第38話 プリメラとカリン

 雪の街のあちこちから、煙が上がっている。響く剣戟と銃声。

 広場での戦いで街を守る剣士がまた一人、攻撃を受け止めた盾ごと蹴り飛ばされて壁に叩きつけられる。


「ぐぼぉっ!」


 肺から急激に空気を押し出されて、息ができない。恐るべき怪力だった。


「あ〜あ、つまんないね」


 気絶した剣士を見下ろして、怪力の主が退屈そうにため息をついた。

 身長180cmを越えそうな、長身の女戦士だった。引き締まった身体は筋肉質で一目で手練れの戦士と分かる。鍛え上げた肉体を誇示するような軽装が大人の魅力を引き立て、その手には長大な斧槍ハルバードが握られていた。


「ちょっと蹴り入れた程度で、簡単に伸びちまってさ。百万の勇者も落ちたもんさ」


 炎のように逆立つ、獅子のたてがみを思わせる赤毛が特徴的だ。

 

 雪の街では、街中に潜入していた庭師ガーデナー勢力の密偵が悪夢獣ナイトメアを招き入れて、街を襲撃していた。住民の姿はすでに無いが、圧倒的な力で向かって来る者を蹂躙する女戦士には、そんな事は眼中に無かった。


 求めるのは、強者との戦いのみ。

 その姿はどこか、かつてヨーロッパで殺戮と略奪の限りを尽くしたヴァイキングを連想させる。


「そこの庭師ガーデナーの道化人形、あんまり街を壊すな!悪夢獣ナイトメアにも不殺を徹底させろ。アタイたち戦争狂いバーサーカーにゃ、美味いメシも快適な寝床も必要なんだよ」

「おお、怖い怖い。かつて百万の勇者の先頭に立ち、常に戦功争いで首位を競った蒼の勇者プリメラ。…指図されるのは気に入りませんが、ここは従っておきますか」


 ユッフィーたちがローゼンブルク遺跡で、マリスたちが江湖中原で遭遇したのとは異なる別個体の「いばら姫の道化」が渋々、女戦士の指示に従い。倒れた者に止めを刺そうとする悪夢獣たちを抑止する。


 そこへまた、別の路地から複数の足音が駆けて来る。次の瞬間、凄まじい轟音が響いて悪夢獣たちが一瞬で霧散させられた。


「ほう…異世界の武器かね?」


 道化から「蒼の勇者プリメラ」と呼ばれた女戦士の目が、好奇心の光を宿す。

 その視線の先にいるのは、マフィア風のスーツ姿でトンプソン・サブマシンガンを構えた精悍な男と。何らかの術で実体化させた「絵に描いた馬」にまたがった、軟弱そうな狩衣姿の男だった。


「貴方は確か…百万の勇者の方でしたね。うちの社長を知りませんか?」

「待て、ポンタ」


 狩衣姿の男が、プリメラに尋ね人の行方を聞こうとすると。マフィア風の男が警戒を強めて、プリメラとその背後にいる道化を睨んだ。


「お前、庭師ガーデナーに寝返ったのか」

「そうさ。あんたみたいな面白い奴と戦いたくてね、トミーガンのジュウゾウ」


 プリメラが平然として、ビッグ社長の懐刀ジュウゾウを挑発する。

 どうやら、道化から話を聞いていたらしい。ここまでの道中で、数多くの悪夢獣を倒してきた異界の武器マシンガンの使い手を。


「本当に裏切ったんですか?勇者なのに」


 ポンタがあぜんとして、襲撃前まで味方だった女戦士を見ていると。


「アタイは死をも恐れない、戦争狂いバーサーカーの勇者だからさ。地球人の言う『正義の味方』の勇者様とは違うんだよ」

「こいつは本当に、勇敢に戦って死ねばヴァルハラに行けると信じてる狂人か」

「さあ、どうかねぇ?」


 RPGの勇者と、ヴァイキングの勇者は全く別物だ。異世界で日本人の勝手な言い分は通じない。ジュウゾウが呆れた様子で悪態をついた。


「だったら、さっさと異世界転生させてやる」


 ジュウゾウが迷わず、プリメラに向けてトミーガンのトリガーを引く。ここに来るまでの過酷な道中で、彼は戦士として研ぎ澄まされていた。

 シカゴ・タイプライターともあだ名される、軽快な発砲音がタタタと響けば。銃身が火を噴いて、無数の銃弾が女戦士に襲いかかるも。


「はあぁっ!」


 プリメラが気合いの叫びをあげると、銃弾はそれだけで見えない壁に阻まれたように弾かれ。地面に落ちて消えてしまう。もともと、実物ではないのだ。


「やっぱり、ただのオモチャだったかい。アタイの首を取りたきゃ、脳筋で来な」


 夢渡り中は、地球からアイテムを持ち込む事も、持ち帰る事もできない。あれは、ジュウゾウが夢魔法で具現化させたイメージの銃だ。銃のように複雑な物品を具現化するのは、本来なかなか難しい。

