第21話 絶対零度の戦場

 アリサのウサ耳がピクリと動いた。左右同時に、別方向の音を探っている。

 もちろん、コスプレではない。兎の獣人、ウサビトの特徴だ。肉食獣の襲撃に備えるウサギそのままの雰囲気で周囲を警戒する。


「奴らが来るぞ!走れ!!」


 先頭のクワンダ、アリサが飛び出すように駆け出す。

 それを、滑走するミキが後から追い越してゆく。

 彼女の靴底からは、鋭い氷のブレードが生じていた。ミキ専用の、戦う舞姫のためのスケート靴だ。氷の紋章で任意に氷刃を出し入れできる。


 ローゼンブルク遺跡の市街地は、中世ヨーロッパの大都市を連想させる歴史的なたたずまいだ。整然とした都市区画は、見事の一言に尽きる。しかも、不自然なまでに保存状態が良い。街中丸ごと氷漬けなだけあって。

 けれども今は、とても物見遊山を楽しめる状況ではなかった。


 遺跡の大通りの脇道から、動く氷像アニメイテッドたちがワッと一斉に湧いて出た。数は十数体か。

 凍っているにも関わらず、その氷がグニャリと軟質素材のように曲がることで機敏な動作を実現している。物理法則を無視した、庭師ガーデナーたちの用いる災いの種カラミティシードに由来する力だ。

 見た目こそ氷だが、往年のSFアクション映画で強烈な印象を残している液体金属の殺戮マシーンめいた挙動だった。


「そこじゃ!」


 アリサが鞘に収めたままの妖刀を振るう。クワンダが幅広の穂先を持つ独特な槍で薙ぎ払う。弧を描く炎の軌跡と、銀色の輝きが一直線に閃いた。

 まるで、糸の切れた操り人形のように。氷像たちが支えを失って崩れ伏す。


「はあッ!」


 空手の横蹴りに近い動きで、ミキが氷像の一体を突き飛ばす。氷に覆われた内側で表情一つ変えず、兵士とおぼしき氷像が他の氷像たちに衝突して。ボーリングのピンみたいに弾かれていった。


「リーフさぁん、頑張って!」


 エルルが蝶型の光翼を羽ばたかせ、地上スレスレを低空飛行する隣で。リーフが必死の形相で走っている。今はまだ、切り札の紋章術は温存だ。


「しつこい奴らじゃな!訓練通りではあるが」


 足が短い関係上、ドワーフのオグマとユッフィーは必然的に最後尾となる。

 パーティの中でも接近戦が不得意なエルルとリーフを守るため、殿軍を務めるのが二人の役割だ。

 アニメイテッドとの実戦はこれが初めてだが、オグマもユッフィーも練武場で何度も幻影と戦っていた。

 

 この魔物が面倒なのは、弱点以外への攻撃では一切ダメージを与えられないこと。遺跡内全ての建物、地面、氷漬けの犠牲者たちは呪いの力で強固に守られ。いかなる手段でも傷ひとつ付けられない。氷像たちも同様だ。

 唯一の弱点は、氷像たちを正体不明の力で操っている「糸」のみ。それもほとんど目視不可能な、極めて細い糸だ。


 ミキやクワンダのように、常人離れして勘の鋭い「蒼の民」や。アリサのような達人だけが、動きを見切って糸を直接断ち切れる。

 そうでない者が、どう戦うのかと言うと。


「オラオラっす!」

「参りますわ!」


 ゾーラの戦 鎚ウォーハンマーが、氷像を立て続けに力任せで殴り飛ばす。よろけた敵に、ユッフィーが柄の長いメイスで追い打ちをかける。

 先程持っていた王笏を、夢魔法で戦闘形態に変化させたものだった。武器そのものが、夢魔法の力で具現化されたイメージなのだ。


「薙ぎ払う!」


 オグマが漆黒の長剣、刻魔剣グラムを横薙ぎに一閃する。その殴打にも近い斬撃は氷像たちをまとめて突き飛ばし、何体かは強引に糸を引きちぎられて動きが鈍る。


「先を急ぎましょう!ボクちゃん!!」


 ユッフィーが相棒のボルクスに飛び乗ると、小さき夢竜は極彩色の炎を吐いた。

 糸を焼かれて、氷像たちは一瞬立ち止まった。その隙にゾーラも走り出す。


 オグマが長剣を地面に投げる。すると、刀身のルーン文字をなぞるように光が走り剣を地面近くに浮遊させた。


「何すか、それ!カッコイイ…てかずるいっすよ!?」


 スケボーのように、剣に乗って低空を駆けるオグマ。

 それを見たゾーラが、恨めしそうな視線を向けると。


「ドワーフは足が短いんじゃ!こうでもせねば置いてかれるわ」


 なお、遺跡内では天井がある上に。遠距離攻撃手段を持つ敵に狙われ易い事から、飛行移動はあくまで低空に限定されている。建物を破壊不能の遮蔽物として利用できるなら、なおさらだった。


