第41話 たった5人、でも300!
「…私は、王女を守る近衛騎士。サイコパスなあの男なんかに、怯えてられない」
氷都市、ヒャズニング練武場。今はフリングホルニでの緊急事態にかかりきりとなっている、オグマの作った幻影の訓練施設で。
シアン色の長い髪をなびかせ、美の女神を想起させるような豊かな曲線美を備えた女性が入り口を振り返る。その背には鮮やかな山吹色の光翼が三対六枚、陽光の如く煌めいていた。身にまとう装束は、北欧神話の戦乙女を連想させる。これもオリヒメの店で仕立てたものだ。
「無事に脱出したって、先日連絡があったけど。そろそろ来るかな?」
光翼族の女性を見上げるのは、小柄なドワーフの女の子。身体にフィットした黒いタイツ型戦闘服の上から、いわゆるビキニアーマーを身につけている。背丈の割に、その胸は大きい方だ。タイツは露出度の関係で「氷都市ドレスコード」に引っかかったための窮余の策だった。
冒険者と言えども、氷都市では市民軍の民兵。迷宮内まで口出しはしないが、市内ではそれなりの格好をしてもらう。そう釘を刺されたのだ。
「もうすぐ、ユッフィーちゃんの提案した水着祭りもあるのにねぇ。街中でビキニがNGって、お固い感じだよね」
炎のように赤いメッシュの入った、赤茶の髪。外見からは型破りでフランクな人柄がうかがえた。
「チャイナドレスは、ギリギリOKだったの」
背中で、ピンクの光翼をパタパタさせながら。しかし翼は身体から生えておらず、ドレスの背に刺繍された紋章から、立体映像のように投影されていて。先の二人以上により肉感的な姿の、褐色肌の女性が二人を見ている。桃色の髪は左右でお団子にまとめていた。
「そういえば、ぼくとミカちゃんとノコちゃんは知り合いだけど。そっちの男子二人は、ユッフィーちゃんとどういうお知り合いなの?ぼくはモモ。自己紹介しよっか」
モモと名乗った、桃色の髪の女性。その一声で、練武場に集まった五人の自己紹介タイムが始まった。
「ぼ、僕は銑十郎。アラボシ・センジュウロウだよ。新しい星って書くんだ」
「マキナでの、ユッフィーの彼氏さんだよね?」
銑十郎の髪は、モモと同じピンクで。全体的にぽっちゃりした体型で、オタクな感じのするおっさんだ。少し臆病そうで、温和な印象のアンドロイド種族にアバターボディの力でなりきっていた。
「な、なんでそれを?」
「『画帳ん!』で見かけたの。ユッフィーちゃんとデートしてる絵をね」
なお「画帳ん!」とは、同人誌即売会や
サービス開始から瞬く間にユーザー数が10万人を突破し、
「いいな〜、今度『画帳ん!』頼んでみよっかな?あたしはノコだよ。堀井・ノコ」
南国のビーチでトップレス、などと解放的なイメージを頭に浮かべながら。赤茶の髪のドワーフ娘が男子二人に笑いかけた。屈託の無い姿は、それだけで初対面の彼らに十分な好印象なのだが。
「名は体を表すって言うわね。マキナでのノコはチェーンソー使い。ノコギリのノコよ。怒らせたら、神様だってバラバラにされるわよ?」
「ぶぉんぶぉん!」
「ミカちゃん、あんまり怖がらせちゃダメなの」
ミカと呼ばれた光翼族の女性と、ノリノリなノコのやりとりに圧倒されてる男性陣を見て、モモが軽くたしなめる。ノコのパフォーマンスはチェーンソーの駆動音なのだろうが、どう見ても暴走族のようだ。
「そうかしら?私はミカ。タスク・ミカよ。ユッフィー王女には、あの男の勝手放題でマキナから追放されたところを助けてもらったわ」
「君がそうなんだね。話はユッフィーちゃんから聞いてるよ」
銑十郎がミカを見る。氷都市ならきっと大丈夫、と元気付ける小太りなおっさんにミカの表情も少し和らいで。
「ふふ、さすがは王女の認めた男ってとこね」