 それを実物とほぼ変わりなく、しかも悪夢獣ナイトメアを一瞬で吹き飛ばす本物以上の威力で弾数無限で再現するジュウゾウは、かなりの実力者と言っていい。


「お前、どこの戦闘民族だ」


 ジュウゾウが弱いのではない。プリメラが強すぎるのだ。


「彼らも確保しなくては。我々の新たなデスゲームの協力者としてね」


 長身のプリメラにすっぽり隠れる形で、ジュウゾウの攻撃から身を守っていた道化がひょっこり顔を出す。その視線は、ジュウゾウとポンタに向いている。


「そうかい。じゃあ、仕事をするか」

「報酬は弾みますので」


 道化の依頼に、あっさり応じるプリメラ。

 いまMP社のジュウゾウとポンタは、かつて百万の勇者で最強クラスだった猛者を敵に回すこととなった。


「不味いな」

「万事休すですか…!」


 ジュウゾウが表情を険しくする。せっかく式神の絵馬に乗っているのに、ポンタが気力を無くしてヘナヘナと馬の首に寄りかかる。

 そのときだった。


「お待ちなさい!」


 広場に響き渡る、凛とした女性の声。


「来たかい!マナミ国ロウランの戦乙女、カリン姫!!」


 仕事の邪魔をされたというのに、ひどく楽しそうな声をあげるプリメラ。


「ジュウゾウ、ポンタ、ここにいたか!ビッグはどこだ?」

「デブリの王子様…悪夢の刃クロノも一緒だね?」


 追加の乱入者に、ますます上機嫌となる戦争狂いの女傑。

 カリンと呼ばれた女性と、クロノが足早に駆けてきて。ジュウゾウとポンタの二人を守るように、それぞれ前に出る。


「どうしてですか?あなたほどの英雄が」


 槍の穂先を、先刻まで味方だったプリメラへ向けつつも。アジア風の軽装鎧に身を固めたカリンが、悲しそうに問いかける。その背丈はクロノより低く、毅然としながらも儚げな雰囲気をまとっている。姐御肌のプリメラとは対照的な美少女だった。


「やれやれ、またかい」


 さっきジュウゾウに話した説明を繰り返すのも面倒と、プリメラが顔をしかめる。


「だいたいね、アタイは英雄なんて呼ばれる柄じゃないんだよ。ただの戦馬鹿で強い奴と戦うのが何よりの楽しみ。いばら姫を倒し、道化を倒し、終末の獣ワールドイーターを倒して」


 はじまりの地と呼ばれる世界を、蒼の民の宿敵から解放して以来。


「アタイは、どんな戦いでも満足できなくなっちまったのさ」


 だから、庭師ガーデナーに加担して。終末の獣すら倒しうるような強者との熱いバトルに、血と汗と歓喜の涙を流したい。


「あきれた脳筋ぶりだな。ビッグも脳筋だが、それ以上の脳筋は初めて見たぞ」


 ねじれた木の杖を両手で構えつつ、クロノがプリメラに珍獣でも見るようなそぶりをする。


「ははは、ほめ言葉と受け取っておくよ。あの片手半剣バスタードソードの男なら、アタイも見てないけどね」

「さては、街の外にでも抜け出したか」


 プリメラの返答から、ジュウゾウが即座に判断を下す。ポンタに先を急ぐよう促しクロノとカリンを放って、門の方へ向かおうとするも。


「おおっと、行かせないよ」


 次の瞬間、ポンタの乗る馬式神の鼻先にプリメラが瞬時に回り込む。さらに素手で馬の顔を殴りつけて、馬ごとポンタを突き飛ばしてしまう。哀れ式神は紙屑と化して消滅した。


「あだだっ、腰が!」


 空中に放り出されるポンタ。彼は術士タイプであり、ビッグやジュウゾウほど身体が丈夫ではない…!


「解除しろ、アバタライズを!」


 クロノがポンタに向けて、手をかざすと。実体化していたポンタの身体が、幽霊のような半透明の精神体となってその場に浮かぶ。彼らは夢渡り中、無意識にアバタライズを使って実体のある身体を得ていたのだ。