 一行が敵を振り払いながら進む先には、大きな門が見える。

 その門前を守るのは、左右に立つ大型の彫像。それら二体が、巨体を軋ませながらゆっくりと台座から降りて動き出す。

 対象が生物でなくても、人の形をしていなくとも。糸で操れるなら何でもアニメイテッドと化す可能性がある。特に目の前の二体は、交戦を避けたい強敵だった。


「脇道に入る!入口を封鎖してくれ」


 クワンダたち三人が敵を足止めしているうちに、エルル、リーフ、ゾーラがやや狭い脇道へ逃げ込む。少し遅れて剣に乗るオグマと、ボルクスに騎乗したユッフィーが続いた。

 残りの三人が脇道へ退避すると、大通りと通路を隔てる地面が迫り上がる。後から追ってきた氷像たちは、次々と壁にぶつかった。


「上手く撒けましたね」


 通路脇でリーフが、ほっと胸を撫で下ろす。遺跡内に残っている紋章を操作して、通路を封鎖したのだ。

 一部の紋章は、このようにダンジョン内の仕掛けとしても機能することを。ベテランの迷宮案内人クワンダと紋章士リーフは熟知していた。


 この都が、大いなる冬フィンブルヴィンテルの到来により呪われた遺跡と化して以降。市内にはこうした複雑怪奇な仕掛けや、明らかに対冒険者向けと思われる戦国時代の城のような防御構造が至る所に出現していた。

 いったい、どうやって地形ごと大改造を行ったのか。そのからくりは今も未解明で「迷宮化の呪い」と呼ばれるほどだ。


 次なる襲撃では、エルルとリーフが力を示した。


霰弾ハガルのルーンっ!」

戒める茨の紋章ソーンバインド!」


 エルルのルーン魔法での範囲攻撃が氷像たちに炸裂し、散弾の如き氷塊の雨が無差別に見えない糸をボロボロにすれば。

 続いてリーフの紋章術が宙空に描かれ、真紅の薔薇の紋章から緑のイバラが伸びてアニメイテッドたちを拘束する。無理に解こうともがけば、トゲが糸を傷つけ。氷像たちは次々と動きを止めていく。


 爆発などの範囲攻撃なら、対象を面でとらえるだけで有効打を与えられる。

 毒や眠りに麻痺などは一切通じない氷像相手でも、物理的な直接拘束は有効。

 どちらも、強化訓練で繰り返し磨き上げた各自のベストな戦い方だった。


 その後も、先を急ぐ一行は何度か氷像たちの襲撃を受け。これを適度に撃退して、追跡手段を封じてから強行突破を図った。

 決して、敵を全滅させるまで戦い続ける真似はしない。そこはRPGとの大きな違いだった。


 ローゼンブルク遺跡の探索は、例えるなら海底に沈んだ洞窟の探索にも似ている。オーロラヴェールの残量は、そのまま酸素ボンベの残量に相当する。無くなれば即座に呪われ氷漬けで、命は無いと思っていい。

 氷像たちを操っている全ての糸を切れば、敵は一時的な機能停止に陥る。けれどもそれは、酷く手間のかかる面倒なことだった。

 さらにそこまでしても、敵を完全に殺しきることはできない。本体は破壊不可能で時間が経てばまた、元通りに動き出してしまう。


「ユッフィーさん、足払いを!」

「はいですの!夢尽杖むじんじょうヨルムンド・大鎌形態っ!!」


 ミキが突き飛ばし体勢を崩した敵へ、ユッフィーが宝玉部分から光の刃を生やした杖を振るう。見えない引っ掛かりを手応えで感じると、思い切り鎌を手前に引いて糸を断ち切った。


「動けないなら、追って来れませんの」


 アニメイテッドを動かす糸は、部位によって違う役割を担っている。腕を動かす糸を切れば、武器を振るったり腕を用いた行動を取れなくなる。足を動かす糸を切れば敵の移動力は大幅ダウンだ。

 遠距離の攻撃手段を封じた上で、敵の足を止めてさっさと先に進む。それこそ氷像たちに邪魔されず、効率的に探索を進める定石だ。金もアイテムも落とさないのだから、できれば戦闘自体を避けていきたい。


「ここまで来れば、大丈夫じゃろうか」

「そうよの。酒はいかんが、甘い饅頭なら持ってきておるぞ」


 何度目かの襲撃を退けた後。氷像たちから十分な距離を取り、比較的安全と思える場所を確保してから。

 一行は、小さな休憩の時間を取っていた。いくら時間制限があるといっても、適度な休息も必要だ。アリサがオグマに和菓子を勧めている。


「あったかぁい、チャイティーをどうぞぉ♪」

「おっ、エルルっちサンキューっす!」


 エルルが飲み物を入れている水筒は、リーフが「温熱の紋章」を絵付けしたもの。氷都市の暖房にも使われている、熱を発する紋章だ。

 冒険中のティータイムは、心身の緊張をほぐす癒しの時間となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る