第39話 忍者屋敷でトロイの木馬
「遅くなってごめん!ニコラスさんやシャルロッテちゃんと住民を避難させててね」
地下道の天井をすり抜けるように、ぬっと現れて床に着地したクロノとカリンに。マリカがすまなそうな声をかける。あたりは真っ暗な闇の中。
「カリンしゃん、クロノしゃん!無事でちたか」
シャルロッテが
「蒼の勇者を敵に回すと厄介だって、良く分かったぞ」
プリメラとの一戦を思い出し、クロノが地下道の天井を見上げると。街の外から、ドッカンドッカンと地面を穿つ地響きが伝わってくる。街中に大穴を開けない程度の思慮はあるらしい。
「穴を掘ってる!?」
カリンが驚くと、シャルロッテが安心させるように微笑んで。
「あのへんには、地下道は通ってないでちゅよ」
震源からおおよその見当をつけて。シャルロッテは養父ニコラスの設計が適切だったことを悟り、誇らしげに胸を張った。
地中からどうやって、地上の二人に術をかけたのか。そこはマリカが精神体で不可視状態になって、地上に出て目視しながらシャルロッテに
「これからどうするか、なんだけど」
「オレはビッグを追う」
脱出を果たしたクロノに、マリカが今後の相談をしようとすると。
「まぁ、そうなるよね」
聞くまでもなかった。
「それなら、案内するでちよ」
「私もお供します」
シャルロッテが言うには。雪の街の住民は皆、敵襲に備えて普段から準備と訓練を欠かさないらしい。それで、今回も非戦闘員で逃げ遅れる者を出さず迅速に対応できたらしい。
話を聞いたクロノとカリンが、顔を見合わせて感心する。
「全く、とんだ忍者屋敷だな。あるいは最初から、地の利があるこの船に誘い込んで持久戦に持ち込む算段だったか」
「私の故郷、
どの勢力にとっても、移動拠点としてのフリングホルニは魅力的だ。もしかするとニコラスは、それを利用して
強者との戦いに飢えたプリメラの行動も先読みして、敵を誘い込むために泳がせておいたのだろう。
「ニコラスさん、ますます策士だよね」
マリカのこぼした感想に、その場の全員がうなずいた。
◇◆◇
一方、その頃。
雪の街を脱出した精神体のジュウゾウとポンタは、大草原を飛ぶうちにストーンヘンジのような環状列石と。その中央にある地下への階段に踏み込もうとしているマリス・オグマ・ユッフィー・エルルの四人を見つけていた。
近くには、レティスとパンにビッグ社長の姿もあった。
「社長!」
ポンタの声に気付いて、ビッグが振り返る。他の六人も宙に浮く二人を見つけた。ジュウゾウとポンタが、一行のところへ降りてきてアバタライズで実体化する。上手くできないのは、非実体化する方だけのようだ。
「雪の街が庭師に襲われて、プリメラが裏切った。クロノともう一人、カリンとかいう女戦士が俺たちを逃してくれたが、どうなったかは分からん」
「あいつはしつこいからな。たぶん生きてやがるだろう」
ジュウゾウが簡潔に状況を伝えると。ビッグは平然とそう答えた。
「ボクも、マリカちゃんから
クロノとカリンは、地下でマリカとシャルロッテに合流。そのまま地下道を通ってこちらへ向かうらしい。
「あのぉ、人の良さそうな姉御さぁんがですかぁ!?」
プリメラが裏切ったと聞いて。街中ですれ違った長身の女性をエルルが思い出していると。
「あいつは根っからの戦闘狂でね、はじまりの地でいばら姫の軍勢と戦ってた時からずっとあんなだったよ。でも、
戦闘狂だが、悪人ではない。腕っ節は強いが、計略は不得手。それがマリスの答えたプリメラの人物評価だ。
「なんだか、ビッグ様と気が合いそうですわね」
「んなことより、とっとと行くぞ」
ふふっと笑うユッフィーに。興味無さそうにビッグがつぶやいた。
「あやつ、おなごに関心が無いのかの」
「イーノ様から聞いた話では。十年以上、一度も浮いた話が無かったそうですの」
