第40話 ドヴェルグも見惚れる…?

 石畳を駆ける足音が、地下道に反響する。

 クロノ、カリン、シャルロッテの三人が追っ手の悪夢獣ナイトメアから逃げているのだ。


(ごめん、敵の中に非実体化した悪夢獣がいた!地下道に侵入されたよ)


 マリカが先頭を飛びながら、マリスへ思念テレパシーを送っている。共に高度な夢魔法の達人で、魂の双子と呼べるほど深いつながりを持つ二人ならではの能力だ。


(精神体になれば、地中でもお構いなしに潜れちゃうからね)


 いま二人の思念は、石碑に刻まれた弁舌アンスールのルーンによって通信中の全員に「脳裏に響く声」として共有されていた。他の者が直接話すこともできるようだ。


「この石碑の間は、言うなればフリングホルニのコントロールルーム。精神体をも寄せ付けぬ障壁を張ることも可能じゃが、奴らにここの存在を気取られるのは不味い」

「ビッグたちを庭師ガーデナーに渡すわけにもいかないぞ」


 オグマとクロノが、通信を交わす。すると、そこへ第三者の声が割り込んできた。


「オグマ殿、石碑の間へたどり着かれたか」

「お爺ちゃま!」


 走りながらで必死なのか、シャルロッテが叫んだ。声の主はニコラスだ。


「こちらは順調じゃよ、オティス殿」


 石碑の間で、オグマが落ち着き払って答える。


「オティス様って、氷都市の創設者で伝説の…!?」


 伝説の冒険商人、オティス。ユッフィーはその名に聞き覚えがあった。


「わたしぃが酒場のバイトでぇ、ユッフィーさぁんにお話したぁ!」


 エルルもまた、驚いていた。確かに、オティスはまだまだ現役で最前線で活動していると聞いていたが。


「本名を知られると、何かと不便なものでしてな」


 要するに、ニコラスという名は。越後のちりめん問屋だったり、貧乏旗本の三男坊だったり、遊び人の金さんだったりと。正体を隠すための偽名だったようだ。


「いつ、お気付きになりましたかな?」

「わしらが雪の街を出た後に、庭師ガーデナーどもの襲撃があったと聞いてな」


 襲撃に対する、あまりの手際の良さ。自分たちの来訪をダシにして、敵に尻尾を出させる策士ぶり。それでいて、自分たちの安全は確保してくれた。まるで北欧神話の主神オーディンの如き知略の持ち主だと、オティスへの評価をオグマが口にすれば。


