第19話 大雪原に謎の雪娘を見た
雪原を、二台のソリが駆ける。
一台はクワンダが操る、クワンダファミリーの四人を乗せた犬ゾリ。もう一台はオグマが走らせている、ヘイズルーンの三人とゾーラを乗せた犬ゾリだった。
ソリでも数日かかるローゼンブルク遺跡に入るまでは、
一行は、一面の銀世界によく似合う毛皮の防寒具をまとっていた。
「なかなかやるな、オグマ殿!」
クワンダはソリの達人だ。蒼の民たちの亡命先、ローゼンブルクの都を大いなる冬の到来で失ってから。地球の
普段は寡黙な彼も、ソリで雪原を駆けるのは好きらしく。珍しく強面ではない楽しげな表情をしていた。
「アスガルティアでは、よく天空を駆けたものよ」
「女神様のぉ、ソリを引くイノシシとしてですけどねぇ♪」
エルルの突飛な発言に、一同の目がオグマに注がれる。
ユッフィーの中の人、イーノはエルルの話を思い出していた。
エルルとは、以前から北欧神話ネタで趣味が良く合い。会話を重ねて親しくなっていたが、オグマが加わってからはその傾向に拍車がかかった。鍛錬後のサウナでは、強化訓練メンバーのみんなでよくトークタイムになっていた。
ミキは、はじまりの地での冒険談。アリサからは、日本史の中で姿を消していった者たちが移住した地、トヨアシハラの伝承など。
北欧神話には、豊穣の女神フレイアが愛人を天翔ける猪に変身させて使役するエピソードがある。オグマも別の女神から頼まれて断れず…あるいはハニートラップで、猪に変えられてこき使われてたのだろうか。明確な彼の弱点だった。
他にも、エルルはオグマの恥ずかしいエピソードを色々知っているらしい。
「ええい…猪突猛進、野生の走りを見よッ!」
開き直ったのか、オグマはソリをひく犬たちに
たちまち、犬たちは翼を授けられたように活気付いた。
「ちょっ、オグマさん!」
「きゃあん!」
突然爆走を始めるソリに、後ろの席に座ってたエルルが怯えてゾーラに抱きついた。ボルクスも身構える。
「オグマ様、路面の凹凸に気をつけて!」
ユッフィーは振り落とされないよう、オグマの背中にぎゅっと抱きついて。脇から前を見据えて助言する。ここで転んで遭難などするわけにはいかない。
一応、アウロラがフリズスキャルヴを用いた千里眼でカーナビ代わりを務めてくれているが。
クワンダファミリーの四人は、そのドタバタをあっけに取られて眺めていた。
「…あれでよく、転ばないもんだな」
「たぶん、あとで犬たちが疲れますよ。ルーンの反動で」
クワンダとリーフも少々、呆れて見ていたが。
「なかなか良い師弟じゃの、あの二人」
「ちょっと、滑走したくなって来ちゃいました」
アリサとミキは。
氷都市でしばらく見なかった「若さの爆発」に眩しさを感じながら、先行するソリを目で追う。
二人の位置からは表情をうかがえない、当のオグマは。ユッフィーの胸が背中に当たる感触で終始デレデレだったが。
クワンダたちのソリが、アウロラのナビゲートでオグマたちに追いついた頃には。日も暮れかけていた。
「ミキ様!」
ソリを降りてきたミキに、ユッフィーが手を振る。
先行してソリを引いていたオグマ組の犬たちは、すでにぐっすりお休み中だ。
「もうそろそろ野営だと思って、準備をしておきましたわ」
「ユッフィーさん?」
ミキが不思議に思って、周囲を見ると。
オグマとゾーラの手で、立派な野営用のイグルーが雪原に作られていた。
「地球でも、こういう雪のブロックを固めた家を作る人たちがいると聞きまして」
「すごいですね!」
ミキも、この手の家に泊まった経験は無くもないが。
職人気質のドワーフが本気を出して作ると、やはり出来が違うようだ。
「雪をそのまま固めるのも、何だか新鮮っすね!」
石工のゾーラが監修したので、安定性もお墨付きだ。いつもは雪で大体の形を作り石化の邪眼でレンガや彫像を形成しているので、新たな刺激となったらしい。
「ほぅ、これは」
「俺からは、言うことが無いくらいだな」
ベテラン冒険者であることは、即ちサバイバルの達人でもあることを意味する。
そのベテランのアリサとクワンダも、イグルーの出来に感心していた。雪が解けないバルハリアなら、この雪の家はずっと長く使えるだろう。
ユッフィーの案内で、ミキたち四人が中に入れば。
玄関は直接雪が吹き込まないよう、L字に曲げてあるし。廊下の先には、8人でも窮屈さを感じないドーム状の居間が作られ。中央には、かまどと換気口が設けられていた。
そこでは、エルルとボルクスが。
「ボルクスちゃあん、ガ〜ンバレっ♪」
エルルの掛け声に応じて、夢竜のボルクスがかまどに小さく炎を吐き出す。
燃やそうとしているのは、植物の育たぬバルハリアにはあるはずもない…枯れた落ち葉や小枝と、その下に積まれた薪だった。
「エルルさん、それをどこから!?」
リーフが驚きに目を見開く。氷都市で薪を惜しみなく燃やせるのは、それを近くの異世界から調達可能な富裕層ぐらいだ。冒険者が手に入れたなら、自分で使うよりも氷都市で売った方が金になる。
