第17話 身バレから始まる…?

 市役所でファミリーの結党届けとユッフィーの市民登録申請を提出した、エルルとユッフィーのふたりは。アウロラから連絡を受け、神殿に戻っていた。


「ファミリー結成、おめでとうございます。これでエルルにも家族ができました」


 アウロラは、目をかけている巫女のひとりとしてエルルの門出を心底喜んだ上で。


「お二人に会わせたい方が、氷都市に戻って来られました」


 神殿に一度、来てもらえないか。

 誰だろうと思って、足を運んでみれば。


「また会ったね、変なおじさん!」


 ガーン。


 イーノの頭の中では、そんなピアノの鍵盤を思い切りぶっ叩いたような音が。

 いきなり頭を殴られたような衝撃と共に、鳴り響いていた。


「ねえ、ちょっと。マリカちゃん、どゆこと?」

「この女の子ね、変なおじさんが変身してるんだよ」


 ユッフィーに向かって、人差し指を突きつけるのは。

 先日夢渡り中のイーノにボルクスを届けてきた、夢渡りの民の少女マリカだった。なおボルクスは、マリカをジト目で見ている。あ〜あ言っちゃった、そんな感じだ。


 マリカの隣では、蒼い瞳の色以外は彼女と瓜二つなボーイッシュ少女が。マリカのハチャメチャな言動に対して、不思議そうな顔をしていた。

 この前と同じ白いネグリジェ姿で、栗色の髪をなびかせフワフワ浮いているマリカ

と比べると。もう一人の少女は胸の谷間で紐を交差させる革のビスチェにホットパンツ姿で、フード付きマントを羽織るなど盗賊かアウトロー系の雰囲気だ。

 足もきちんと地面についており、長い髪の毛先は黒いリボンで結っていた。


 このおじさん、変なんです。

 イーノの頭の中では、そんな女性の怯える声が聞こえて。今や日本のお笑い界では大御所となったコメディアンの定番ギャグが脳内再生されて。

 ユッフィーの姿でポカンと口を開けたまま、放心状態になっていた。


「もしかして、ボクのマリカちゃんが迷惑かけたかな?」


 自分のことを「ボク」呼びする、スタイル抜群のボーイッシュ少女は。


「ボクはマリス。元はミキちゃんと同じ『百万の勇者』の一人で、今は夢渡りの民。相棒のマリカちゃんが、変なこと言っちゃってごめんね」


 ユッフィーの事情を察すると、素直に頭を下げてきた。


「ドワーフのユッフィーですわ。マリス様、お噂はおうかがいしております。お気遣い、痛み入りますの」


 氷都市のエージェントとも呼べる、隠密の技に秀でた歩き巫女にして夢魔法の達人マリス。

 先日、リーフに夢魔法の習得を勧められて、アウロラに相談していたから。彼女が戻ったタイミングで、ユッフィーに声をかけてくれたのだろう。

 けれども、あのマリカが一緒で。マリカがとんだトラブルメーカーだったなんて。


 さらに、最悪なことには。


「変身…もしかして、アバターボディですか?」


 その場には、ミキも居合わせていた。

 ミハイルとアウロラ以外で、今アバターボディを使える者と言えば一人だけだ。

 アニメイテッドの弱点を瞬時に見抜けるだけあって、やはり蒼の民は異常に勘が鋭かった。


「ユッフィー様、ごめんなさいね。マリカ様は少々空気を読まないところがあって」


 イーノの素性が、不本意な形でミキにバレた。

 彼の脳内では…このおじさん変なんです、と怯える女性の姿がミキに置き換わっていた。自分が書いた小説のヒロインに、そう言われる気分をあなたは想像できるか?

 アウロラも謝ってくれているが、もはや後の祭りか。


「いいえ、元はと言えば。わたくしもミキ様にお詫びしなければなりません」

「ミキちゃあん、これには深ぁい事情がありましてぇ…」


 尊敬する先輩、エルルの態度が急に変わったことから。ミキも目を白黒させる。


 仕方ないので、ユッフィーも久々にイーノとしての正体を現し。ミキに今までの経緯を説明する。

 勇者の落日を描いた小説「氷都の舞姫」が招いたミハイルとの縁、ただの傍観者ではいたくないこと、神殿長エンブラから怪しい者と思われてることや。

 イーノがユッフィーの姿で他人を演じてまで、この氷都市で成し遂げたい地球人の誘致計画「勇者候補生プログラム」の詳細まで。


 話の途中で、今まで秘密を共有してくれていたアウロラやエルルからも補足説明が入る。先輩のエルルや仕える女神のアウロラ、先生のミハイルにまで蚊帳の外に置かれていたことを知り、ミキの表情は驚きに染まっていった。


