第37話 バルドルの玄室
ユッフィーたちが、フリングホルニに呼ばれたもうひとつの理由。
それは、アスガルティアの賢者オグマに「バルドルの玄室」と呼ばれる地下墳墓で発見された「ルーン石碑」の解読を依頼することだった。
「あんたしゃんが、あのオグマしゃまだったんでちか!?」
「誰だと思っとったんじゃっ!」
ユッフィーたちに割り当てられた部屋で。
マリスから話を聞いたシャルロッテが、驚きのあまりつぶらな瞳をさらに大きく見開くと。子供の姿を今も恥ずかしく思っているのか、オグマが言葉を荒げた。
「オグマしゃまはフリングホルニの建造に関わった、立派なおヒゲの賢者様でちよ」
母がドワーフ、父がエルフ。ドワーフの血を引くシャルロッテにとって、オグマは古の文献に記された憧れの存在だったらしい。
「アスガルティア滅亡の際、
「オグマ様の記憶が戻るぅ、きっかけになるかもですぅ!」
ユッフィーとエルルが顔を見合わせる。北欧神話の知識がある二人には、船名からこの遺跡船の正体に薄々気付いていたが。それは今、確信に変わった。
フリングホルニ。それは北欧神話において、神々の中で最も美しく万人に愛された光の神バルドルが、ロキの奸計で殺された際に船葬用の棺として作られた船。世界のどの船よりも大きかったと伝わっている。
その建造に、オグマが関わっていた。しかもアスガルティアが滅びた後も、こんな辺境で人の住む拠点になっている。そこには別の意図さえ感じられた。
「オグマ様…この船は最初から『移民船』として建造されましたわね?」
「うむ」
ユッフィーの指摘に、オグマがうなずく。
「ロキの背後に、何者かの影を感じた。じゃが正体までは分からなんだ。そこで万一に備え、真相を伏せてこの船を作りドリームウェイに流した。アスガルティアの滅亡を感知して、起動するようにの」
船葬墓に偽装された、夢の大河を渡る移民船の成り立ち。玄室の石碑に刻まれてるのは大方そんな事じゃろうと、オグマが調査前に語ってしまうと。
「本物のオグマしゃま、なんでちね…」
「オグマ様ぁ、すごいですぅ!」
シャルロッテの表情が、驚きに染まる。オグマを見る目も一変した。それを見て、エルルも大いに喜んでいた。
「なかなかの策士だね、ただのエロじじいと思ってたけど」
「それでこそ、お師匠様ですの」
マリスまで評価を改める姿に、弟子のユッフィーも誇らしげだ。
「あたちたちは、アスガルティアを脱出した後。オーロラの道を通じて多くの世界を渡り歩き、フリングホルニを見つけたどり着いた難民でち。寿命の短い人間はもう、何度か世代交代してるでちゅ」
シャルロッテが、今フリングホルニで暮らしてる人々の来歴を語ってくれた。
長命な種族のエルフやドワーフたちが、世代間移民船で起こりがちな「当初の目的が忘れ去られる」問題を解決してくれたらしい。シャルロッテの両親は、ドリームウェイをうろつく野良
「おぬしらにも苦労をかけた。船が役立って何よりじゃが」
肝心の操作方法は、頭からさっぱり抜け落ちてしまった。それを調べるためにも、予定通りバルドルの玄室へ向かう。
シャルロッテの頭を撫でてやりながら、オグマが宣言すると。
「みんな!調査に同行する二人を連れてきたよ」
今回はきちんと、ノックをして。マリカがドアを開ける。
「久しぶり!元気してた?」
「パンちゃんなの!」
入ってきたのは、先日ローゼンブルク遺跡でマリスやマリカと共に夢渡りで助っ人に来てくれたレティスとパンだった。
パンはお辞儀をするなり、拳法の型らしきものを披露する。無邪気ながらも一心に流麗な動きで、中華なキョンシー少女が舞ってみせた。
「雪の街にいる『百万の勇者』たちの中に、格闘のできる子がいてね。稽古をつけてもらってるの。レティちゃんも弓の腕を磨いてるよ」
レティスたちはフリングホルニにたどり着いた後、ここにいた蒼の民の勇者たちと合流できたらしい。
「今のフリングホルニには、どこかから入り込んだ異界の動植物や野生の
マリスも引き続き同行すると、申し出てくれた。
「シャルロッテちゃんは、お爺ちゃまから言われたお仕事があるでち」
「あたしもクロノと、あの三人のお守りだよ」
シャルロッテとマリカは、雪の街に残るらしい。クロノもビッグ社長を見張るのだろう。また何をやらかすか分からない。
「大変ですわね。ご苦労お察ししますの」
周囲の迷惑など、何も考えてないようなトラブルメーカーの顔を思い出し。イーノもユッフィーの中で苦笑いを浮かべていた。
オグマとユッフィーに、エルルの三人と。マリスを道案内にレティスとパンを加えた6名が雪の街を出発する。女子ばかりの一行で、オグマは上機嫌だった。
ふと、その様子を近くの木の上から見ている者がいた。背中には、両手で扱う長い剣を背負っている。刀身はそれほど太くないから、腕力のある者なら片手でも振えるだろう。
「お前らだけ冒険に出かけるなんて、ずりぃぞ」