みんなアバターボディを使っている以上、外見は各自の好きなように装える。美意識の高いミカも、相手の見た目がおっさんというだけで忌避することはなかった。
ついでに言うとプレイヤーの性別も全員不明だが、そこは気にしないのがお約束。
「それにしても…たった五人ね。日本人が薄情だなんて、言うつもりはないけどさ」
最後に、今まで黙って話を聞いていた優男風の青年が口を開く。やはりオリヒメの店で仕立てたコスプレなのだろうが、中華風の鎧をまとった姿は三国志の武将めいて見える。尖った耳から判断して、この中では唯一のエルフ系種族のようだ。
「私は丁千、スライム使いのテイセンさ。イーノ君とは、マキナの何作か前のPBWで偶然知り合ってね。今は中国に帰ったから、ネットもいろいろ制限されてるけど」
それでも、夢渡りに国境は関係無い。PBWが結んだ国際交流の縁だってあるのだと、一同の間に感慨深いものが広がる。
ふと見ると、テイセンの手の上では。小さな黒い泥状の物体が宙に浮きながらウネウネ蠢いて形を様々に変えている。柳葉刀、チャクラム、そして小さな女の子に。夢魔法によるイメージの具現化だ。
「器用だね。キミも…オタクかい?」
「もちろんさ!」
銑十郎とテイセンの間に、謎の親近感が芽生えたようだ。
「ぼくの中の人は、本職イラストレーターなの。もちろんマキナでも描いてるよ」
「そういやそこのお三方、いつだか見た大浴場イラストでユッフィーちゃんと一緒に描かれてたね。あれはいいものだ」
モモの言葉に、テイセンがふと肌色多めの桃源郷を想起する。
五人はみな、PBWを通じてイーノと接点のある人物だ。
「MP社やビッグ社長に、媚を売るつもりはない。ただ、MP社のコミュニティに集まった人たちのつながりを守るために。私も、王女の呼びかけに応じたまでよ」
ミカが、マキナの小隊掲示板に書かれたユッフィーのメッセージを繰り返すと。
「私もね、前からイーノ君の小説の読者でね」
「僕も、ずっと力になりたいって思ってたところだよ」
テイセンと銑十郎が、顔を見合わせれば。
「ゲームに参加しなくなっても、イラストや掲示板はついつい見ちゃうから。もう、生活の一部になってるんだ」
「ユッフィーちゃんには、スランプの時にお世話になったの」
ノコとモモも、率直な想いを語る。これは現実感の無い、夢の世界のお話。だけど現実につながってる、世界の裏側。
五人の間に、少し打ち解けた空気が流れ出したそのとき。廊下から複数の足音が聞こえてきて、練武場の扉が開いた。
「みなさま!よく来てくださいましたの」
「氷都市へようこそぉ♪」
ユッフィーの明るい声が響き、エルルが歓迎のあいさつをすれば。
「ふむ。おぬしらが、地球から来た新たな勇者候補生か」
「…たった五人?」
仕事の合間に様子を見に来たアリサが、品定めするような目を地球人たちに向け。マリカは、フリングホルニへの援軍にはあまりにも心細いと顔をしかめる。
「たった5人でも。わたくしには、300人の勇者を得たような心強さですわ」
「レオニダス殿が率いたという、三百の精兵か」
かつて、テルモピュライの戦いで数万から数十万とも伝わるペルシャ軍を相手に。わずか300名で地の利を活かし、果敢に闘ったスパルタの兵たち。
アリサの問いに、ユッフィーは自信を持って深くうなずく。
「彼らこそは、現代日本の『大いなる冬』を生き抜いてきた勇気ある者です」
アバターボディの左手の甲に指で触れ、宙に浮かんだアイコンをタッチすれば。信号を読み取ったアウロラがユッフィーの求めに応じて、
そこには「氷河期世代の3割は、3年経たずに離職する」との見出しが大きく映っていて。
「みなさまは、これをどうお考えになりますか?」