 地球に帰れなくなったMP社の三人の身体は、今頃は病院のベッドの上だろう。


「夢渡りで地球へ飛べなくなっても、非実体化はできるのか」

「そうだ。分かったらさっさと逃げろ。あとアバタライズのオンオフくらい覚えろ」


 クロノはジュウゾウにも手を向け、実体化を解いて精神体に戻す。


「さっさとビッグを探すんだ。空ぐらいまだ飛べるだろう、すぐ追いつけるぞ」


 借りにしておく。ジュウゾウはそうつぶやくと、ポンタを伴ってプリメラの頭上をすうっと飛び去ってゆく。


「あいつら、幽霊だったのかい」

「夢渡り中の精神体だ」


 ビッグ以上の脳筋なら、自分が毎晩夢渡りしてる自覚も無いのだろう。そう思い、不思議そうにしているプリメラへクロノが説明する。


「クロノさん!」


 周囲の状況を見たカリンが、険しい表情で呼びかける。防衛側の戦力はすでにほぼ無力化されており、残るは二人だけらしい。


「いいかい?手出し無用だからね。余計な真似をしたら、殺す」


 最後に残るクロノとカリンは、自分が相手をすると。プリメラが鼻息も荒く道化に命じる。そもそも、道化は彼女の部下でも何でもないのだが。


「しょうがないですね、アナタは」


 逆らうと、問答無用にひねり潰される。渋々ながらも距離をとって見物を決め込む道化と、配下の悪夢獣たち。


 クロノと、カリンが目で合図を交わす。何とか即席の連携を組み、目の前の強大な敵を怯ませて逃げ出すきっかけを作ろうとする。


「二人まとめて、かかってきな。来ないなら、こっちから行く!」


 プリメラが吠えた。野獣の如き、戦士の雄叫び。

 クロノが、構えた杖に悪夢の刃を生じさせる。まるで死神の大鎌を思わせるような禍々しい、闇色の刃。


「お前とて、これを喰らえば悪夢に落ちるぞ!」


 牽制を兼ねて、クロノがプリメラへ切りかかる。鎌の刃でなぎ払うように。


「止まって見えるね!」


 刃の軌道を完全に見切り、紙一重で避けるプリメラ。


(やはり、蒼の勇者特有の鋭い直感か…!)


 同じ蒼の勇者だったマリスから、クロノは蒼の民の神懸かり的な霊感について聞いていた。誰かの身に破滅などの劇的な変化が起こりそうな予兆を、彼らだけにしか信じてもらえない直感で察知する。その力は戦闘においても、アニメイテッドの弱点を瞬時に見破るなどで活かされていると。


「はあっ!」


 クロノに続いて、カリンが足払いをかけるように槍で薙ぐ。しかしこれも、小ジャンプでかわされる。


「隙ありだ!」


 空中の無防備なプリメラへ、クロノが追撃をかけようとするも。


「ふんっ!」


 愛用の斧槍ハルバードをとっさに地面へ突き立て、それを軸に大きく跳ぶ。その勢いを活かして、強烈なかかと落としがクロノを襲う。防御ガードしようものなら、逆に押し負けて額を砕かれかねない。


「ちっ!」


 横方向に軽く跳んで、かろうじて避ける。カリンも牽制をかけようとするが、踏み込む隙を見出せない。以前に稽古で手合わせした時は、全く一本も取れなかった。

 プリメラの戦い方は、完全に野生の勘にまかせたものだ。それでいて無意識に洗練されていて、無駄のない最適解の立ち回りを本能的に選ぶ。恐るべき戦闘狂だ。


「あの女、どっかの漫画に出てくる戦闘民族だろ」


 クロノが思わずジュウゾウと同じ感想を抱くのも、無理はなかった。

 カリンもクロノも、すでに息が上がっている。対してプリメラは涼しい顔だ。


「どうした、もう終わりかい?」


 この程度かと、プリメラが残念そうな顔をしたそのとき。

 クロノとカリンの足元が、まるで蟻地獄にでもはまったように地面に沈み始めた。ここは石畳だ。地面が液状化現象を起こしたわけでもない。なのに、不可解なことが起こった。


「…っ、これは!」


 カリンが驚いて、沼のようになった地面から足を抜こうとするも。瞬く間に身体が流砂の如く沈んでいって、腰まで埋まってしまう。


「大丈夫か、カリン!」


 クロノ自身は実体化を解けば、すぐに脱出できるが。ふと、誰が何の目的でこんな術をかけてきたのかが頭に浮かんできて。表情を余裕のあるものに変えた。


「クロノさん?」

「問題ない。このまま地面に潜って逃げるぞ」


 はるかに格上のプリメラと一戦交えて、クロノの状況判断力も磨かれたのか。


「分かりました、泳ぎなら得意です!」

「地面を泳ぐ…だと!?」


 常識を超えた事態に、歴戦の強者も虚を衝かれて対応が一瞬遅れる。

 その間に、クロノとカリンは息を止めて地面に飛び込み。頭をぶつけることもなくチャポンと水音を残して姿を消した。


「何です、今のは?」


 見物していた道化も、見知らぬ術にあっけに取られていると。


「シャルロッテ嬢ちゃんの地霊術か!やられたよ」


 そうだ思い出した、という顔で。プリメラが地団駄を踏んだ。周囲の地面が揺れるも、すでに液体のような性質は失われていた。


「ドワーフは大地の精霊と親しい、そんなこと言ってたねぇ」


 裏切る前に街を守っていたとき、プリメラは町長の娘シャルロッテとも交流があった。子供のような幼い外見に反して、利発な娘だった。

 おそらくは、ニコラスからプリメラ対策を教えられたのだろう。絶対に真正面から戦うなと。個人戦闘力の違いだけが、戦況を左右する要素ではないのだ。

 

「アタイもよく知らないけど、街の下は地下道がアリの巣状になってるらしいよ」


 そこから術を使って、二人を助けたのだろう。かと言って、プリメラの怪力で強引に街に大穴を穿てば拠点機能に支障が出る。


「よし、街の外に出て穴を掘るよ!」


 プリメラが思いつきで、門の外へ駆けて行くも。掘っても掘っても、二人が逃げた地下道を掘り当てることは叶わなかった。

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