第22話 蒼き氷のパラディオン
ダンジョンでお茶するのは(時と場所を選べば)むしろ正しい。
一行が休憩を取っていたのは。珍しくドアが開いたまま凍っていた、遺跡内の民家だった。おかげで中に入れた。
家の主人だった者…今は
「…妙だとは思わんか?氷像たちの挙動が」
「索敵範囲が異常に広かった。そういうことか?」
ここまでの、襲撃の多さを振り返り。
エルルが注いでくれたチャイティーを飲みながら、アリサがクワンダと話している。他の六人と一匹も、二人に注目している。
「通常のアニメイテッドは、個体単独で気配を感知して襲ってきますけど。明らかに統率者がこちらをどこかから監視して、侵入者の撃退に当たらせていた感じですね」
「わたくしたちは、すでに道化からマークされているかもしれませんの」
ミキやユッフィーの推理にも、アリサはうなずく。
「おそらく、そうじゃろうな」
「でもぉ、アウロラ様のフリズスキャルヴでも閲覧できないエリアですよねぇ?」
エルルが、ふと素朴な疑問を口にすると。
「
「おちおち、遺跡内でお手洗いもできないっすね」
リーフが研究者としての見解を述べると。ゾーラが少し困った顔でジョークを口にした。
地球でも洞窟探検のマナーになっているが、そういうものは環境保護の観点から持ち帰りが原則だ。犬猫の散歩と変わらない。
「リーフ様。マッピングの方はいかがでしょうか?」
「大丈夫です。タブレットがきちんと動作していますよ」
ユッフィーの質問に、リーフが肩にかけたカバンを指差す。中に入っているのは、鮮やかなエメラルド色の石板らしきものだ。ただし、重さは見た目ほどでもない。
リーフの説明では、見た目も機能も地球製のタブレットPCに近いものだが。冒険中に画面をのぞき込む必要は無く、必要な情報は全て空間に投影できるという。
「これが、今まで進んできた迷宮内のオートマッピングです」
「リーフさぁん、すごいですぅ!」
フリズスキャルヴが使用不能なエリアでも、冒険者に必要最低限の情報サポートを提供する。
その想いで開発されたリーフの発明品は、一行がたどってきた道程を一目で分かるように視覚化していた。敵の配置や仕掛けの位置も、きちんと色分けされている。
もちろん、オーロラヴェールの残量と。そこから算出した行動可能時間も数字で、見やすく表示されている。
「この先に、大きな空間の反応があります。目指す場所は、そこかもしれません」
「道化がこちらを見ているなら。いつどこで仕掛けてくるか、気を抜けませんわね」
そろそろ、休憩は終わり。
イーノが夢渡りで見たという「巨大なレリーフの扉」を目指して、一行は探索を再開した。
◇◆◇
「おじさま。あれって…」
「
一行は再び、大通りの先にある広場に出ていた。氷像たちの姿は見えない。
遠目に見えるのは、他を圧倒する巨大な女神の像。おおよそ30mほどか。ミキとクワンダは、その巨像に見覚えがあるようだった。
巨大な剣と盾で武装した、戦女神の像。表面は蒼い氷に覆われ、建造された当時の姿をそのままに美しく保っている。
ギリシャ・ローマ神話において、都市の安全を守るとされた古い像、あるいは柱。それがパラディオンだ。トロイの木馬の故事で有名な、古代都市イリオスを守護していたものが特に知られている。
ローゼンブルク遺跡のそれは、パラディオンの伝承を元に紋章術の粋を集めて造られたもので。実際に投石機や隕石召喚などの長射程兵器、広域破壊魔法から街を守るバリア機能を有していたと。クワンダは語ってくれた。
「まさに、イージスの盾ですわね。その力を今も残しているなら、厄介ですの」
バルハリアにまだ、多くの国々が存在していた頃。他国の侵略から都市を防衛したその力を持ってしても、
ユッフィーが、かつてこの地で起きた災厄の凄まじさに絶句する。
「あれは本来、都の門前で来訪者を出迎えていた軍神の像だ。こんな所に配置されていたとはな」
「あれもアニメイテッド…っすよね」
ローゼンブルクに住んでいたクワンダとミキの話を聞いて。巨像が動き出す姿を想像し、ゾーラが冷や汗を流す。
「目指すレリーフの扉は、あの像の背後みたいです」
リーフの指差す先には、幅10m以上はありそうな扉が見える。遠目にだが、何かの儀式のような情景が見て取れた。
これがRPGなら、市街地エリアのボスを倒した先にある目的地なのだが。
「あれと戦っている間に、道化に仕掛けられると面倒ですの」
「あやつなら、間違いなくそうするじゃろうな」