「いやいや、私はただ名前が似ているだけの、人間の老いぼれですよ」


 生ける伝説とまで呼ばれながらも、今までと全く変わらない腰の低さで謙遜した答えが返ってきた。


「これ以上は逃げきれません!ここは、私が敵を食い止めます」


 そうこうしているうちに、カリンから覚悟を決めた声が響いてくる。


「カリンしゃん!」


 シャルロッテから、悲痛な叫びが聞こえるも。


「大丈夫。私はプリメラさんから、戦士として特別に目をかけられてる。道化も手荒な真似はできませんよ」


 さすがに、ロウランの姫と呼ばれただけあってか。シャルロッテを安心させるような優しいカリンの声音が、痛いほどの健気さで聞く者の心に響いてくる。


「聞こえているでしょう!私をうっかり殺したり、下手に傷つければプリメラさんの逆鱗に触れますよ!!」


 カリンが思念ではなく、悪夢獣ナイトメアと五感をリンクさせているだろう道化へ向かって、凛々しい声で呼びかけると。


「シカタありませんね。極力無傷で、カリン姫をお連れしなさい」


 これで、悪夢獣はカリン相手に本気を出せなくなった。しばらくは時間を稼げるだろう。


「皆に話がある。今後についてじゃが」


 オグマが、通信中の全員に向かって呼びかける。


「わしはしばらく、フリングホルニでの緊急事態への対処に専念する。起きてる間は氷都市におるが、冒険には出られん。当分は夢渡りでこちらに通うぞ」

「分かりましたの。わたくしはその間に地球から勇者候補生を集め、ベテランの方々に協力を仰いで訓練を施し。アウロラ様の神格を成長させ、奪還の準備を整えます」


 オグマとユッフィーの会話がきっかけとなって、その場の各自がそれぞれ果たすべき役割を脳裏に思い浮かべていた。


「オグマ様はぁ、寝てる時が本番になりますからぁ。起きてる時にくつろげるよう、ファミリーのお家でしっかりお世話しますねぇ♪」


 エルルはもちろん、氷都市でオグマやユッフィーのサポートだ。


「フリングホルニに残る人、氷都市へ渡る人を決めようよ。オグマさんのためと、奪還作戦の時こっちに夢召喚できる人が必要だから。ボクは残るよ」

「氷都市で、地球人に夢魔法を教える先生役が必要でしょ?あたしは氷都市ね」


 マリスとマリカが、それぞれ担当を表明すると。


「シャルロッテちゃんは、お爺ちゃまのそばでがんばるでち。庭師の連中には、負けないでちゅよ!」


 エルフの父、ドワーフの母から受け継いだ血の誇りにかけて。幼い容姿に見合わぬ気合の入れようで、シャルロッテが決意を新たにした。


「シャルロッテちゃん、パンちゃんも氷都市でいっぱい修行して、つよくなるの!」

「元気でね、シャルロッテちゃん。必ずまた、心強い援軍を連れて戻るから」


 先に別れたカリンを気にかけつつも、パンとレティスがこの船でできた友達にしばしの別れを告げた。二人の行く先は、まだ見ぬ氷都市。


「クロノ殿。ビッグ殿、ジュウゾウ殿、ポンタ殿を氷都市まで連れて行ってくれませんかな?」

「元より、そのつもりだ」


 ニコラスことオティスが、クロノにMP社組の護衛を依頼する。

 その時、ユッフィーがとっさに閃いた。


「アバタライズで、ビッグ様たちを女の子に変身させてはいかがでしょう?」


 ビッグたちの脱出を気付かれないように、変身術で敵を欺けば。三人はまだフリングホルニ内を逃げ回ってると思わせることができる。


「名案だな。護衛のオレも『悪夢の魔女』に化けておくか」

「おい!オレはお前らみたいに女装なんか…」


 MP社の三人は精神体なのだから、アバタライズでの変身に問題は無いのだが。

 これには、ビッグ社長が強く反発した。男らしさにこだわる、昭和の古いおっさんなのだろうか?


「中途半端な女装じゃなくて、完全に別人に化けられますから。恥ずかしくなんか、ありませんのよ♪」


 中の人がおっさんだと、言外に匂わせながら。ユッフィーがビッグたちにウインクする。するとマリスも悪ノリしてきて、楽しそうに三人を見た。


「自分で変身しないなら、ボクがアバタライズさせちゃうぞ!ユッフィーちゃん、リクエストがあったらどうぞ♪」

「そうですわね。まずジュウゾウ様は、クールビューティなダークエルフの狙撃手」


 ユッフィーの希望に応じて、マリスがジュウゾウに夢魔法の変身術をかける。

 ポフッとファンシーな効果音がしたかと思えば、ジュウゾウの身体は瞬時に褐色肌の美女へと変わっていた。耳はツンと長くて、引き締まったボディがスレンダーだ。どこか、ステルス系のアクションゲームにでも出てきそうな風格がある。


