第36話 誰が殺した、VRMMO

 収斂進化という概念がある。

 元は別種の生物であっても、同じ環境で同じものを食べ、似た生活をしていると。形態が酷似してくるのだ。

 魚類であるサメ、哺乳類であるイルカ、恐竜の仲間である魚竜イクチオサウルスが代表例として知られる。どれも泳ぎに適した流線形のフォルムだ。


 同じことは、世界そのものに対しても該当した。

 地球と同じような過程で生まれた、似たような大きさの星で。人間と同じような知的生命がいて、陸地の形もそっくりなら。ほとんど同じ歴史を辿った世界が生まれるのかもしれない。

 

 パラレルワールドは、こうして生まれるのだろう。


 ただ、個々の宇宙も多元宇宙全体も果てしなく広いから。私たち地球人類が現代科学で観測できる範囲には、そうした「他人の空似」が見つからないだけ。


 クロノが語るもう一つの地球、アースXXXについて聞くうち。イーノはそんな考えを強く抱くようになっていった。


(む、むずかしいでち…)


 エルルに笑顔で手招きされたシャルロッテは、優しいお姉さんの膝の上で話を聞いていたが。話についていくのがやっとだった。

 幼く見える彼女もやがては、雪の街の次期町長として。ニコラスから様々な教えを受けてはいたが、行ったことのない異世界の話はイメージが追いつかないらしい。


「オレのいた地球の日本も、隔離された島国だからこそ。ほとんど同じ歴史を歩んできた。ご丁寧に、漫画やアニメやゲームが盛んなところまでな」


 イーノが知らぬ間に「捨てていた」想いの欠片に触れたことで。クロノはフリズスキャルヴに頼ることなく、この小説を読んでるあなたたちの地球に関する情報を得ていた。恐るべき読み取り能力だ。


 ただ一点、大きな違いを挙げれば。アースXXXの日本では仮想現実V R技術がイーノたちの地球よりも高度に、数十年先を行くレベルで進歩していた時期があった。ほんの数年前までは。


「現在のアースXXXでは、VR技術全般にダーティで危険なイメージが定着してる」


 イーノたちの地球では、ゴーグルを介して3D映像の中に入り込んだような視界を得られるが。そんな初歩的な技術でさえ、ゲーム脳ならぬVR脳だ、VRによる体験は現実同様に人を傷つけるなどとマスコミに叩かれる始末。多くの人々は錯綜する情報に惑わされ、正常な判断ができないでいる。

 現代人がSF映画に描かれた「AIの反乱」を恐れるように、ドローンが安価な自爆兵器として恐れられるように。クロノの地球では、VRが恐れられていた。


「そのきっかけとなったのが、道化によるデスゲーム事件ですのね?」

「表向きは、致命的なバグやテロリスト説、某国による陰謀説まで解釈は様々だ」


 クロノの地球でも、夢渡りの秘密は公に認知されていない。それ故に庭師ガーデナーの介入を立証する術も無く。やりたい放題やられっ放しの状態だ。

 だが、少なくとも運営者にデスゲーム化の意図は無かった。彼らもまた被害者。

 ユッフィーの問いかけに、クロノは悔しそうな顔をして答えていた。


「オレも、βテスターだったからな。愛着のあるゲームをあんな風にされて、気分が良いわけ無い」


 アルバイトのデバッガーとしてだが、クロノが開発に関わっていた世界初の商用VR・MMORPG。その名は「ヘルヘイム・オンラインH H O」と言った。


 西暦202X年、世界各地に突然現れた地底世界「地獄」への入り口。そこから広がるのは、通常の物理法則が通用しない別次元の異世界。ある者は環境問題や資源枯渇への解決策を求めて。また異世界にいち早く領土を得ようとする覇権主義の大国や、自分たちの独立国家を建設せんとする「国を持たない民族」など、多くの者が地獄の探索に乗り出した。

 これは地獄に挑む「探索者」を育成するため、最新のVR技術を用いて開発された訓練用シミュレータである…という、凝った設定のゲームだ。


 大きな特徴は、ゴーグルを介さない「脳内直結型」であること。ゲームプレイ用のヘッドギアも小型で、視界を覆わない。


「ボクも聞いたとき、ぶったまげたけど。クロノの地球で研究開発が進んでたのは、人工の『夢渡り』に近いものだったんだ」


 地球人の発想力って凄いよねと、マリスが付け加える。


 人が寝ているときに、脳に偽の信号を送り込んで「制御された夢」を見せる。その中では、プレイヤー本人のイメージがマイキャラや背景に反映される。異種族や異性への変身さえ可能だ。MMORPGだから当然、他人と同じ夢を共有する事になる。

 夢魔法によるイメージの具現化に似た要素まで、地獄の探索で身につけた超常の力として再現されていた。このゲームは、夢魔法への適性を高める効果もあったろう。


「もし、HHOが当初の形で世間に広まっていたら。脳内直結型VRの研究から本物の夢渡りが科学的に『発見』されるきっかけになった可能性が高い。アースXXXは予想外の形で公に、地球外知的生命とのファーストコンタクトを果たしたかもな」


 遠い過去のことを語るような、口振りのクロノ。

 本当にそうなっていれば、閉塞感に満ちた現代社会にどれだけの変革と希望をもたらしたか。


「ですがそこに、庭師ガーデナー勢力が介入した。脳内直結型であることの穴を突いて、ダークサイドの夢魔法でゲーム内世界を歪め、デスゲーム化したんですのね」

「お前の指摘通りだ」


 新種の技術故に、セキュリティが未熟だった。


 イーノ様の地球でも、進歩したVR世界を題材にしたSF小説は定番ジャンルだと。本人から話を聞いた体裁で、ユッフィーは答える。話の先は読めた。

 直接悪夢を見せるなら、庭師側にプログラミングなどの知識が不要だからだ。これは運営側が仕組んだものではなく、後のゲーム開発史に名を残すはずだった意欲作が陰謀論で歪められたケースだ。


「庭師からすれば、高度な文明を持つアースXXXやイーノさんの地球は。世界大戦のような大規模の戦争が無いのに、憎悪や絶望が絶え間なく生まれる孤独に満ちた世界だからね」


 その状態を維持するため、裏で手を回して変革の芽を積んだ。HHO事件の背景はそんなところだろう。


「ええ、フィンブルヴィンテルの影響下にあるバルハリアと違った形で。同じように寒い時代ですから」


 マリスも他意はなく、現実をありのままに述べているだけだと。ユッフィーの中でイーノは悟る。こんな状況だからこそ、異世界に逃避する小説が量産されもする。

 私たちの地球で、庭師ガーデナー勢力の表立った介入が見られないのは。そのままが彼らにとって一番、好都合だからだろう。何も起こらないのは表面上良いかもしれないが、私たちの住む世界はそれほどまでに…ディストピアなのか?


 そこから、クロノが語ったHHO事件の一部始終は。VR技術が高度に進歩すれば、私たちの地球でも数十年後に起きるのではと思える、SF小説そのものだった。


 ヘルヘイム・オンラインの正式サービス初日。この手のオンラインゲームにありがちなアクセス過多にもめげず、サーバーは正常に稼働を続けていた。

 しかしそこへ、あの道化が「地獄の道化師」を名乗りHHO内の全プレイヤーに「死への招待状」を送りつけてきた。


 これよりログアウト不可、ゲーム内でライフがゼロとなった者は悪夢獣ナイトメアと化す、死のゲームを始めると。クリア条件は地獄の最下層、地下100階の制圧のみ。

 これには、運営側でゲーム内を巡視していたゲームマスターも巻き込まれ。以後、外部からのアクセスも一切不能となった。技術が未熟なことから、起きている者が外から人工の夢をモニターする手段が限定的だったことも混乱に拍車をかけた。


 もちろん、これをゲーム内のイベントだと思った者は多く。初日だけでログインしていたプレイヤーの2割ほどがゲーム内で命を落とし、悪夢獣に変えられたという。そして魔物と化した者は、その場で他のプレイヤーに襲いかかった。それがさらに、被害を拡大させた。


