第34話 暴君社長と頑固王女
一触即発。
雪の街は今、喧嘩でも起きたような剣呑な雰囲気に包まれていた。大きな叫び声の応酬で、広場に野次馬が集まってくる。
「なんだなんだ?」
「広場で喧嘩があったらしいぞ」
ファンタジー世界の冒険者たちには、気性の荒い者も少なくない。氷都市にも冒険者をごろつきやならず者の同類と見て、差別意識を持つ有力者がいるくらいだ。
ましてや、治安が良い方とはいえここは前線の街。一歩間違えば、いつ殺し合いが始まってもおかしくない。
危険は無い、と言われていた今回の招待だったが。クロノと呼ばれた過激な少年とイーノの知人であるらしい「社長」と呼ばれる横柄な中年男から。ユッフィーもまた神経を逆撫でするような挑発を受け、頭の中が沸騰しそうになっていた。
(あちゃあ…)
(どうしよっか、コレ?)
マリスとマリカが、夢魔法の一種でテレパシーを交わして対応を話し合っている。
(ユッフィーが、ここまで怒りを露わにするとはな。因縁の相手ということか)
オグマは賢者らしく、落ち着き払って状況を観察している。
ニコラスもまた、不気味なほど静かに、穏やかに三人を見守っている。伊達に前線の街の町長をやってないだろうから、もしかすると全員を一人で取り押さえる実力の持ち主かもしれない。
「お爺ちゃま!」
野次馬の人混み。その足元から、ユッフィーよりもさらに背の低い金髪の女の子がもぞもぞ出て来て。町長ニコラスの元へ駆け寄った。
「何でちか、この騒ぎは?」
「大丈夫だよ、シャルロッテや。しばらく静かに見ておいで」
見た目にはどう見ても幼女だが、受け答えがしっかりしてるところを見るともっと年上なのだろう。服装を見ても、どうやらアウロラの巫女か神官のようだった。
これも社会勉強の一環と、シャルロッテと呼ばれた少女は町長の言い付けに従って三人のにらみ合いに目を凝らす。
「ユッフィーさぁん、ケンカしちゃめっですよぉ」
エルルがユッフィーの肩に両手を置いて、その丸い瞳をまっすぐ見てたしなめる。
まるっきり、わがままな子供をなだめるお姉さんといった感じだが。無邪気で純粋なエルルがそれをやると何とも可愛らしく、中の人イーノも毒気を抜かれてしまう。
それで、イーノも少し落ち着きを取り戻した。
「…クロノ様、と申しましたね?それから、
ユッフィーが、場の四人に呼びかける。クロノの指摘通り、中の人イーノは彼らについて良く知っていた。イーノもMP社創業時からの古参プレイヤーであり、毎年のオフ会を通じて十年来の付き合いがあり。運営への考え方の対立から、ビッグ社長とは疎遠になっていた。ここで会ったが百年目だ。
なお、あんまりな通り名をつけられてポンタは微妙な表情をしていた。もともと、あまり表に出る人ではなく。名物社長のビッグと比べると、人物像が謎なのだ。
「日本は平和を尊ぶ国です。押し付け憲法と言われようと、それを自分たちの意思で守り。70年以上に渡って戦争をしない国であり続けた誇りがあるでしょう」
ここは異世界であり、地球人なら誰もが地球代表、日本人なら日本代表。
ここで舌戦を交しこそすれ、刃を交えるつもりはありませんね?
ユッフィーが、そう念を押すと。
「日本人の誇りだ?そんなもんで、飯が食えるか」
吐き捨てるように、ビッグと呼ばれた男がつぶやいた。
「俺たちゃこんな…ふざけたクソゲーから早く脱出して…帰らなきゃならねぇ。でなきゃ社員にも、契約スタッフにも、ついて来てくれるプレイヤーにも迷惑をかける」
MP社の二人、ジュウゾウとポンタも黙って社長の話を聞いている。
「帰るためだったら、手段は選ばねぇ。
俺たちは走るしかねぇ、止まったら終わりだ。もう死ぬまで止まれねぇんだ。
ビッグが、群衆の前で思いの丈を叫ぶと。
「だったら貴様…今すぐここで殺してやろうか!」
クロノが木でできた長い杖に、死神の大鎌を思わせる闇の刃をまとわせる。夢魔法の一種みたいだが、マリスやユッフィーたちが用いるそれとはまるで違う。
あたかも、絶望と悲しみを刃の形に凝縮したようなオーラを感じた。
「ダメだよ、クロノ。それじゃあんたも道化と同じになっちまう」
マリスが、クロノを後ろからぎゅっと抱きしめる。今はクロノの悲しみを想ってかハグだけだが。ここで止まらなければ、羽交い締めも辞さないだろう。
「ダークサイドの夢魔法、ですわね?」
両者の様子を見て、ユッフィーが問いかける。
見たところ、ビッグたちは夢渡り状態から元の身体に戻れなくなっているらしい。そしてクロノが展開させている闇の刃も、暗黒面の夢魔法と同質の力。どうやって会得したかは知らないが、恐るべき威力を秘めているのだろう。
「誰かは知らんが、おれたちが地球に帰れないことは社外秘にしたかったんだがな」
「全くですよ」
イーノはここ数年、MP社のオフ会に顔を出していないし。ビッグ社長の暴言と、うっかり納品イラスト一覧の
ジュウゾウとポンタが、やれやれといった顔をすると。
「ご心配は無用です、悪いようにはしませんわ。これから、地球より素質のある方を選抜して氷都市へ招き、勇者候補生として訓練します。そしてあなた方の呪いも解いて、必ず地球に帰っていただきます」
ただし、勘違いなさらないでください。
その一言で、MP社の三人を見るユッフィーの眼差しが鋭くなる。
「わたくしがあなた方をお助けするのは、地球でいつかMP社の全てを『あの人』に手に入れてもらうためです。あの人は、ビッグ様を社長の座から引きずり降ろし…」
長年の悪徳で腐敗し疲弊したMP社を改革し、新たな指針と未来像を示し。MP社のコミュニティに集った人たちのために必ずや、会社の再興を成し遂げるでしょう。
ユッフィーが、厳然とビッグに告げると。
「やれるもんなら、やってみやがれ」
「あの人が仲間を集めて正々堂々勝負を挑み、王座を奪うまで。せいぜい会社を守るのですね」
イーノだと名乗ったところで、どうせビッグは忘れてるだろう。ここで正体を晒すわけにも行かないが。精一杯の強がりを因縁の宿敵にぶつけるイーノだった。
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