「銃を問題無く使えるようにしてくれたことには、礼を言っておく」


 声まで大人の女性そのものに変わったジュウゾウに、ポンタが驚いていると。


「次はぁ、わたしぃがリクエストいいですかぁ?ポンタさぁんはぁ、黒髪の古風な大和撫子の陰陽師でぇ!」


 エルルが、ポンタさん可愛くなるようにと微笑みながら提案すれば。マリスが陰陽師の所作を真似て、印を組むと。


「きゃあっ!何ですかこれは?」


 思わず女性の身体に引きずられてしまったのか、日本美人へと変身したポンタが小さく悲鳴をあげた。衣装はそれほど変わってないが、下がミニスカ風にアレンジだ。


「むむっ、中身がおっさんとはいえ。これはなかなか…」


 女好きのオグマでさえもが、女体化したジュウゾウとポンタへ交互に熱い視線を向けていた。それこそ、舐めるように。


「男の視線…気持ち悪いぞ」


 もし地球に帰れたら、これからは男のセクハラ行為を見過ごさないようにしよう。そう心に決めるジュウゾウだった。ポンタはそんな「彼女」の影に隠れている。


「や、やめろおぉぉ!?」


 珍しく、ビッグが狼狽している。まるで改造人間の手術台に縛りつけられたバイク乗りを連想させる表情だった。


「はいはい!ビッグさんは『ダイアナ』ちゃんって名前で、ボーイッシュなショートボブのオレっ娘で、お尻小さめでおっぱいが一番おっきいの!」

「こだわるね、レティちゃん」


 レティスの熱い要望に、マリスも笑いながら全力で答える。異世界テレビフリズスキャルヴで、見たことでもあるのか。マリスの夢魔法が、ビッグの周囲を魔法少女の変身シーンのように華やかに演出する。


「ぎゃあああ!オレ変わりたくねぇ!!」

「変わっちゃうよ〜♪」


 その意図に気付いたビッグが、まるで断末魔のような叫びをあげた。何て恐ろしい悪の秘密結社だ。


 ビッグの軽装鎧が、身に付けているもの全てが花びらのように細かく散ってゆく。それは鮮やかなショッキングピンクに染まると、身体に密着したボディラインくっきりのタイツ衣装に変じて。胸が膨らみ、腰が細くなり…みるみる女性らしい曲線美を発揮しつつある「彼女」の身体を覆ってゆく。胸元はハート型に開いていて、見事な谷間がくっきりだ。

 愛用の片手半剣バスタードソードだけは、女性が持つに相応しい優美な装飾が増えたものの、おおむね原型を留めていた。もし戦闘になっても、問題無く振るえるだろう。 


「む、むひょ〜!」


 ダイアナちゃんに変わったビッグの胸元目がけて、鼻息を荒くしたオグマがとある怪盗の三代目を思わせるモーションでダイブしてくる。


「オレに触んじゃねぇ!」


 竹刀で剣道の面を打ったような、パシンと小気味良い音がして。次の瞬間ダイアナちゃんは、オグマの頰に手形が残るビンタを喰らわせていた。


「その元気があるなら、きっと大丈夫でしょうな」


 オティスが、魅力的な女の子に変身したビッグ・ジュウゾウ・ポンタの声を聞いて微笑んだ。異世界テレビと違って、音声のみの通信設備なので姿を見れないのが残念と付け加えつつも。


「あとは、ダストシュートから船外へ脱出じゃな。今、最寄りの出口を操作する」

「了解よ」


 クロノも女性の声と口調で、オグマに応答する。ほどなくしてプシュッと扉の開く音が聞こえ…フリングホルニの船外、ドリームウェイへ滑り降りていくのがマップ上で確認できた。


「オグマ様、あなたは立派なアスガルティアの賢者として再起を果たされました。今後も、わたくしたちを導いて下さいませ」

「…おぬしは、すでに自分の進む道を見出しているのじゃろう?」


 また、氷都市で会えるのだが。ユッフィーもオグマも、ここが巣立ちの時であると気付いていた。次からは、対等な勇者の一人として。別れを惜しむように、二人は抱擁を交わした。


◇◆◇


「これはまた…ずいぶん可愛くなったものね」


 別のダストシュートから、船外へ出た八名の女子と一匹の夢竜を。黒衣の魔女が出迎えた。


「お前もよく、そんな服着れるな」


 ビッグ改めダイアナちゃんが目にしている、闇の魔女に扮したクロノのドレスは。アルビノめいた白い肌を引き立てる、肩や背中を大きく露出したものだった。


「必要だから、着てるだけよ」


 口調こそ妙齢の女性だが、やっぱり中二病でツンデレなクロノの性分は変わらないようだ。むしろ、女体化したことでツンツン度が増したか。


「あら…ボクちゃん!?」


 ふと、ユッフィーがボルクスを見ると。小さかったはずの夢竜はなんと、10mはあろうかという巨大な飛竜に姿を変えていた。


「すごぉく、大きいですぅ!」

「この子ったら、カワイコちゃんをまとめて背中に乗せたいみたい」


 エルルが驚いて、目を白黒させる。その欲張りぶりに、マリカがくすくす笑うと。この主人にしてこの竜ありと、九人の女子一同が一斉に笑顔の花を咲かせた。

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