「アニメイテッドと同じか」


 オグマの表情が険しくなる。先日自分たちが見てきたローゼンブルク遺跡で起きた「勇者の落日」に近いことが、もっと大規模な形で異世界でも発生していた。


 この時点でもう、イーノが知ってるVRネタのデスゲーム小説よりたちが悪い。迂闊な行動は死につながると、多くのプレイヤーは地獄の低層に留まる選択をしたが。道化は無慈悲だった。一定期間戦わない者は悪夢獣と化すという、最悪のペナルティを課したからだ。ヘルヘイム・オンラインは文字通りの地獄と化した。


 地獄の低層で大量発生した悪夢獣の群れに追われ、生存者は深層への進撃を余儀なくされる。この「楽園追放」事件で、全プレイヤーの実に8割が悪夢獣と化した。


 普段は陽気なエルルも、さすがに鳴りを潜める。そしてシャルロッテを抱く腕に、知らず力を込めていた。故郷アスガルティアの滅びる場面を思い出したのだろうか。

 シャルロッテもまた、過去に雪の街が悪夢獣に襲われ両親が命を落とした時のことを思い出していた。


「オレたち生存者は過酷な戦場を切り抜け、十ヶ月で地獄の地下66階まで攻略を進めた。だがそこで『常識の通じない敵』に出くわし、力及ばず全滅した」


 何から何まで、状況が「勇者の落日」に一致する。庭師勢力の常套手段だ。


「もしや、悪夢獣ナイトメアをベースとして作られ統率されたアニメイテッドですの?」

「そうだ。戦い方を知らない奴には、初見殺しの難敵だからな」


 こうして、庭師勢力はHHO事件でまんまと膨大な数の戦力を手に入れた。

 ではなぜ、クロノは悪夢獣化を免れたのか。


「助かった理由は、オレにも分からない。ただ、マリスとマリカの見立てによれば」

「完全に悪夢獣に変わる前に、夢渡りの民に覚醒したんだと思うよ。マリカちゃんが魔女狩りの迫害の中で、夢渡りの民になったみたいにね」


 クロノがダークサイドの夢魔法を使える理由も、そこにあるかもしれない。悪夢の力を宿した、特殊な夢渡りの民。


「ボクとマリカちゃんもね、クロノみたいに助かったHHO生存者が他にいないかをアウロラ様に異世界テレビフリズスキャルヴで探してもらったり。他の夢渡りの民たちに呼びかけて捜索してもらってるけど」


 今のところ、成果は上がっていない。マリスは残念そうに説明した。


「その後、HHO事件がアースXXXの日本に及ぼした影響だが…」


 眠ったまま目覚めない者が、数万人の規模で出た。これは私たちの地球で起きた、あの大地震や津波の犠牲者にも匹敵する。現代医学では「クライン・レビン症候群」に酷似した別の何か、ということまでしか分かっていない。患者の世話をどうするかで、ベッド不足により各地の病院は想像を絶する状況に陥った。


 謎の眠り病とHHOとの関連は、すぐにマスコミで報じられた。HHOの運営と開発を行っていた企業は、世間からの強烈なバッシングにさらされた。運営関係者のプライバシーが暴露されたり、無関係の者が誤認もしくは故意に犯人扱いされたり。挙句の果てには、運営会社の社員に対して私刑を加えようとする者まで現れた。正義感の暴走だ。


(何とも、頭の痛い話で…)


 イーノも思わず、ユッフィーの姿で頭に手を当てる。

 全て、私たちの地球の日本でも同じようなことが現実に起きている。文明が進歩するほど、人間は暴力的な側面が目立ってくるらしい。その最悪の行き先が戦争か。


 そしてまた、人類の未来を変えたかもしれない有望な技術が。出る杭を叩き潰されて闇に葬られた。アースXXXでのVR関連技術は、もはや死に体となった。


 私たちの地球における日本でも、仮想通貨技術の基盤となったファイル共有ソフトの開発者が見せしめ同然に逮捕され、無実を勝ち取るまで七年を要し。その後天才は心臓病で若くして世を去った。

 似たケースとして、刺激によって多能性を獲得する細胞の研究者が世間からのバッシングで社会的に抹殺された事件もある。その後にネットで聞いた話に過ぎないが、あれも全くのデマでなく、他国の研究者が似たような実験を成功させたらしい。その真偽までは、素人なので何とも分からないが。


 これらを現代の異端審問や魔女狩り、あるいは現代日本の「大いなる冬」の一面として捉えることは軽率だろうか?


「クロノ様、色々辛かったでしょう。お話ありがとうございましたの」

「今となっては、過ぎたことだ」


 クロノの身に起きたことを想像し、ユッフィーが気遣う言葉をかける。マリスの彼への態度も、今なら理解できる気がした。


「今回の話が、キミたちをフリングホルニに呼んだ理由の一つだよ。庭師勢力はまたHHO事件に味を占めて、イーノさんたちの地球で別の似たような事件を起こそうとしてる」


 それを実行する上での協力者には、ビッグ社長のように自分本位で後先考えない、追い詰められたら何でもやる人物こそが適している。だから、単に優秀な人なら他にいくらでもいるのに、彼が選ばれたのだろうか。


「わたくし、今思いついたことがあります。まだ終わってはいないのです」


 一同の視線が、ユッフィーに集まる。この貪欲なドワーフ娘の目は決して、夢も希望も無さそうな現実だけに向けられたものではなかった。


「いまわたくしたちには、アースXXXで起きた惨劇の結果を覆す手札が揃いつつある

ように思えます」

「何だって?」


 クロノが、簡単に言うなと疑いの目をユッフィーに向ける。


「わたくしたちには、夢魔法の専門家たるマリス様やマリカ様。ドリームデブリから情報を読み取れるクロノ様に、フリズスキャルヴや氷都市の仲間に…」


 古き神々の遺産であるアバターボディを駆使すれば、神の権能すら行使できるかもしれない。


「これらを上手く組み合わせれば、HHO事件の犠牲者を正常な形で『転生』させて元の身体に戻せる可能性があります」


 どこぞのSF小説と違い、被害者の脳まで焼き切られてはいないのだから。

 主人公が異世界転生するのではなく、転生させる側になる。この欲張りは、そんな展開を目論んでいるのだ。


「まったく、買いかぶってくれちゃって」


 マリスが両手を広げて、呆れたようなリアクションを取ると。


「ドヴェルグらしい欲深さで、面白い。それでこそ我が弟子。じゃがそれを成すには、どれほどのルーンや紋章…星霊力やアウロラの加護を要するやら」


 苦笑いを浮かべつつも、オグマがどこか面白そうにユッフィーを見る。


「頼るあてなら、ありますの」 


 ユッフィーは、いま自分が抱いている小さき夢竜に目を向けた。


「地底の話で思い出しましたけど。ボクちゃんを遣わした『名も無き地底の主』に、クロノ様も相談してみればいいと思いますの。まずは、そこへ至る道の確保ですわ」


 ボルクスが主人の意を理解したように、一声鳴く。


 事も無げに言い切るユッフィーに、クロノが気圧された。

 こいつは一体、何を考えてるのか。


 そろそろ、外では日も沈んでいる。フリングホルニでは昼夜や天候までが氷都市のドーム都市と同じく、何らかの魔法で再現されていた。


「ユッフィーさんたち、そろそろお休みの時間?」


 部屋の壁をすり抜けて、ひょいと精神体のマリカが顔を出す。シャルロッテが少々ビクッと驚いた顔をするが。


「もともと、一日で済む用事じゃないからね。別件でまた夢召喚するよ」

「ビッグさんたちなら、もう部屋まで案内したよ。食事もそっちに運んで、こっちとは鉢合わせしないようにしてるから」


 マリカが状況を知らせると、マリスがドアを開ける。するとシャルロッテが慌ててエルルの膝から飛び降りて先導する。客人の案内は、ニコラスから言付かった彼女の役目だ。


「こっちでちゅよ」


 ソファから腰を上げ、部屋を出ようとするクロノに。エルルが微笑みながら声をかけた。


「元気があればぁ、何とかなりますぅ。わたしぃはぁ、ユッフィーさぁんを信じてますからぁ♪」

「なになに、正妻の貫禄?」


 マリスが茶化して、エルルに笑いかけると。嬉しそうに頰を染めるエルル。


「王子様、わたくしは地底王国ヨルムンドの王女ユッフィー。一緒に理想の国を作りましょう」


 クロノを見上げて、ユッフィーが笑顔で手を握ると。


「変な奴だな。馴れ馴れしくすんな」


 いかにもツンデレな感じで、顔を背けるクロノに。その場の誰もが笑顔になった。

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