 念のため、誤解の無いように言っておくと。

 アバターボディで姿を切り替えた場合、基本は衣装も含めて丸ごと入れ替わる。その服がどうなってるのかまでは分からないが。


「…なかなか、込み入った事情だね」


 話を聞いていたマリスが、ミキの顔を見る。

 ミキもまた、マリスと顔を見合わせてうなずき。何度か言葉を交わしていた。


「そういう事情でしたら。わたしも『共犯者』になりますよ、イーノさん」


 唐突に、ミキからそんな反応が返ってきた。

 その目には、イーノへの疑いも。蔑むような意図も感じられなかった。


「良かったですねぇ、イーノさぁん」

「一時は、どうなるかと」


 ほっと一息ついた様子で、エルルがイーノに微笑みかける。


「水臭いじゃありませんか、みんな」


 ミキが、エルルとアウロラを見る。ふたりとも、すまなそうな顔をしていた。


「ミキさん。クワンダさんやアリサさん、あなたにも。地球人でも冒険者として十分やっていける…確かな証拠をお見せできた時点で、正体を明かすつもりでした」


 イーノの言葉に、ミキがうなずく。


「イーノさんは、勇気があると思います。クワンダおじさまもアリサさんも、神殿長様だって。きっと分かって下さる時が来るでしょうから、一緒に頑張りましょう!」「はいですの!」


 うっかり、ユッフィーの口調で答えてしまうイーノ。そのおかしさに、場の全員が爆笑した。


◇◆◇


「だからごめんって、変なおじさん」

「この姿の時はイーノ、変身中はユッフィーって呼んで頂けませんか」


 翌日。イーノたち地球人が氷都市にいられるのは大抵、本体の睡眠時間中なので。地球で一日を過ごしたイーノが、また布団に入って無意識に夢召喚されていると。

 その途中で、夢渡りを自在にコントロールできるマリカが声をかけてきた。


 変なおじさんと呼ばれて、先日のヒヤリとした状況を思い出し顔をしかめると。


「代わりにいいこと、教えてあげるよ」


 相変わらずの百鬼夜行でカオスなドリームウェイ、オーロラの道を飛ぶイーノの隣にマリカが寄ってきて。耳打ちするようにささやいた。

 なお、さすが夢属性と言うべきか。ボルクスも一緒に付いてきている。


「この前、精神体のまま変身したでしょ?あれね、アバタライズっていう達人の技なんだよ」


 先日の謎の変身。その正体は分かったが、どうしてそれが自分にできたのか。

 それを、マリカに聞いてみると。


「地球人ってね、夢魔法の素質が凄いんだよ。神様とか精霊とか、目に見えないものまでイメージできちゃうんだから」


 現生人類ホモ・サピエンスが、自身より脳が大きく力も強いネアンデルタール人を集団の力で圧倒し、地球で唯一の人類種となった理由は。神や祖霊といった抽象的な概念を発明し、その下に個体の利害を超えて団結できたから。

 そう考える歴史家もいるくらいだ。虚構が現実を変えたのだ。


「要するに、私だけが特別じゃないと?」

「うん。あたしだって元地球人だし、素質だけで完璧に夢渡りや変身を制御できる人もいるよ」


 そういえば。この前マリカの出身部族ベナンダンティについてネットで検索したところ、こんな情報を見つけたものだ。

 16世紀から17世紀のイタリア北東部、フリウーリ地方の農民たちには夢渡りを公然と信じる者がいて。作物の豊かな実りを守るため、夜に精神体で動物の姿に変じて(騎乗するとの説もある)悪い魔女と戦ったらしい。

 彼らはキリスト教の支配体制からは異端とみなされ、悪魔崇拝と結びつけられ迫害の後に姿を消したというが。


「ところがどっこい、地球で居場所を無くしたベナンダンティたちは精神だけの存在になり、異世界に逃れて楽しく暮らしてるよ」


 それが「ベナンダンティ部族」の、夢渡りの民のルーツだと。マリカは教えてくれた。

 かつて北欧から姿を消したバイキングたちが、アスガルティアへ移住したように。ベナンダンティたちもまた、他の異世界に逃れていた。まるで源義経=チンギスハン説のような話だ。


「変なおじ…じゃなかった、イーノさん。あんたって結構面白そうなことを考えてるからさ、特別に教えてあげるよ。夢渡りの民の秘術、アバタライズをね」

「それは助かるよ。ありがとう」


 自分以外の地球人にも、夢渡りや夢魔法に関する優れた素質があるなら。アバターボディ無しでも、自分のなりたい姿になりきれるなら。話は、単に氷都市での冒険者不足を解決するだけじゃない。

 地球人自らの手で、無数の異世界に散らばる迫害された人々、困ってる人に救いの手を差し伸べることもできる。その体験は、私たちの地球を良くするためにも活かされるはずだ。


 世間から「お前いらない」と言われ捨てられた、氷河期世代のひきこもりが。

 ベタな話だが、異世界で救世の英雄となる。重要なのは、よくある逃避型の異世界転生ではなく、現世に居場所を残していること。

 異世界を救ったのなら、今度は自分自身を。リアルの世の中を良い方向に変えてほしい。それこそ正統派のファンタジーだ。


 ついつい、夢物語を熱く語ってしまうと。


「夢のある話じゃない。おじさん、少し見直したよ」


 頰に何か、触れたと思ったら。それはマリカの柔らかな唇だった。

 精神体のはずなのに。胸がドキドキして、顔が赤くなるのをイーノは感じた。

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