通常、燃料として用いるのは星霊石か。氷都市創建以前は、乾燥させた動物の糞がよく使われていた。
「さぁ、どこからでしょお?」
エルルが楽しげに微笑む。
すると、一同の見ている前で枯れ葉や小枝に火がついた。その燃え方はやや不自然なほどに早く、まるで火薬を使った手持ち花火のように緑や紫のカラフルな炎をあげながら熱を発している。
「む、見たことの無い…不思議と危険な感じはせぬが」
アリサも、不思議そうに炎を眺めている。普段の彼女は、アイテム鑑定士のような仕事で収入を得ていた。それだけに無意識に、謎の薪を鑑定しようとしてしまう。
「…まさか、こんなに早く夢魔法でか?」
「ええ」
クワンダも、エルルとユッフィーの訓練を見ていたことはある。けれどもこんなに短期間でこのレベルに達するとは思わなかったらしい。
ユッフィーがイメージを練り、夢魔法で同じような薪を具現化させようとするも。現れたのは、作画崩壊したアニメのキャベツみたいなまがいものだった。
「わたくしではこれが限度。エルル様が、いかにアスガルティアの自然を愛しておられたかが分かりますの」
「…なるほどな。その分では、修行は上手く行ったみたいだな」
感心するクワンダ。
「目標はぁ、夢魔法でどこでもサウナですぅ!」
「そりゃいいっすね!」
張り切るエルルに、ゾーラも頰を緩める。
リーフは、エルルが得意とするルーン魔法と新たに習得した夢魔法の類似性について考察し、専門外の魔法系統への理解を深めていた。
「イメージの力を使うところは、夢魔法もルーン魔法も似てますものね」
夢魔法によるイメージの具現化は、使い手が「慣れ親しんだ対象」であるほど精度が高く詳細になる。生まれも育ちも違うエルルとユッフィーでは、得意分野が違って当然だった。
「わしらドワーフの本分は、木より鋼じゃ。ユッフィーもようやっておったぞ」
「では、戦いでの働きを期待しようかの」
オグマがそう言うならと、アリサもユッフィーを見る。それなりに鍛え上げた自信があるのか、ユッフィーも「お楽しみに」とうなずいてみせた。
かまどの火で、温かいスープと保存食での簡素な食事を済ませると。一行は男女別の寝室に移って寝袋に包まる。
強化訓練の内容には野営も含まれていたおかげで、みな比較的早くに寝付くことができた。
しかし、一人だけ落ち着かない者がいた。オグマだ。
彼は一人、昼間ユッフィーに抱きつかれた時の感触を思い出して悶々としていた。さて、ここで女性陣の寝室に夜這いをかけるか否か。
オグマの想像の中で、気配を察するのに敏感なアリサに気取られ。刀を振り回して追い回されるビジョンが浮かんだ。
鬼のような形相でアリサが。そこに直れ、叩き斬ってくれるわと。
悔しいが、このまま大人しく寝るほか無いか。そう思った時。
オグマの寝袋の留め具が、ひとりでに外された。
(…む?)
不思議に思って、様子を見ていると。見えない手のような何かが、オグマの服にかけられる感触。
間仕切りのおかげでクワンダやリーフには見えてないが、見られたらさぞや怪しまれるだろう。
(オグマ様)
言葉ではなく、精神に直接語りかけてくる声。ユッフィーのものだった。
(ユッフィーか?)
思念での通話が可能になっていることを確信し、声を出さずに返事をする。
(夢渡りの民の少女、マリカ様に教えて頂きました「アバタライズ」ですの。精神体での変身と、幽霊状態で自身を可視化したり、相手に触れられる術ですわ)
オグマが仰向けに寝ている、その少し上で。
精神体になって浮遊しているユッフィーが、頭から徐々に姿を現す。白い着物一枚だけをまとった、子供の雪女のようないでたちだった。
今、彼女の身体の方は寝室で眠っている。
(オグマ様が女性用の寝室に忍び込もうとして、皆様から制裁される前に。わたくしの方から参りました)
考えを読まれていたことに、オグマが苦笑いを浮かべた。
(おぬしも大胆よの。自分から夜這いをかけてくるとは)
微笑むユッフィー。ほのかに青白く発光する身体からは、幼い容姿と不釣り合いな魔性の色香すら漂わせている。
(短い間ですが、よくお休みになれますようお相手いたしますわ)
地球では朝が近い。戻る間際の、少しの間だけ。
中の人イーノとしては、こういったロールプレイも嫌いではない。むしろ積極的になりきりを楽しんでいた。
アウロラとて、勇者たちをもてなすためにこれくらいは日常茶飯事でやっている。実際、イーノも迫られた。あのクワンダも、アウロラの夫たちの一人と聞いた。
強制は論外だが、お互い楽しんでする分には貴重な異文化体験。そう思えるのは、イーノも氷都市に馴染んできた証拠だろうか。
(なんとも、めんこい雪娘じゃな)
オグマの無骨な手が、ユッフィーの頰に触れると。
雪娘に扮したユッフィーが、ちゅっとオグマに唇を重ねた。
まるで本物の雪女みたいに、ひんやりとした肌触りだった。
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