターのジュウゾウだ。で、そっちがうちの大将」

「よろしく頼むよ。あ、ぼくがプレイヤーやってることはなるべく内緒でね」


 うっかりオフ会などに顔を出すと、ただでさえ数百人集まるのに警備スタッフに余計な負担をかけてしまうと。今までミハイルとしての顔出しは控えていたらしい。


「うちのPBWの宣伝には、協力してくれないってか」

「その代わり、グラサン大佐としてマキナを盛り上げるからさ!」


 偽神戦争マキナは、日本語にしか対応していない。海外からのプレイは想定もしてないといった仏頂面で、ビッグはミハイルを見る。有名人相手に、ずいぶん無作法な振る舞いだが。それでもミハイルは顔色ひとつ変えず、楽しげな雰囲気を崩さなかった。大人の対応といえよう。


「まあまあ、せっかく社長を助けるために集まってくれたみんながいるんだ。まずは一声かけてあげたらどうだい?」


 ミハイルが、隣のテーブルで成り行きを見守っている五人の新入りたちに手を差しのべるようにして、ビッグに目配せすると。


「よく来たな、お前らも物好きだな」


 まるで他人事のような、あまりにそっけないリアクション。そこに感謝や歓迎の意図は読み取れなかった。MP社プレイヤーたちのよく知るビッグ社長の豹変ぶりに、場も静まり返ってしまう。


「以前は、こんな方ではありませんでしたの」

「腰が低くて、人当たりのいい好青年だった…だろ?」


 一応は幹事の立場にあるユッフィーが、ミハイルを気にかけてテーブルを移動してくると。かつてイーノの思念に触れたというクロノが、そこから読み取ったビッグの人物評を述べた。


「ええ。ビッグ社長は、自らの考えや内面について語らない人ですの。自分の弱みや影の努力、カッコ悪いところは見せたくないと」


 それでも、彼の置かれた状況に想いを馳せることはできますと。ユッフィーが言葉を紡ぐ。


「ごく普通の一般人が突然地球に帰れなくなり、庭師ガーデナー勢力から絶えず追われ続ければ…極限状況で精神的余裕も失われ、視野も狭くなるでしょう」

「それはあるだろうが、他に言いたいことがありそうだな」


 クロノが鋭く、ユッフィーの内心に切り込もうとするも。まずは安心感を与えようと、MP社の三人に明るい表情を向けるユッフィー。

 あのふんぞり返って偉そうにしていた連中が、今やこちらに保護される立場となったことに、イーノとして内心で溜飲を下げつつも。


「氷都市なら、もう本当に大丈夫ですわ。フリングホルニと違って敵の勢力圏からは完全に後方ですし、ミキさんやアリサ様たち歴戦の勇者が守っています」

「ここには、プリメラさんのようなバトルマニアもいませんよ」


 かつて、はじまりの地での戦いにおいて。百万の勇者たちの中で戦功トップの常連だったプリメラが強敵との手合わせを欲するあまり、庭師に組した。そのことに少し複雑な想いを抱きつつも、ミキはユッフィーと顔を見合わせて微笑む。


「経営者は孤独です。ビッグ様は地球に帰れなくなる以前から、先の見えない会社に神経をすり減らしていたのでしょう」


 それで、頭髪が薄くなったとも揶揄されていたのをよく見かけた。社員の生活を背負う社長には、始めから逃げ場など無く。苦楽を分かち合う伴侶もいない。


「お前なんかに、何がわかる」


 知ったふうな口を、とでも言わんばかりに。ビッグが険悪な表情でユッフィーをにらみつけるも。もはや中の人イーノにとって、この落ち目の社長は憎悪を向ける対象では無かった。その境遇を憐れみ、希望ある未来を示してやるべき相手だ。


 MP社のコミュニティには、氷河期世代のおっさんたちも多く集まっているだろう。郵便でやりとりしたプレイバイメールP B Mの時代も遠い昔、現代のPBWはもうおっさん向けゲームの一種ではないか? 彼らの居場所は守らねば。


「わたくしだって、自分の人生の経営者ですもの」


 人はみな、自分の人生の経営者だ。自分の歩む道は、自分で決める。ましてや今は、ここ氷都市で勇者候補生制度の運営に関わる身。ユッフィーはもはや名実共に一国一城の主と言えた。たとえ、地球で無職のプータローであってもだ。

 イーノは以前、MP社に代わるPBW運営企業を立ち上げようとビジネススクールに通ったこともある。自分のビジョンを人前でプレゼンしたこともあった。そこで知り合った人たちは、PBWと無関係なコミュニティに属する貴重な仲間だ。慎重派のイーノは、いまだに起業に踏み切れないのだが。


「お前も、お節介焼きだな」

「お互い様じゃありませんこと?」


 クロノがユッフィーを見て、苦笑いを浮かべた。おそらくは自分自身との共通点を見出したのだろう。ユッフィーもまた、クロノを見上げてくすくす笑っていた。


「お二人さぁん、仲がいいですねぇ?」


 デブリの王子様と、頑固王女のやりとりに加え。エルルが茶化したことで、場の空気が一気に和らいだものとなる。


「もう一回、乾杯といこうか!」


 ミハイルが明るく、音頭を取ると。仏頂面ながら、ビッグも周囲にならった。

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