ユッフィーが懸念を示すと。勇者の落日での一件を思い返し、アリサもうなずいた。
「巨像を他の場所に誘導し、地形を利用して閉じ込めるか動きを封じるかしたいところじゃな」
「あるいはその前に、道化を誘い出して撃退するかだ」
可能な限り、無駄な交戦を避けるのが冒険者の基本だ。しかしここまでの経緯から道化との対決はおそらく避けられない。
それなら極力、有利な状況で戦いを挑もうと。オグマやクワンダも知恵を絞った。巨像はまだ、動く気配を見せない。
一行はまず、巨像を刺激しないように周囲の地形を調査し。利用できそうな仕掛けの有無などを把握した。
「わたしが囮に。巨像を誘導して、扉から引き離します」
「その間に、できる限りレリーフを調べますね」
ミキが囮役に名乗りをあげれば。リーフはタブレットとペン型の道具を手に取る。
これでレリーフを模写しようというのだ。フリズスキャルヴという映像メディアがあまりに便利過ぎたため、バルハリアにおいて写真機や動画撮影用の機材は進歩していない。
千里眼の力が及ばない遺跡内では、多くの場合「お絵描き魔法」とも言える紋章術の使い手が情報の記録を担っていた。
「不意の襲撃に備えて、戦力を配分する。リーフには、俺とアリサにエルル。ミキには、ユッフィーとボルクスにオグマ、それとゾーラが付いてくれ」
いざとなれば、切り札の使用も許可する。
クワンダの言葉に、ゾーラは緊張した面持ちでうなずいた。
「分かったっす」
ヘイズルーン・ファミリーは、エルルをクワンダたちに預ける形となった。
「エルル様、行って参りますわ」
「ふたりともぉ、お気をつけてぇ」
「うむ」
エルルがユッフィー、続いてオグマとハグを交わす。
「エルルを頼んだぞ」
「任せておけい。帰ったら一杯付き合うぞい」
アリサとオグマがアイコンタクトを交わす。オグマの家でも、アリサの持ち込んだひょうたんを見たが。飲み仲間として気心の知れた関係なのだろう。
「エルル先輩に、修行の成果をお見せできないのが残念ですけど」
ミキがエルルを見る。
エルルもまた、ミキが強化訓練でミハイルと良く相談したり。一緒に氷上で演舞する姿を見守ってきた一人だ。師弟で磨き上げた、とっておきの切り札。
「あとでぇ、お話聞かせてくださいねぇ。ミキちゃん!」
「はい、エルル先輩!」
エルルに手を振った後。ミキが単身で、巨像に向かって滑走する。
他の一同は、脇道に退避してじっと様子を見守っている。
あたかも、スリープモードに入っていた巨大ロボットが起動するかの如く。巨像の目が青く光った。ミキが索敵範囲に入ったのだ。
ズシン、と地響きを立て。蒼き氷のパラディオンが動き出す。その動作は緩慢だが巨体に見合った威圧感は相当のものだ。
「こっちよ。いらっしゃい」
会話ができるはずも無いが。ミキが巨像に声をかけ、ゆっくりと滑り出す。
彼女にとっては、幼い頃から目にしてきたローゼンブルクのランドマーク。愛着もあるのだろう。
凍結した路面は平坦ではないが、ミキのスケート靴も滑走技術も不整地に特化したものだ。地球におけるフィギュアスケート金メダリストの、ミハイルが舌を巻くほどの。
氷で形成されたブレードは、磨耗もするし欠けもする。けれど瞬時に再形成されるあたりは、さすが紋章術の粋を集めた発明品だけあった。
地響きと共に、巨像が通り過ぎると。索敵範囲から外れたことを確認したクワンダたちが警戒しつつ、扉へ近付く。
ユッフィーたちは、つかず離れずの距離を保ちつつ巨像を追いかけていった。三人と一匹の姿が小さくなり…やがて曲がり角へ消えてゆく。
「さて、始めますか」
クワンダとアリサが、周囲を警戒し。エルルが見守る中で、リーフがタブレットの画面にペンでレリーフのスケッチを開始する。
ふと、エルルが巨大なレリーフの精緻さに目を奪われる。
女神アウロラと思しき女性と、周りを囲むように多種多様な種族の娘たちが水しぶきをあげて水浴びを楽しむ姿は。
極寒の遺跡にあって、故郷の夏を思い出させるものがあった。
「いかがです?夏のレリーフの扉は」
不意に、男の声がした。
いったいどこから現れたのか、気配を全く感じさせない不意打ちだった。
全員が、声のする方を見上げると。
扉のレリーフの上に、あの男が立っていた。
「…お前は!」
「来おったか!」
クワンダと、アリサの反応から。
エルルとリーフも、すぐに男の正体を悟った。
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