女の子大好きのオグマが変わり者を見るような目で、ビッグに視線を向けた。ユッフィーはイーノからの伝聞として、ビッグについて自分の知る限りのことを述べた。
「現代の日本は、リアルの恋愛が『氷河期』と呼んでいいくらい困難な社会ですわ」
ユッフィーの口から、イーノが身の回りの現状を語った。
氷河期世代は、就職どころか恋愛まで氷河期。恋愛についての一面的な偏った見方が「恋愛なんて面倒」「コスパが悪い」などという風潮を生み出し。独身者は増え、少子化は進む一方だ。
「友達みたいな恋人や夫婦だってぇ、いますよねぇ?」
「その通りですの」
ユッフィーの中で、イーノが自分の嫁エルルを見上げて微笑む。イーノとエルル、あるいはユッフィーとエルルがまさに、そんな関係かもしれない。
もしビッグ社長に世話焼きな奥さんがいたなら、
「あ、社長がヘソ曲げた」
ビッグが無言で、階段を降りようとする。ジュウゾウとポンタがあきれながらも後に続こうとすると。
「ちょっと、道案内のボクが先だよ」
手元にオーロラヴェールの明かりを灯らせて、マリスがビッグを追いかけた。
「コイバナは、お肌のうるおいだよね♪」
「レティちゃん、楽しそうなの!」
まだ恋も知らないのだろうか。中華少女パンが、はしゃぐレティスを見て不思議そうな顔をする。でも友達が笑顔ならいいやと、皆に続いて地下墳墓への階段を降りていった。
闇の中に、マリスやエルルが灯した
全てが石造りの通路を歩く様子は、まるでエジプトのピラミッドのようだ。
「バルドルの玄室、とはよく言ったものですわね」
「肝心の棺は、見つかってないんだけどね」
都市の廃墟であるローゼンブルク遺跡とは全く異なる、独特の空気にユッフィーが息をのんでいると。誰かの墓と呼ばれつつも、葬られた本人が見つかってないところまでピラミッドと一緒だねと、マリスが興味深い話をしてくれた。
「その先、罠があるぞ」
不意に、オグマが廊下の前方を指差す。一見すると何の変哲も無いように見えるが落とし穴があるらしい。
「ご名答。記憶が戻ってきたかな?」
「うむ。先へ進むには、そこの隠し扉を使う」
大体の罠はマリスも調査済みだが、何も教えてないのにオグマも言い当てた。彼もやはり、フリングホルニの建造に関わった者ということか。
オグマが、すぐそばの壁を押す。石臼を回すような音がして、回転扉の向こうに隠された通路が姿を見せた。
「道案内がいて、助かりました」
ポンタが胸を撫で下ろす。ビッグ社長が先陣切って突進していたら、危うく穴に落ちるところだったと。
「そちらも大変ですわね」
ユッフィーを演じるイーノは知っていた。ビッグ社長もADHDではと思うほどにうっかりが多く、毎回ジュウゾウやポンタたち社員が後始末に奔走する姿をオフ会でよく目にしていたからだ。
その後も何度か、マリスとオグマの案内で罠や仕掛けをかい潜り。当初の目的だったルーン石碑のある広間へ一行はたどり着いた。
「アクセス権限、最優先レベル所持者を確認。お帰りなさいませ、オグマ様」
不意に、女性の声がして。広間に次々と、魔法の明かりが灯る。壁に刻まれた
「オグマ様ぁ、すごいですぅ!」
「まさか、これほどとはね」
エルルやマリスが、一変した周囲の様子に驚いていると。背の低いドワーフでも読めるよう寝かせて配置されていた石碑の上に、遺跡の全体マップが浮かび上がった。
石碑の間を中心として、一行の現在位置を示す白いアイコンが表示されている。
「アレなにかな?レティちゃん」
「どれかな?パンちゃん」
ふと、パンがマップの隅を指差す。レティスが見ると、そこには白いアイコンが…色違いの赤いアイコンから逃げるように、高速でこちらへ接近してくる姿が映し出されていた。
「誰かが敵に追われてる!?」
「マリカちゃんたちだ!」
レティスとマリスが、思わず顔を見合わせた。
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