第20話 凍れる蒼薔薇を踏みしめて
「来ましたね。ワタシが思っていたより、ずっと早いなんて」
遺跡内を進む八人の冒険者と、一匹のチビ竜。
彼らの動向は、中に一歩踏み込んだ時から…何者かに監視されていた。
ここは、今のアウロラの「ユーザー権限」では見ることのできない。フリズスキャルヴの「閲覧不能エリア」だというのに。
◇◆◇
氷都市と、ローゼンブルク遺跡の間を隔てる厳しい自然。
大雪原に氷河洞窟、そして遺跡発掘のために人の手で切り拓かれた大峡谷。
数日をかけ、その全てを踏破した一行は。
遺跡探索のベースキャンプに辿り着き、こちら側の転移紋章陣の登録を済ませた。それから念のため転移機能で一時、氷都市へ帰還し。休息の後に、遺跡へ挑むことになっていた。
(これがあの、夢渡りで見たローゼンブルク遺跡…)
かつて、蒼薔薇の都と
バルハリアの南方に存在した二大国が大戦の末滅びた後にも、人類最後の希望であり続けた街は。
今でも往時の姿をそのままに、しかし真白き霜と氷に覆われて。クワンダたち蒼の民が長い年月をかけ、厚い氷を掘り進めた坑道の最奥に…静かにたたずんでいた。
地球の南極大陸で言うなら、何千mもの氷の下に埋もれた古代の遺跡だ。大いなる冬さえ来なければ、この障害物も存在しなかった。
怖くはないはず。仲間がいるし、万一に備えた転移紋章石もある。
分かっていても、ユッフィーは足を止めずにいられなかった。単純な寒さだけでない何かが、中の人イーノの足取りを遅くさせていた。
それを察したエルルが、ぎゅっとユッフィーの手を握ってくれた。
誰だって、怖いものは怖い。もちろんエルルも同じだった。
「ありがとうございますの、エルル様」
オグマも二人を見る。すっかり精悍な戦士の顔になって、彼女らを守ると心に決めていた。
「ようやく本気になったようじゃな」
アリサも、そんなオグマを微笑ましく見ていた。
「リーフ青年も、オレっちと手でも握るっすか?」
「えっ!?」
ここに姉さんが。
そう思って足を止めていたリーフが、ゾーラの唐突な一言に身体をビクッとさせる。そのやりとりは、一同の緊張を和ませるのに効果を発揮していた。
「ここからはぁ、氷結の呪いに閉ざされた
「アウロラ様、
エルルとミキ、二人の本職の巫女がアウロラに祈りを捧げる。
神殿で巫女のバイトを経験し、修行を積んだことのあるユッフィーも二人に習って目を閉じ祈った。その他の一同も瞑目する。
やがて。ランタンの明かりだけだった、暗い坑道に。揺らめく緑の燐光が次第に、円を描くように広がっていく。
それは宇宙から地球を見下ろした時、北極圏の空に広がるリング状のオーロラをそのまま小さくしたようなものだった。
地球のオーロラは、生命に恵みと災いの双方をもたらす太陽風が、地球の磁力圏に巻き込まれて生じると言われている。
女神アウロラが人と人との絆を束ね、織り上げる
どちらも見るもの全ての心を癒し、命を守る光だ。
「ここからは身軽になって、探索開始だ。露払いは任せておけ」
クワンダの指示で、各自が防寒具を脱ぐと。
その下からは、装いを新たにした冒険者たちの姿があった。見た目には寒そうだが極光の天幕が透明なカーテンのように、寒気を遮断している。
新たな勇者たちは、行く手に待ち構える試練を恐れることなく歩みを進める。
凍れる大地を、スパイクの付いた靴でザクザクと踏みしめながら。
◇◆◇
「おやおや、前回とはずいぶん変わった顔ぶれのようで。あんなおチビちゃんまで」
子供まで投入する羽目に陥るとは。
冒険者たちの窮状を察し、一行を見ている男の口元が歪んだ笑みの形になる。
ふたりの背の低い…白髪で色黒の男の子と、青髪で色白の女の子。
男の子は、体格に不釣り合いなほど大きな漆黒の長剣を背負っているのが目を引くが。女の子の装いは、それ以上に男の興味を強く引いた。
どこから見てもそれと分かる、お姫様ドレス風の衣装。肩や首、胸元はデコルテ調で露出が多く、背丈の割に豊かな膨らみがコルセットで強調されている。
それでいて細部は戦闘用に動き易くアレンジされ、手足を軽鎧で覆っているが重そうには見えない。オリヒメも店で説明してくれた、防御系の紋章術が施されたコスプレ衣装なのだろう。冒険者の個性や信念を示すもの。
髪に挿したティアラを含めた全身のシルエットは、日曜朝の戦う変身ヒロインのコスチュームを連想させる。スカートは後ろから見ればふわっと広がっているが、前はハイレグレオタードに前垂れ。平成初期のファンタジーものに多かったデザインだ。
手にした杖の先端には、大きな宝珠が。魔法使いの杖というよりは王笏のようだ。
アメリカ映画のヒロインには、ただ守られるだけでなく自ら戦う女傑がかなり増えてきたが。
日本のサブカルでは逆に、魔法少女や変身ヒロインの正体が少年やおっさんだったりする場合が増えているのだ。ユッフィーもその系譜に連なる存在だろうか。
そんな格好で、恥ずかしくないのか。
ユッフィーの中の人イーノなら…見た目が完全に別人だから問題ない。そう答えるだろう。
恥ずかしいのは、おっさんが宴会の余興で似合わない女装をさせられたり。対面で遊ぶテーブルトークRPGで、おっさんプレイヤーが野太い声で外見とギャップのあるお色気お姉さんを演じる場合だ。中途半端が一番いけない。
完全な変身のできるアバターボディを使うなら、顔の見えないネット上で他人を演じる場合と変わらない。顔が無いだけに、ネットの世界には本音を言える気安さも、同時に本来の自分を見失う怖さもあるが。
「彼らを子供と侮らないことです。あの姿で成人ですから」
ユッフィーとオグマに好奇の視線を向けている男に、背後から冷静な女性の声がかけられた。男が振り向く。
あたり一面が凍りついた、庭園のような場所で。喪服ドレス姿の女性はヴェールで素顔を隠し。女神アウロラのアバターたちと同じ、オーロラの如き後光をまとっていた。
「これはこれは。ご忠告痛み入ります、女神様」
「『いばら姫の道化』よ…約定は守って頂きます。私の庭で、永遠の牢獄に囚われるのを恐れぬなら」
謎の女性は、そこで遺跡の大通りを進む先頭の三人に視線を向ける。
勇者の落日を生き延びた、牙の勇者クワンダ。武者姫アリサ。そして、極光の闘姫ミキ。
(この程度の試練も越えられないようでは、バルハリアに春を取り戻すなど夢物語。新たな勇者たちの力、道化を利用して見定めさせて頂きますよ)
厳しく冷たい、雪の女王か氷の魔女のような眼差しで。彼女は道化に命じた。
「さあ、あなたの出番です。まずは小手調べから仕掛けなさい」
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