第35話 デブリの王子様
「お茶をどぞでち」
町長ニコラスの、まるで貴族の館のような豪邸で。ニコラスの養女シャルロッテが客人に紅茶を振る舞っている。
客間のソファで歓待を受けているのは、ユッフィーとエルルとオグマに。テーブルを挟んでマリスとクロノ少年が座っていた。ボルクスはユッフィーの膝の上だ。
あの後、修羅場を難無く納めてみせたのは。町長ニコラスの鶴の一声だった。
「みなさん、立ち話もなんでしょうから。私の屋敷でお茶でもどうぞ」
明らかに、気性の荒い冒険者の扱いに慣れている感じだった。
「先程は、失礼をお詫びいたしますの」
「若く野心に満ちた方を見ていると、こちらまで血がたぎってきますなぁ」
ユッフィーが詫びを入れると、老人じみたリアクションを返してきたものの。
(まだまだ現役か。能ある鷹は爪を隠す、そんなところじゃな)
オグマは、ニコラスの実力をそう見積もっていた。
「じゃ、行くぞ」
「うちの社長が、ご迷惑おかけしました」
ビッグ社長は、相変わらず傲然としたまま。ジュウゾウやポンタがいつもの尻拭い役で、ニコラスに頭を下げていた。
そうして、これ以上揉めないよう別室に隔離する形で。ユッフィーたちと、MP社ご一行様は別の入り口を通ってニコラスの館へ案内された。
なお、ユッフィーに因縁を吹っかけた形のクロノだったが。中の人イーノが本音をぶちまけてからは一転して好意的になり、よく言ったと笑みを浮かべるほどだった。それで彼は、こちらに同行している。
「落ち着いた?」
マリスが、隣からクロノを気遣うように見ていると。
「ああ」
クロノが静かに答えて、カップを口元に運ぶ。
「クロノさぁんってぇ、マリスさぁんの彼氏さぁんでしょおかぁ?」
エルルが小声で、ユッフィーに耳打ちすると。近くで立ち聞きしていたシャルロッテの耳がピクリと動いた。コイバナには敏感なようだ。
「クロノはボクと同じ、わけありの夢渡りの民でね。なんかほっとけなくて」
マリスが、クロノの身の上について少し言及した。恋人なのかと聞かれて、肯定も否定もしないあたりに大人の余裕を感じる。あるいは本当に好意を抱いているのか。
ユッフィーも先程からクロノの素姓に関心を持っていたので、単刀直入に質問を投げることにする。
「クロノ様…どこかでお会いしましたか?」
イーノがユッフィーに変身している事情については、マリスがクロノの手を引いてオグマの見てない所で、ここへ来るまでに軽く説明していた。
クロノもまた、イーノが形だけ関わってるMP社のPBW「偽神戦争マキナ」のプレイヤーなのか。その問いに彼自身からは、意外な答えが返って来た。
「いや。あの三人から軽く話を聞いたが、オレはマキナと関係無い」
「では、イーノ様とはどちらで?」
直接の面識は無いが、あいつがドリームウェイに捨てた「想い」に触れた。それで色々なことを知った。その答えに、ユッフィーの表情が変わる。
「えっ!?」
夢渡りの民は、そんなこともできるのか。
「クロノ以外に、こんな力を持った人は知らないよ」
夢渡りの民には、ギリシャ神話の夢の神「オネイロス」の名を代々受け継ぐ長がいるが、人前に姿を見せないので能力は分からない。可能性があるとしたらその人くらいと、マリスは謎めいた民族の一端を語ってくれた。
「ドリームウェイは、多元宇宙の各世界を結ぶだけの通路じゃない。誰かの想いや夢の残骸が、まるで
自分の、捨てた想い。誰かの忘れた過去。破れた夢…。
クロノの話を聞きながら、ユッフィーの中でイーノが思案する。
たとえば、
いまイーノがマキナに残っている理由は、毎日納品される誰かが頼んだイラストを見るためと、SNSでなりきりや雑談を楽しむためだけ。全く戦ってなどいない。
夢渡りやオーロラの道は、世界の裏側に存在する極めてファンタジックな現象だ。しかしやはり、夢という現実は甘くないのかと。イーノの認識が大きく変わった。
「そしてオレは、あの戦いに敗れて死んだと思った後。気が付いたらデブリと一緒に、肉体を失ってドリームウェイを漂流してた」
ドリームウェイには、潮流のような流れがあって。そこを漂う「ドリームデブリ」は大抵、いくつかの特定の場所に集まるようになっている。太平洋ゴミベルトみたいな感じだ。
「ボクの方は、ある日突然に大量発生したドリームデブリと
ある時、デブリの多く流れ着く無人島のような小世界で。
「あの時は、名前も聞かずに逃げられちゃってね。クロノが名乗るまで、ボクとマリカちゃんは『デブリの王子様』って呼んでたんだ」
星の王子様ならぬ、デブリの王子様。ドリームデブリから情報を読み取る力を持ち、デブリに包まれて発見された謎の少年。それ故のネーミング。
ドリームデブリは、ただのゴミでなく。時に悪夢獣を生む発生源になったり、夢竜ボルクスのような「夢属性の」不思議生物やアイテムの元になることさえある、れっきとした「資源」なのだという。
それが憎悪や絶望などの性質を帯びているなら、当然
「王子様ってガラじゃないからな、オレも最初驚いた」
クロノ本人は、そう言うが。
「あんたしゃん、結構イケメンの部類に入ると思いまちゅよ」
「そうですわね、シャルロッテ様」
背の低い者同士、シャルロッテとユッフィーが顔を見合わせてうなずいていた。エルルも同意見だ。オグマは少し嫉妬めいた目で見て、ボルクスは我関せずだったが。
「次に会えたと思ったら、これがまた修羅場でね」
次に会った時、クロノは道化の分身体を倒して力を奪った際に得た「庭師勢力が、次なるデスゲームの実行に役立つ者を探している」情報から。別の分身体に追われていたビッグたちを殺し、さらなる惨劇の拡大を阻止しようとしていた。
「つまりは、その『デスゲーム』が全ての元凶ですのね。クロノ様も、ビッグ社長が地球に帰るためならデスゲームの実行役でもやる、と言ったのに激昂するほど」
ユッフィーが話の要点をまとめると、エルルが不思議そうな顔をした。
「クロノさぁんって、日本人ですよねぇ?」
地球で、ましてや日本で。人の命を弄ぶようなゲームがプレイされているとはとても思えなかったからだ。
「本名は思い出せないが、そうだったはずだ」
クロノが記憶をたどる。そして次の瞬間、驚くべきことを口にした。
「それと、話がややこしくなる前に言っておく。イーノやビッグたちの地球と、オレのいた地球は別物だ。分かりやすく『アース
アメコミの設定でよくある、
「地球型の世界は『世界の雛型』って言われるくらい、ありふれててね。別に珍しいものじゃないよ」
異世界があるくらいだから、もう並行世界が出てきたって驚かない。マリスの説明にも、ユッフィーの中の人イーノはそれほど動じていなかった。他の一同は、ただ単に似たような世界がたくさんあるんだな、程度の認識だ。
クロノの地球で、一体何が起こったのか。ビッグたち三人を地球へ帰すためにも、まずは詳しい事情を聞こうと。ユッフィーは事件の詳細をクロノに問うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます