第18話 メドゥーサだって邪眼を恐れる

 勇者の落日事件で未帰還となった、冒険者たちの行方を追って。

 地球人の協力者イーノが夢渡りで見たという、謎のレリーフの大扉を目指して。


 不死身である氷像の魔物、対アニメイテッドの強化訓練を積んできた選抜メンバー八人と、一匹の星獣が再びローゼンブルク遺跡に挑む日がやってきた。


「それじゃ、行ってくるっすよ」


 オリヒメの服飾店の前で。赤い革ジャン姿のゾーラが、パートナーのオリヒメとハグを交わす。

 ジャケットの背には、金色のメドゥーサの首が刺繍されていた。これはオリヒメの手による魔除けで、背後に回ろうとする敵に睨みを効かせるかのようだ。

 一説によれば、このデザインが日本に伝わって鬼瓦のルーツになったともいう。


「思いっきり暴れてきなさい。あなたの力は、仲間を守るためにあるんだから」


 いつも陽気で気さくなゾーラは、本当のところ自分の力を恐れていた。バイザーで遮らなければ、人を石に変えてしまうゴルゴン族の邪視の力を。

 彼女の故郷、古代ギリシャ風の異世界オケアヌスでは。邪眼を理由にゴルゴン族は怪物扱いされ、迫害されてきた。

 そこで人間を恨み、復讐なんかに走ってしまえば。自分は心まで、本当の魔物に成り果ててしまう。ゾーラの明るく冗談好きな性格は、そうさせまいとする彼女自身の強い想いが形成した仮面ペルソナだった。


 でも、氷都市では違った。

 石化の力は、良質な石材の確保が困難なここでは。雪や氷を固めてブロックを作り出す貴重な能力となった。それ故にゴルゴン族は重宝され、感謝された。


 呪われた力を持ちながらも前向きに生きようとするゾーラの姿は、同じく古の女神に呪われたアラクネ族であるオリヒメの心に希望を与え。彼女に先祖伝来の機織りの業を活かした、ファッションデザイナーへの道を歩ませた。

 やがて、ゾーラの励ましはオリヒメに経済的な成功を収めさせるきっかけとなり。種族も性別も超えて、ふたりは結ばれた。


 そして今、ゾーラの持つ邪眼は戦いで必要とされている。


「ボクが知る限り、庭師ガーデナー勢力はモノホンのゴルゴン族と戦った経験が無いよ。石化の邪眼で意表を突けるかも」


 そう言ったのは、最前線で対庭師の情報収集に当たっていたマリス。

 勇者の落日で多くの冒険者が未帰還となった悲報を受けて、一時氷都市に帰還したのだ。

 帰る道中にも色々あって、予定は遅れに遅れ。その上、出所不明の夢を介したメッセージを受け取って。相棒のマリカにイーノへの届け物を頼んでいた。

 星獣ボルクスの入っていた宝石箱は、ボトルメールのようなものだったらしい。


 訓練の後、汗を流すために入ったサウナで。マリスはゾーラに自分の身の上を語ってくれていた。


「ボクは昔…『ダイモニオン』っていう一種の悪魔憑きだった。地球に伝わるそれとは違って、自らに憑依した霊的存在ダイモンと共生し。その力を借りて戦える能力者だよ」


 マリスも、人と異なる能力を持ったが故に恐れられ、迫害された。ダイモンの力でスラム街の孤児から身を起こし、冒険者になって「百万の勇者」の一行に加わった。けれど結局、その異質な力を危険視され。全てのダイモニオンたちは勇者一行から追放された。

 その話になると、当時を思い出したミキも悲しげな顔をしていた。戦争狂いの脳筋たちが数の暴力で押し通した決定に、嫌々ながら従わざるを得なかったと。


「それでもボクは、この力に感謝してるよ。今の相棒マリカちゃんと出会えたのも、全部ダイモニオンとしての巫女シャーマン的素質のおかげだしね」

「分かったっす。オレっちもこの力を恐れずに…仲間のために使うっすよ」


 選抜メンバーの強化試験に付き合って、ユッフィーとエルルに夢魔法の特訓を施した後。マリスとマリカのふたりは、また最前線へ旅立っていった。

 どうやら、向こうに残してきた気がかりがあるらしい。


「オリヒメさぁん、わたしぃたちも付いてますからぁ!」

「オグマ様も一緒です。大船に乗った気でいて下さいませ」


 ゾーラとオリヒメを励ますのは、エルルとユッフィー。オグマも背後から見守っていた。もちろんボルクスも。


「ヘイズルーンのみんな、ヨロシクっす!」


 ちゅっ。

 オリヒメと熱々なキスを交わした後。ゾーラは三人と一緒に集合場所へ向かった。


◇◆◇


(姉さん。いつか必ず助け出すから)


 実戦を想定して、何度も「勇者の落日」の状況を再現した訓練を重ねてきたヒャズニング練武場。リーフたちクワンダファミリーの四人は、そこでユッフィーたちを待っていた。


 今回は、新規に遺跡へ足を踏み入れるメンバーが多いことから。犬ゾリを使って、氷都市からローゼンブルク遺跡まで向かうことになっている。

 そこまでは、ソリでも数日かかる。


 遺跡探索のベースキャンプまで一度行った者なら、そこに設置された転移紋章陣から氷都市まで一瞬で移動できる。逆も同じだ。

 それを使わないのには、ベースキャンプならではのセキュリティが関係していた。


「リーフよ。あまり気負うでないぞ」


 武者姫アリサに指摘されたリーフが、ハッとなる。心中を完全に見透かされていたからだ。


「そうですね。一番の大失敗をやってしまったのはわたしですから、それを取り返したい気負いが無いと言えば、嘘になりますけど」


 リーフの表情を見て、ミキが微笑みかける。

 アリサはリーフにとってお姉さん…むしろ母のように接してくれているが。ミキの彼に向き合う姿勢は、同じ悩みを抱える者同士。同じ目線の高さだった。


「姉さんの残してくれた、転移紋章石もあります。これが完成した今、危なくなれば即座に迷宮から脱出できる。同じ過ちは繰り返しませんよ」


 荷物の入った、肩掛けカバンに視線を落としながら。

 リーフは、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「アニメイテッドと化した人を、今すぐ救う手段は無い。けれど、遺跡の探索を進めていけば。謎は少しずつ明らかになっていくはずです」


 その知識は、前へ進む力になる。研究者も冒険者も、結局探究者であることに変わりないのだと。

 天才紋章士リーフが、姉ベルフラウと合作で作り上げた驚くべき発明品。それが威力を発揮するのは、もうすぐだった。


「みなさん、氷都市側の『転移フラグ』立てをお願いします。紋章陣の上に立つだけで結構です」


 集まったユッフィーたちを前に、リーフが何か説明している。彼が指し示すのは、ゲートの向こうで緑の光を放つ、複雑な紋様の床。


「では、参りましょう。全員まとめてでも?」

「大丈夫です」


 リーフたち五人が、地球のエレベーターよりはるかに大きな紋章陣の上に乗ると。


「リーフ様、ゾーラ様、ユッフィー様、エルル様、オグマ様。転移紋章陣の利用者登録を受け付けました。転移機能を利用するには、ベースキャンプ側の紋章陣で同様の手続きを行って下さい」


 どこからかアウロラの声がして、手続きが完了した。認証には彼女が操作するフリズスキャルヴを利用しているのだろうか。


「おおかた、魔物避けじゃろ」


 面倒な手続きの理由を、オグマが察する。彼も本気を出せば、腕利きの職人だ。


「ええ。こっちで登録してない魔物が仮に遺跡から出てきて、キャンプ側の紋章陣に入ったとしても。利用を拒否されますよ」

「冒険者でない一般人がもし立ち入っても、キャンプで登録をしてないからうっかり遺跡に飛ばされない。単純かつ堅牢なセキュリティですわね」


 一同が、そんな話をしていると。


「不明な反応を検出しました」


 突然のエラーメッセージ。

 どうやらこの紋章陣は、ボルクスのような星獣が使うことを考慮に入れてないらしい。メッセージの意味は理解できるらしく、ボルクスも怒っているようだ。


「あ!え〜と…」


 リーフが思案する。聞くと、この紋章陣の認証システムも彼の作ったものらしい。


「ユッフィーさん、ボルクスくんを抱っこしてもう一度お願いできますか?それで、あなたの持ち物として認識されますから」

「はいですの。ボクちゃん、いらっしゃい」


 一声鳴くと、中型犬ほどの夢竜は主人に抱かれ。気持ち良さそうに胸元に顔をすりつけながら、主人と共に登録手続きを済ませた。


「ユッフィー様のお連れ、ボルクスの登録を完了しました」


 オグマがそれを、うらやましそうに見ている。


「道中でご活躍されたら、ご褒美を差し上げますわ」

「うむ」


 エルルがクスクスと微笑む。すっかりユッフィーに手綱を握られるオグマだった。

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