男が木から飛び降り、一行を尾行し始める。もっとも、隠密の技術は大したものでなく。忍び足もせず追いかけるだけだから、本職のマリスには遅かれ早かれ気付かれるだろう。あるいは、もう察知されていて泳がされてるだけか。
◇◆◇
古の魔術が大気を循環させる人工の雲の向こうに、揺らめく光のドリームウェイが見える。フリングホルニの不思議な空を見上げながら、ユッフィーがふとつぶやく。
「マリス様」
小柄なドワーフゆえ、歩幅も狭いユッフィーとオグマは。お供の夢竜ボルクスに騎乗して緑の草原を移動中だ。背の低いユッフィーが前に乗り、オグマに背中を預ける形になっている。エルルはその脇に、蝶の光翼をひらひらさせながら浮いていた。
ボルクスは、普段より少し身体が大きくなっていた。夢属性の竜らしく、サイズをある程度自由に変えられるのだ。最小ではユッフィーでも抱っこできて、最大では…まだ見ていないが、どれほど大きくなれるのだろうか。
「なんだい、ユッフィーちゃん」
マリスは、レティスやパンと話しながら少し先を歩いていた。天気も良く、極寒のバルハリアでは決して楽しめない、爽やかな初夏のハイキングのように。
「この船へ来るとき。危険は無い、と申しましたね?」
質問の意図を察し、マリスが言葉を選んで答える。
「危なくないように、段取りは整えてるよ。ちょっと面倒はかけるけど」
マリスの返答は、自分たちが呼ばれた理由はまだ他にもあると。ユッフィーの中でイーノの勘に知らせていた。
「面倒ですわね」
「面倒だよ?」
そんな奇妙なやり取りを、草むらの影で遠巻きに聞いている男がひとり。その面倒とは、他ならぬ自分のことを指しているとも知らぬまま。
「さっきからぁ、何をお話ししてるんですかぁ?」
「レティちゃんたちも混ぜてよ」
「パンちゃんもなの〜!」
一癖や二癖もあるマリスやユッフィーと比べ、はるかに純朴でキャピキャピした、元気で騒がしい女子三人が声をかけてくると。
「イーノ様から聞いたお話ですけど。地球の冒険映画によくあるパターンで、悪者は主人公たちの後をつけて宝のありかを見つけさせてから、奪い取るそうですの」
「悪人の考えることなど、どこの世界も同じじゃな」
ユッフィーを後ろから抱く形になっているオグマも、ふんと鼻を鳴らした。
「ねぇ、とっくにバレてるけど?」
マリスの声に、草むらの中で男が固まる。
下手すると攻撃されるとでも思ったのか、その場で立ち上がり。
「いつから気付いた?」
「雪の街を出たところからだよ」
ちっ、と舌打ちしたのはビッグ社長だ。
「マリス様は、本職のニンジャですものね?」
「いやいや、変なカラテとか使わないから」
冗談を交わしつつも。
六人と一匹と、一人が草原のど真ん中で向かい合う。
「ビッグちゃんも、パンちゃんと遊びに来たの?」
「お前ら、俺も冒険に連れてけ。退屈してんだよ」
パンが無邪気に問うと、やれやれといった調子でビッグが答える。
「いいよ、こっちで面倒見る。予定と違うけど、今から雪の街に戻ると危ないから」
「何だって!?」
マリスの言葉に、わけが分からんといった様子のビッグ。
「話を聞いてませんでしたの?わたくしがさっき言った通りですわ」
ルーン石碑を解読できる、賢者オグマたちの一行が玄室に向かったと知れた以上。間も無く、雪の街に潜む悪人たちが一斉に街を占拠する。
「あいつら、まだ追ってきてやがったのかよ?」
ここまで、自分たちを散々追いかけ回してきた
ビッグの表情が途端に険しくなり、もううんざりといった顔になる。
「ニコラス様は、最初からこのことを?」
「ごめんね、そうなんだ」
ユッフィーの問いかけに、申し訳なさそう顔をするマリス。好々爺の印象が強かったニコラスだが、それは仮面だったと思い知る。
三人のフリングホルニ来訪自体が、敵に尻尾を出させるための策だった。地の利があるここでなら、有利に戦えると。住民も以前から避難の準備と訓練を重ねてきた。
「とんでもない御仁じゃな」
「だってあの人は…」
オグマがため息をつく。マリスがさらに言葉を紡ごうとすると。
「街の方から、煙が見えるよ!」
弓使いで視力のいいレティスが、一同に異変を知らせた。
もうドンパチが始まったらしい。
「シャルロッテちゃん、大丈夫なの!?」
思わず、パンが心配そうな声をあげる。よく一緒に遊んでいたらしい。
「お爺様の英才教育を受けてるからね。今頃指示に従って上手くやってると思うよ」
「大丈夫みたいだよ、パンちゃん」
マリスの答えに、レティスもひとまず安心と判断する。
「では、わたくしたちも早く。バルドルの玄室へ避難しましょう」
「暗いところでぇ、はぐれちゃダメですよぉ?」
エルルが、小さい子に言い聞かせるようにパンとビッグを見る。
「はぁいなの!」
「わ〜ったよ、全く」
分かればよろしい。口には出さずそう思いながら、ユッフィーも騎乗するボルクスに急ぐよう指示を出した。
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