ユッフィーが、五人の地球人たちに問う。一番早く答えたのは、テイセンだった。
「そっちも大変だね。中国ももちろん、色々あるけどね」
銑十郎もまた、テイセンに同意を示す。
「引きこもる人が出るのも、仕方ないかな」
「ところが、氷河期世代のおよそ半数近くが。精神的なタフネスが身についたと表明していますの」
ユッフィーの言葉が示唆するものを。アリサがピクリとウサ耳を動かして、敏感に察する。
「要するに、我慢の足りぬ者たちではない。そういうことじゃな?」
「ええ。ご指摘の通りですの」
日本の社会は今、様々な局面で大きく揺らいでいる。あちこちに亀裂が走り、軋みをあげている。旧弊が音を立てて崩れようとしている。相次ぐスポーツ界の不祥事、世間の常識とズレた芸能事務所の傲慢、過労死訴訟、元官僚トップによる引きこもり長男の悲しき刺殺事件…。
それはまるで、北欧神話での
古い太陽が光を失うとき、夏が少しも訪れないまま、三度の冬が立て続けにやってくる。激しい吹雪があらゆる方向から吹きつけ、霜は全てを凍らせ、風は身を切るように冷たい。この間に世界中で絶え間ない戦乱が起こり、親兄弟が殺し合う。人間界の混乱と無法はやがて数多の異世界、神々の住まう領域にまで波及する。
日本にとっての古い太陽とは、高度成長期が続くという幻想だろう。バブル崩壊を経てなお、大手企業は新卒一括採用・年功序列・終身雇用の三本柱を維持しようとした。それはもはや、現代では有効に機能せず人材の海外流出を招いている。あたかも弱点の糸以外には一切の攻撃を受け付けない
ここでの終わらない冬とは、つながりの喪失や心の荒廃として読み解ける。ネットの世界ではときに絶え間ない戦乱と混乱が起こり、無法がまかり通る。リアルでも同じだ。
「氷河期世代の離職率の高さは、彼らが旧態依然たるブラック企業に隷属することをよしとせず『No!』を唱えた結果。彼らは、世の理不尽と戦っているのです」
そんな気概ある人たちを、あたかも落ちこぼれのように扱うなんてとんでもない。氷河期世代への支援策を打ち出す日本政府は、果たして隠れた真相を理解しているのか。引きこもりもまた、間違った世の中に傷つけられないための篭城戦ではないか。ユッフィーの口を借りて、イーノは自らも無職で直面している氷河期世代の現状を熱く語った。
「やり方はほめられたものじゃないけど、あの男もサイコパスならではの常人に真似できない方法でMP社を守り、大いなる冬からの『避難所』を維持してきたのね」
「ええ。イーノ様もそれに助けられた」
その王座を、果たして奪えるのか。ミカに答えるユッフィーの脳裏で、王冠を被りヨーロッパの封建君主の装いで玉座に座るビッグ社長が傲岸不遜に見下ろしている。頭の中の幻影を振り払うように、ユッフィーは言葉を紡いだ。
「いま幸せかどうかは、自分の意思で選べることです。日本の氷河期世代に相応しい自己のイメージとは」
氷河期世代とは、現代日本の「フィンブルの冬」をしたたかに生き抜く…戦士たちのジェネレーションなのです。
ユッフィーの鼓舞が、五人の中に眠る勇気を呼び覚ましていく。それは少しずつ、水面下で彼らの内面に影響を及ぼしていった。
「素質は十分。あとは実技じゃな」
五人の目をひとりずつ見て、アリサがうなずく。その様子にマリカは、悪戯っぽい微笑みを浮かべて。
「5人で
大丈夫、わたくしもエルル様も付いていると。ユッフィーは銑十郎に微笑み。ノコはモモやミカと気合いを入れ。テイセンは早速マリカとイメージの具現化勝負を始めるのだった。
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